藤倉 珊 著
TDSF叢書発行委員会 1992年8月16日発行
前作『日本SFごでん誤伝』でとりあげた幾多のトンデモ本のなかでも『ノストラダムス−メシアの法−』(川尻徹著,二見書房)の衝撃はずいぶんと大きかったようだ。ノストラダムスの原詩をローマ字読みして日本語で解釈するという独創的な方法論ばかりではなく、この本がまちがいなくベストセラーになっていることが衝撃だったのだ。
事実は小説よりも奇なり。あれをマジメな予言書(というのも、どこか変だが)として買っている人が二十万人以上いるという、それこそ戦慄すべき事態があきらかになった。これは、五島勉氏の大予言シリーズ以来、ノストラダムスに対して免疫ができた人と、まったく抵抗力を失ってしまった人と二種類いて、後者に対してはどんなノストラダムスをあたえても条件反射的に信じこんでしまうのではないだろうか。
まったく、そうとでも考えなければ信じられない現象ではある。
しかし予言の信頼性は別とすれば川尻徹はすごい。川尻徹の読者が、それを予言としてではなく、一種のパフォーマンスとしてとらえているのならば、この人気はうなずけるところがないわけではない。
川尻徹の作品のすごいところはノストラダムスを解読して、すでに知られている歴史上の事件を解読するのでも、未来の事件を解読するのでもなく(そういうことも、もちろんするのだが)途方もない「闇の歴史」を解読してしまうことである。
「闇の歴史」とはどういうものか。例をあげると
(1)ノストラダムスの予言が当たるのは、予言が当たるのではなく、予言通りに行動を起こす影の組織があるからである。
(2)山本五十六が影の組織の現代の指導者であり、実は太平洋戦争で死んではおらず、南極のアレクサンダーI世島の基地で、今も闇の歴史を操っている。
(3)ヒットラーも影の組織の一員で、ベルリン陥落のときに死んだのは影武者である。
(4)ロンメル将軍や、ジョン・F・ケネディ、ゴルバチョフ、ローマ法王、マリリン・モンロー、さらには昭和天皇も影の組織の一員である。
(5)安藤広重は、影の組織の一員であり、隠れキリシタンでもあった。彼の『東海道五十三次』の絵にはノストラダムスと共通する予言が隠されている。
(6)第二次世界大戦は、わざと負ける戦争をして、戦後復興することでノストラダムスの予言を成就することをねらった影の組織の陰謀であった。
なにしろノストラダムスの予言は、ただでも強引な解釈をしなければ意味が通じないものなのに、解読した結果が、ヒトラーや山本五十六がひそかに生きている・・・などのように到底確認できないものであるので、内容はいいたい放題になっている。
しかも川尻流の解釈は『ごでん誤伝』でも紹介したように、原詩をローマ字読みして日本語で解釈するとか、文字(単語ではない!)を抜き出して並べ変えて解釈するというなんでもありのすさまじいもので、これでは結果になんの意味もないといっていい。
しかも最近の作『ノストラダムス戦争黙示』『ノストラダムス複合解釈』(いずれも徳間書店一九九一年)では、内容はノストラダムスから離れ気味で、闇の歴史にストレートに迫っている。
もっとも凄まじいエピソードは、天皇陛下と山本五十六がトランプで意思を通じ合っていたというものだ。この部分を『ノストラダムス戦争黙示』から引用してみる。
「まさか、彼らが手紙や電話で連絡をとり合っていたわけじゃないでしょう。何か証拠 でもあるんですか!?」
「そこで1942年、昭和17年12月12日の伊勢神宮参拝が重要となってくるのだ。」
「お参りですか。日本の勝利でも祈りましたか」
「天皇はこの時石油の備蓄があとわずかしかないとわかり、伊勢神宮参拝を決意したん だよ」
「………」
「それで南方に出ている山本長官に、早期集結をうながすメッセージを送ったのだよ」
「で、そのメッセージとは・・・」
「うむ。この日付だよ。昭和17年、すなわち1942年12月12日。私はこの日付に、何かあるのではと思ったのだ。というのは、この数字の中に、12がいくつか入るからなんだが・・・それでやっとわかったのだ」
「?」
「トランプだよ!彼らはトランプを使って意思を伝え合っていたのだ」
意外な答えに、私は当惑した。
博士はペンを握り、紙の余白にあてた。
「いいかい、1942年12月12日には、トランプでいうところの12、即ちクイーンが四つ入っているのだ。四つのQ、つまり「至急」という意味だよ、これは」
なんで、これが四つのQになるかという、世にも不思議な計算は図を見て欲しい。川尻徹の作品をこれまでずっと読んできた僕でも、この論理には頭痛がする。
ポーカーはこれだけではない。つぎに1945年の7月26日のポツダム宣言はキングのフォア・カードであるという。そして、それを受けた終戦1945年(昭和20年)8月15日12AMはロイヤル・ストレート・フラッシュであるという。これまたまともな計算ではない。暗号と言ってしまえば、反論は難しいが、そもそも影の組織が川尻徹の主張するような巨大で、開戦や終戦の工作が自在にできる組織であるならば、こんな方法で連絡する必要はないはずである。しかし、あくまで暗号の解読で全てを読み切ってしまうところに川尻徹の底知れぬ力量と迫力を感じる。氏には、なにごとも暗号でメッセージが残されているはずという信念があるようだ。(誰が誰のためにわざわざ暗号を残すのだろうか?)
しかし、その後の川尻作品は、もっとすごくなる。この暗号の世界史が現在進行形で作者本人を含めて走り出すのだ。
それは、ファンレターから始まる。まあベストセラー作家だからファンレターがきても不思議はない。超科学のファンというのは多く、かつ勝手放題のことを書いてくる人もいるもので、それは超科学の専門誌の投稿欄などみれば一目瞭然である。
で、そのなかに名を隠し、FROM MESHIAという署名のものがあったのだが、川尻先生は、これを山本五十六からの手紙だと断定するのだ。
まあ川尻先生以外の人にはとても、この暗号(?)は解けないだろう。これはFが六番目の文字、Oが十五番目の数字であるため、逆にすると五十六となるというのだ。なおMESHIAの方は、やはり暗号を解くと、安藤広重の東海道五十三次の『四日市・三重川』に描かれる仕込み杖をもった博打打ちをさすといい、これは山本五十六が自ら博打打ちであることを示したものというが、どんなものだろうか。
もっとすごいのは、この手紙の貼られた切手の消印である。図のようにすると五十六度の角度がでてくるのだ。さすがに、これには編集者(書き忘れたが、この本は編集者と川尻徹の対話の形で書かれている。)も驚いた。
「ちょっと待ってください。すると博士は、切手だけではなくこの消印まで、すべて彼らの手によって操作されたと言うのですか?」
「そういうことになるな。消印を押して、二見書房のポストに入れたのだ。そのように 解釈したほうが、自然ではないかね?」
博士は悠然と、ロングピースをくゆらせる。
「まァおそらく、どこかで我々が今度こういうことをテーマに本を出版するのだということを聞き及んで、そうか、それならちょっと、こんなことを伝えておこうと、送って下さったのではないかな。そういう、子供っぽい、茶目っ気もあるお方なのだな、この長老は、どうだ、性格的にもピタリだろう」
博士は、愉快そうに、声を上げて笑った。
自作自演にしては、手が込みすぎている。
するとやはり、組織的な操作が働いているのか・・・?だがそうだとしても、山本五十六がその世界的秘密組織の長老で、我々にこんな暗号めいた手紙をわざわざ送ってよこしたなどと、どこの誰が信じるだろうか。
まったくである。
しかも、手紙はこればかりではない。引用しだすときりがないから避けるが、なんと差出人名がちゃんと書かれている手紙を、影の組織にすり替えられたものだと言い出すし、女性からの手紙まで山本五十六からの手紙で女性を装って書いたものだと言い出す。貼ってある切手が聖貝の図案であれば、これは影の組織に関係している密教集団を意味すると言い出す。(貼ってあったのは62円の普通切手)
そればかりか、なぜか別の編集部員に『週間住宅情報』誌から送られてきた図書券も影の組織からのメッセージだと解釈してしまう。
図書券・・・トショケン・・・ケンシショケントケ・・・検死所見、解け
という暗号だそうだ。これは山本五十六の検死記録に疑問があるということを意味しているという。すさまじきは川尻徹の暗号解読力。
この暗号解読?は、『ノストラダムス戦争黙示』の最終章「輝神黙示」でクライマックスを迎える。ある日、川尻徹先生のもとに『輝神』という出版物が送られてくる。それに日本を良くする会の発行で「天皇の真実」という論文が掲載されていた。むろんノストラダムスや川尻説とは関係のないものだが、なかに昭和天皇こそメシアであるという主張があって、これがノストラダムスのいう賢明な王とは昭和天皇のことであるとする川尻説と一致するために送ってきたものと思われる。
しかし、川尻先生にかかってはただですむわけがない。はたしてトンデモないことを言い出した。この4ページほどの出版物が影の組織の長老からのメッセージだというのだ。この部分を引用すると
「(前略)それは、この『輝神』という発行物が、私たちだけのために作られたものではないかということだ。」
まさか。そんなひまな人がいるものだろうか。
「だから、いいか、よく見ていたまえ。発行日がわざわざ4月1日になっているよ。4月1日は、エイプリル・フールの日だ。つまり、嘘をついても許される日だな。
それから第156号という数字が上にあるだろう。五十六がここに出ているわけだよ」
「待って下さい。じゃあ博士は、長老が私たちにメッセージを伝えるために、わざわざこんな発行物らしきものを作成し、送りつけてきたというのですか!?」
「そうだとも。それぐらいのことは、簡単にできるはずだよ。(後略)」
そして『輝神』の主幹・末松宏国氏こそ影の組織の長老、山本五十六長官のいまの姿だと断言するのだ。『輝神』に掲載されている氏の写真を分析した結論がこれなのである。これには驚く。そして『輝神』には、当然ながら連絡先も電話番号も記してあるのだ。なんとも大胆な結論である。『ノストラダムス戦争黙示』の最後は次のようになっている。
さて、『輝神』主幹の末松宏国氏。
連絡を取ると、東京・新橋にある徳間書店まで、わざわざ出向いて下さるという。
平成3年3月7日、午前10字36分。末松主幹は、主筆の田中稜士を伴って、来社。
緊張して出迎えた、博士と私、そして編集のI氏は、そこで驚くべき姿をみたのである。
紙面の都合もあり、詳細については、必ず次の機会、それもできるだけ早くにお伝えしたいと思う。
これで次の機会というのが本当にあるのだろうかと僕は疑った。こうまで書いて、末松氏が山本五十六でなかったらいったいどうするというのだ。あるいは全く知らぬ顔をして次の本を出すのではなかろうか。
ところが次の本『ノストラダムス複合解釈』は平成3年の11月に出たのである。そして末松氏との会見記はあった。当然ながら末松氏は山本五十六ではなかった。『輝神』も他の号がたくさんあった。
どうやら「影の組織」がわざわざわれわれのためだけに『輝神』を作ったとする博士の話も見当違いだったようだ。
川尻仮説、やぶれたり−−か?
私は、チラリとかたわらに座っている博士を見やり、このあと何と言い訳するのだろうかと、思いをめぐらせた。 数日後。
博士とあらためて落ち合うことになっていた私は、待ち合わせ場所の新宿京王プラザ内にある「デュエット」というティールームにおもむいた。
私が時間どおりに到着すると、博士はすでに来ており、自ら書き連ねたメモを険しい顔つきで見直していた。
私は挨拶もそこそこに切り出した。
「末松さんは、山本長官ではありませんでしたね。やはり「影の組織」なんて、存在しないんじゃないでしょうか」
強気だった。あのように実際に本人に合って違うとわかれば、博士といえど何も言え ないだろうと思ったのだ。
博士は、銀縁の眼鏡を光らせて、私を見すえた。まったく動じる様子がない。
「きみは、われわれの合ったあの末松氏が『輝神』の顔写真と同一人物だとでも思っているのかね?」
この後、川尻博士は、自分の会った末松氏を影武者だとしてしまったのだ。これには開いた口がふさがらなかった。しかし、それでも影武者の末松氏は影の組織のエージェントであると川尻博士は断言している。末松氏の方にそうした意識があるかどうかは、はなはだ疑問ではあるが。
そして、どうも末松氏との関係はまだまだ続きそうなのだ。このシリーズの行方は非常に緊張を帯びたものになってきた。おそらくは本人の意思や事実に関係なく、影武者と断定されてしまった末松氏は、今後も登場人物として出演?するだろうか。
次作では『奥の細道』に隠されたメッセージを解読していくという。注目しよう。