TDSF叢書4

続・日本SFごでん誤伝

−世紀末読書術−

藤倉 珊 著

TDSF叢書発行委員会 1992年8月16日発行

 


第一章 永久機関をつくる人々

 永久機関という言葉には、人類の夢・究極の技術・・・といったイメージよりも、ほとんどギャグの材料という雰囲気がある。あまりにも不可能性が喧伝されたために、本来の意味は失われ、パロディSFの小道具になりさがってしまった。いや、そもそも本来の意味があったものかどうかすら疑問である・・・・・と僕は思っていた。
しかし、これは充分おどろくべきことなのだが、いま現在でも少なからぬ人が永久機関の開発を進めており、さらに多くの人が永久機関が可能と信じており、そして永久機関の理論を解説した本が現在でも何冊も売られており、かつそれらの本は充分な数の読者を獲得しているのである。
 いや、僕の感触からいうと、むしろ最近になって、永久機関の本は急速に増えてきたように感じられる。自主出版のような入手困難なものを考えると数十冊以上が現在出版されているであろう。増えたのは、もちろん読者が増えたためである。

 さて今回、最初に山田久延彦著『悪魔の生んだ科学』を紹介したい。山田久延彦といえば前作『孫悟空は日本人だった』を『日本SFごでん誤伝』の最後で紹介した。続編の最初として、ふさわしいかもしれない。
 この本は光文社のカッパサイエンスの一冊として平成1年の11月に出版された。「永久機関工学の栄光と悲惨」という副題がついている。この本を見たとき、僕はアーサー・オードヒュームの『永久運動の夢』(朝日新聞社S62)のような、永久機関という不可能な装置に係わってきた人々の記録というような本であろうと思ってしまった。まあ、普通は、永久機関ができるという本があるとは思わなくて普通である。
 しかし、これは永久機関をつくる人々が学会やマスコミから不当な差別を受けている、現に私は永久機関をつくれるのに認められていない、と訴える本なのである。おまけに、巻末には「永久機関工学実践のための数式と設計図」があるという実用的な本なのである。

 この本の構成は、基本的には三章にわかれ、第一章ではあたまから永久機関を否定することが正しい態度ではないことを述べ、第二章では永久機関の歴史を述べ、第三章では実践として多種多様な永久機関の作り方を述べている・・・ようである。
 ようである、というのは、例によって、この本が支離滅裂であり、不要なエピソードの羅列が多く、しかも話題がころころ変わるために全く要約が不可能なのである。
 たとえばケプラーが神秘主義者だったというと思うと、突然古事記の話になり、カタカムナ文献の話になり、解読するのかと思えば、古代人がコンピュータを知っていたと言い出す、と思ったらロータリーエンジンの話になる。
 ここで古事記が出てくる理由は、古事記には古代の超科学が隠されているという、この著者の前々からの主張を知らなければ理解困難である。
 また『ムー』や『謎の竹内文書』といった出版物を普段から読んで、この手の古代文書の常識をもっていなければ唐突にカタカムナなどと言われてもわけわからんのが普通であろうし、カタカムナ文字が四の倍数で表示されるということが、古代人がコンピュータを知っていた証拠というのは根拠がなさすぎる。
 しかし、突然にロータリーエンジンが出てくるのはどうしてだろうか。どうやら、この著者は昔、ロータリーエンジンの開発をしていたが周囲の妨害により挫折したことがあるらしい。著者によると、なんとしてもロータリーエンジンを撲滅しなければならないという「異常心理」に取り憑かれた人々がよってたかってロータリーエンジンをだめにしてしまったといい、永久機関もまったく同じ理由で科学者から妨害されているのだという。
 永久機関とロータリーエンジンを同列に扱う神経にもまいるが、古事記やカタカムナのような古代文献にロータリーエンジンの記述があり、それをもとにして設計したというロータリーエンジンの設計図が掲載されているのには、本当に参ってしまう。このエンジンが古代文明である証拠には、回転部分が勾玉の形をしているのだという。(この著者は、本当は永久機関よりもロータリーエンジンのはなしをしたかったのではないか、というのが僕の感想である。)
 そのとなりには、やはり古代文献をもとにして設計した電磁式永久機関「マホロバ一号」の設計図が掲載されているが、こちらの回転部分は卍型をしている。これも超古代文明からの暗示だそうだ。
 この永久機関は著者のグループの一人が手近の材料で試作したが、材料が不適当だったため、作動しなかったそうである。まだまだ実験は続けるようなので、続報が待たれる。

 次に紹介するのは『宇宙エネルギーの超革命』(廣済堂出版、H3年)という本だ。著者は工学博士深野一幸氏。これまでに『一九九X年地球大破局』『地球大破局からの脱出』などの本を出しているこの道の大家である。
 もっとも深野一幸氏自身は永久機関を自ら作ったわけではない。他の人の作った(そして動作した!?)永久機関を多数、紹介しているだけである。これまた驚いたことだが、世界には永久機関(フリーエネルギー機関と呼ばれる場合が多い)開発に成功したと主張する人間が、紹介されているだけで二十人近くいるのだ。
 もっとも、フリーエネルギーといっても原理・構成はみな異なり、ある人は永久磁石、別の人は共振回路、また別の人は螺旋水流といった具合で、互いに矛盾しているが著者は気にしていない。国内外の永久機関製作者を多数紹介しているという点ではコストパフォーマンスの高い本であると言える。
 宇宙エネルギーとは、この著者によると、真空の空間に充満している超微粒子であるという。で、真空から宇宙エネルギーを抽出し、宇宙エネルギーを集めると電子になり、電子が集まると電気になる・・・・・そうである。
 宇宙エネルギーとは真空自体のエネルギーを取り出そうとするもので、エネルギー保存の法則には矛盾しないので第二種の永久機関らしいのだが、エネルギーのもとが真空であるのだから、第一種の永久機関のような気もするし、提唱するひとも混同していることが多いようである。真空にエネルギーがあり、それがとりだされるとしても、エネルギーを取り出された後の「真空」がどういう状態になるのか、この手の自称科学者が説明したことは僕の知るかぎり無い。
あまり深入りしたくないが量子電磁力学では真空自体のエネルギーを論じており、このエネルギーを取り出すことを完全に否定することは今のところ出来ていない。このあたりの事情については『SFはどこまで実現するか』に解説がある。
 もっとも真空場のエネルギーを論じるには、まず量子電磁力学を知らなければならないのだが、深野一幸氏は、なんともあきれたことに超微粒子があるというだけですましている。楽なのは確かだが、説得力は皆無である。仮に超微粒子があったとしても、なんで永久磁石や螺旋状の水の流れで超微粒子が集まるのかまったくわからない。また超微粒子を仮定した場合でも相対論を否定する必要はまったくないと思うのだが、この本では、まるで相対論を否定し、エーテルを認めることが宇宙エネルギー存在の証明になると思っているような書き方をしている。エーテルが存在したとしても、そこからエネルギーが取りだせるかは、まったく別問題であるのに。
 まあ理論面の紹介はこのくらいにしておいて、宇宙エネルギーの応用の話を紹介する。なにしろ永久機関だから、エネルギー問題が解決するのは当然であるが、それ以外にもまるで夢のようなすばらしいことがいくつもあるのだ。
 以下にこの本による宇宙エネルギーの応用例をいくつか示す。
1.各種ガン、脳腫瘍、胃潰瘍、子宮筋腫、高血圧、肝臓病などの病気をなおすことができる。
2.食品の味がよくなる。たとえばコーヒーの味がまろやかになり、2級のウイスキーや日本酒が特級なみにまろやかになるとかの現象がある。
3.動物や植物の成長がはやくなり、収穫量がふえたり、鮮度があがったりする。魚の養殖に宇宙エネルギーをあてた水を使うと天然の魚とかわらない味になる。
4.洗濯機に宇宙エネルギー放射商品を入れて洗濯すると、洗剤が要らないか、洗剤を減らすことができる。
5.スピーカーやイヤホーンに宇宙エネルギーを作用させると音質や音色が向上する。
6.高い振動数の宇宙エネルギーは香りがよい。なお香りがよい芳香族と呼ばれる物質はベンゼン環をもっているが、これはベンゼン環の六角形が宇宙エネルギーと共振するためである。
7.自動車に作用させると燃費が二十パーセント向上する。ガソリン車だけでなく、ディーゼル車でもプロパン車でも、効果はすべて同じである。
8.人間の能力が向上する。ゴルフの場合、飛距離がのび、バレーボールの場合、ジャンプ力が増す。
9.強力な宇宙エネルギー水でつくった化粧水は、のびがよく、皮膚がツルツルになるだけでなく、シワやしみがだんだん取れてくる。

 まだまだ宇宙エネルギーのすばらしさは続くのだが、紹介はこれくらいにしておこう。なんというか、この人はエネルギーという単語をなんの意味に使っているのか、まったくわからない。「ただ単にすばらしいもの」というイメージだけのようだ。

 さて最後になったが、最近の永久機関製作者としてドクター中松を無視することはできないだろう。この人については、いったい何者なのか、さっぱりわからない。TVなどでの異常な言動は、商品宣伝のためのポーズなのか、コメディアンとして売り込んでいるのか、それとも本気でやっているのか、正体不明としかいいようがない。しかし本気でエジソンもアインシュタインも超える発明王と信じるひとも少なからずいることも確かである。
 さて永久機関である。現在もっとも入手しやすいドクター中松の著書の一つ『ドクター中松の常識やぶりバンザイ!』によると、この世界最大の発明王はついに永久機関まで発明してしまったと主張している。
 引用すると

   永久運動など不可能である。論理的に否定されているではないか。まるで妄想だという人もいるが、私は熱力学第二法則に反さないで永久運動するドクター・ナカマツ・バーチャル・パーペチュアル・エンジン理論を研究発明した。つまり新しいスジを発明し、これが実現可能であることを証明して、世界中から集まった300人の科学者の前でエンジンを稼働させた。
  (夢の実現について言及があるが略)
   ドクター・ナカマツ・エンジンは、今までみんなが気づかずに捨てていた宇宙のエネルギーをアンテナでとらえ、これを無接触で回転力に変えるというもの。機械的磨耗や機械的抵抗がなく、永久にまわるエンジンである。

永久機関の理論についてはこれだけ。これだけでは、なんにもわからないが、このエンジンは実物がTVや雑誌で出ることも多い。
 外見上、それはまったく太陽電池で動くモーターのように見えるのだが、とにかく永久機関と主張されるものが実際に動いているのだから、世の中もっと騒がないものだろうか?
 それにしてもドクター・ナカマツ・バーチャル・パーペチュアル・エンジン理論とはなんだろうか?理論は発明するものなのだろうか。もっとも、この人にいわせるとお笑いも発明の一つだそうである。

今回、数ある永久機関本のうち、ほんの三冊だけを紹介した。しかし永久機関の製作者はまだまだたくさんおり、しかも最近になって増えてきたように感じられる。これは僕が昔よりよく探すようになったための錯覚かもしれないが、それより世の中がなにが起きてもおかしくない世界になってきたためのように思える。
 昔、明治という時代は、なにがおきてもおかしくない世界だった・・・という人もいる。ならば、この世はそういう方向にまた動き出しているのかもしれない。


続・日本SFごでん誤伝第二章に続く


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