藤倉 珊 著
TDSF叢書発行委員会 1992年8月16日発行
UFO。これは新興宗教とならぶトンデモ本の宝庫である。しかし逆に言うと、あまりにも分野が大きすぎて、逆に紹介が難しい面もある。しかも、この分野は近年ますます発達を遂げており、もうビギナーには、気安く入りづらいという恐ろしい状態になってしまっている。実のところ僕もビギナーで、この業界の地図がいまだにわからない。 で、UFO本は、どの一つをとりあげてみても、常識人にとっては唖然茫然の連続であるものが多いのだが、このような本が大量に読み続けられていることこそが、もっともトンデモない事実であろう。
さて今回は数多いUFO本のなかにあっても、際立ってトンデモないと思われる本を紹介しよう。第一に取り上げるのは、コンノケンイチ著『UFOはこうして飛んでいる!』(徳間書店一九九〇年)である。
この本のすごいところは、なんといってもステルス機があのような従来にない形状をしているのは、墜落したUFOから得た技術で作られた反重力機関が搭載されているためだと主張するところだ。
これには大笑い。もっとも本書執筆時にはステルス機は今よりも謎めいていたことを考えたとしても。
その根拠としてコンノ氏は航空専門家が問題点を指摘しているとか言っている。しかし、その問題点とは単に電波吸収剤を張りつければステルス機になるので、あんな外形は必要ないとか、燃料を積むスペースが存在しないといったおよそ専門家らしからぬ主張である。この専門家というのは、おそらくコンノ氏自身のことであろう。
形状については、あのような無尾翼機は昔から研究・試作されてきたものであり、航空機に少し興味をもつ人ならば、似た形状の試作機の二三はたちまち指摘できるだろう。コンノ氏は、ステルス機の形状が、従来の技術から、まったく飛躍したものであり、UFOを真似た結果としか考えられないと言うが、これはコンノ氏の無知を示すものでしかない。
燃料タンクの件は意味不明である。コンノ氏はステルス機の設計図を見たことがあるわけはなく、外見だけから燃料タンクがない設計だと判断することもできないはずである。翼があれだけ大きければ、逆に大量の燃料を積めそうだと考える方が自然であり、これまたコンノ氏の無知の結果としか思えない。
そして反重力機関が搭載されているという主張は、科学的にありそうもないのは言うまでもないが、論理的にも矛盾だらけである。
だいたい現在、アメリカが反重力機関をもっていたとしても、なぜそれを秘密にしておくのだろうか。
コンノ氏は反重力機関は墜落したUFOから得た技術であり、UFOの存在をばらすことになるからだと言うが、まねだとしても自主開発技術だと言い張ればよいだけの話ではないか。
どうもコンノ氏には、アメリカが機密にしている事項があれば、それはUFO関係に違いない…という思い込みがあるようである。もっともこれはコンノ氏に限った話ではないのだが。
それにしても重力制御とは現在の科学技術からみてかけ離れた話だと思うかも知れないが、ことコンノ氏に限ってはそんなことはない。なんと彼はとっくの昔にアインシュタインの誤りを発見し、独自の宇宙構造理論・重力理論をつくり出した人なのである。ごでん誤伝の読者ならば、そんな人が珍しくないことぐらい御存知であろうが、コンノ氏はそのなかでも、そのずれた価値観と図太い神経で異彩をはなつ人物である。
彼は次のように書いている。
…というようなことで、当時はこの三つ(注,自然は単純なはずなのに現代物理は難解すぎる等の三つの主張)をバックボーンに「果てなき宇宙構造」の仕組みを思索していたが、あるとき霧がスッと晴れるように現代物理がはらむ死角的な盲点の所為を悟った。後は簡単だった。「果てなき宇宙構造の正体」が目の前にハッキリと現出してきた。本書の主テーマである「重力の正体」は、その副次産物である。
だが、当時は別に本業を持っていたこともあり、自分さえわかっていればよいと放っておいた。しかし多くの宇宙に関する本やテレビなどを見るにつけ、なんとなくイライラが昂じて、ちょうど十年前(昭和五十五年)、わずかの部数だったが『現代物理の死角』という題名で自費出版してみた。
宇宙構造の謎を解きながら、この謙虚さ?はたいしたものである。
『現代物理の死角』という本は、昔みたことがあるが、まだ僕がこの手のトンデモ本に対して楽しむという姿勢を見出せなかった時期なので、そのとき単に怒っただけだった。今にして思えば入手しておけばよかったと悔やまれる。もっとも氏の理論は本書や『ホーキング宇宙論の大ウソ』に記載されているので、さほど惜しいことではない。
ところで氏の論とは (1)重力の原因は空間の歪曲であり、重力は天体間の引力ではなく空間の斥力である (2)2エーテルが存在し相対論は間違っている (3)超銀河団のような宇宙のマクロ構造を追求していくといつのまにか、また素粒子の構造にもどっていく、といったものであり、コンノ氏の主張とは裏腹にこの手の論としてオリジナリティに欠けるものである。
マーチン・ガードナー『奇妙な論理』は、たぶん日本で発行されている本のうち、このような奇説怪説を分析した唯一の書だが、その八六頁に一九三八年(昭和13年)にカルフォルニア州サンタ・モニカに住むトマス・H・グレイドンが唱えた「押しの理論」を紹介している。まことに驚いたことに、ガードナーの要約を見る限り、この理論はコンノケンイチの理論とそっくりなのである。その理由は、おそらく、もっとも単純な重力理論のイメージを考えるとこうなる、ということなのであろう。
また (3)のイメージは、およそ誰でも一度は考えるようなことと思うが、コンノ氏は、この程度のことを現代物理の盲点と言ってのける途轍もない神経の持ち主なのである。
(SFファンなら 3から『太陽系七つの秘宝』を思い出すかもしれない。)
さて、コンノ氏ほどメジャーではないが、よりオリジナリティに富んだUFO研究書を紹介したい。その名は『宇宙人 恐怖の思考回路』(霧島高雄著:平成三年、ハート出版)という。この出版社はあまり名の知れたところではないが他にも『超能力回路を開く』とか『二〇〇一年の恐怖−未来からの恐るべきメッセージ−』などの本を出している。
著者の霧島高雄氏は、著者紹介によると若手UFO研究家として最も注目されている一人という。これが最初の著書らしい。
一読して感じるのは、本書がたいへん論理的に書かれていることだ。これは注目すべきことである。たとえばステルス機にUFOの技術がつかわれているのではないかという主張に対して次のように分析する。
肉眼では見えているUFOがレーダーでキャッチできないという報告は、UFOにもステルス技術が使われている可能性を示唆している。それにUFOの平べったい形状は、アメリカのステルス戦略爆撃機B2と同様、レーダー電波をうまく散乱させられるだろう。
しかし、B2やF117Aなどのステルス機の技術は、本当に宇宙人から供与されたものなのだろうか。
ステルス技術は大まかにいうと、 (1)レーダー電波をもと来た方向に反射させないよう、機体の形に工夫を凝らす技術と、 (2)電波を吸収する(または透過する)材質の技術に分けられる。
(1)の機体の構造を工夫する技術は、宇宙人に教えてもらわなければならないほどのものではない。
(2)のステルス機に使用されている電波吸収材は高度な機密に属するが、電波を吸収する素材については一般にもよく知られており(中略)したがって、ステルス機の電波吸収材は宇宙人の技術によるものではないと断言できる。
コンノケンイチの著書にくらべると、なんという違いであろう。実際、僕はUFOについて、この本ほど論理的に分析してある著作を他に知らない。そして、この本の恐ろしいところはUFOの正体や目的といった数々の謎に論理的に結論を出してしまっているということである。
いったいどうしたら、この恐ろしい結論を導けるのか。その論理を見てみよう。
まず霧島氏が注目するのは、数々のUFO墜落事件である。たしかにUFOが墜落したなどという記事が、実に数多くある。旅客機の墜落事故よりも遙かに多いのだ。しかも偶然、人間に目撃されたものだけのはずだから、実際のUFOの墜落件数はたいへんな数になるはずである。
ここで普通に考えれば、UFOの墜落報道は、全てではないにしろ極めてあやしいという結論になると思うが、霧島氏はそうではない。氏は次のような結論を出す。
彼らのテクノロジーに重大な欠陥と。
なんと宇宙人は欠陥機に乗って宇宙からやって来るというのだ。彼らの科学力は人類を遙かに超えていたのではなかったのか?しかし霧島氏は、科学的に進んでいても、品質管理や生産性に優れているわけではないという。その例として示されるのが共産主義体制である。ソビエトを見よ!巨大な宇宙ステーションを打ち上げる技術がありながら、その製品には全く信頼性がないではないか!
この事例から霧島氏は重大な結論を導き出す。
宇宙人の国家は共産主義体制だと。
そして、この結論から今まで謎であったさまざまな疑問にたいして見事な回答が導けるのである。
すなわち宇宙人が地球人を知りながら、なかなか接触したがらないのは、思想的に汚染されることを避けるためなのだ。宇宙人が地球人にすぐれた文明の産物(これがあれば宇宙人存在の証拠になるもの)をくれないのは、共産主義体制では私有財産がなく、すべて統制されているため、与えたくても与えられないのだ。UFOがいつまでも墜落するのは共産主義者が人命を軽視しているからだ。目撃されるUFOの種類が多種多様なのは、競争原理が働かず、大量生産が行われないからだ。
この回答の見事さには感心してしまう。もっともソビエト共産党の劇的な消滅が、本書の出版のすぐ後だったことは、なんとも皮肉なことである。
くりかえすが本書は、本当に論理的に書かれている。あくまで著者は真面目だし、論旨は明快であり、文もそうおかしなものではない。しかし、結論だけ読んだ人は本書を冗談としか思わないだろう。なぜ、こういうことが起きてしまうのだろうか?
もちろん、そのわけは全てが机上論であるからだろう。本書の間違いは、UFO文献をまったくといっていいほど疑わないことであると考えられる。疑い出したら論が始まらないとはいうものの、情報の信頼性の検討などまったく行わず、互いに矛盾していそうな事例でも、すべて前提と捉えてしまっている。そして、そのすべてに矛盾しないように考えてしまうと、こうした結論になってしまうのだろう。結論を否定するのは簡単だが、論理的に本書に反論するのは非常に難しいと思う。(この紹介だけ読んだ人には信じがたいかもしれないが。)それは、たとえば優等生の論文や、エリート官僚の書いた企画書に、論理で反論するのが難しいようなものだ。
しかし本書の結論は、まったくひどいものだし、その結論をもとに、宇宙人対策を論じる項はもっとひどい。著者は、当然宇宙人を侵略者としているのだが、宇宙人を殺しても殺人にならないとか、宇宙人と地球人の混血はどうなるかとか、言い出すのだ。
まったく、こうした論は、どうしたらいいのだろうか。恐怖の思考回路は、この著者にあるとしか思えない。
コンノケンイチの本ほど売れていないのは、出版社がマイナーなことは別としても、内容が理屈っぽいことが原因ではないかと考えている。売れなくて幸いという気もするけれど。
(蛇足)UFOの本については『UFOの嘘』(志水一夫,データハウス)という、たいへんな名著が出た。本を適当に数冊読んだだけで書いてしまうという、ごでん誤伝みたいないいかげんなものではなく、きちんと原典にあたり、目撃にたいしても可能な限り実地に取材している大変な労作である。真面目なUFO研究者の名誉のために、この本を推薦しておく。ただし『UFOの嘘』は、著者が明らかに間違いと知りつつ書く「嘘」について実証しているが『ごでん誤伝』で主に扱う、明らかにまちがいでも著者が本当に信じている場合については、意図的に触れないようにしている。
内容の酷さからいえば後者の方がスゴイのであり、また深刻な信者も多いので、より問題のあるUFO本が見逃されている気はする。
蛇足に、さらに足を付けるがUFO目撃譚より宇宙人会見記、会見記よりはチャネリングという方向に進んでいるようであり、この順で内容はひどく、本の作りは雑に、予言はおどろおどろしくなっている。この章でとりあげた本など、某新興宗教製のUFO本に比べれば、まだましなのである。