TDSF叢書4

続・日本SFごでん誤伝

−世紀末読書術−

藤倉 珊 著

TDSF叢書発行委員会 1992年8月16日発行


はじめに

 昔、外骨という人がいたという。
 その話を聞いて、なぜ僕は、その時代に生きていなかったのかと悔しがった。
 熊楠という人もいた。
 天狗倶楽部という団体もあった。
 どっかの病院では、将軍を名乗った患者が名物になっていた。
 (多少の年代のずれは気になさるな。)
 そんな時代に比べて、なんとつまらぬ世に生まれたものよ。そんなふうな、抱いてもどうしようもない不満が、長い間、僕にあった。
 しかし、現代もすてたものではない。
 千里眼がなくても気功があり、
 天狗倶楽部がなくても路上観察学会がいる。
 患者よりも、すごいことを言う精神科医もいる。
 考えようによっては明治よりもすごい時代かもしれない。
 今は気がつかなくとも、百年後に熊楠などはるかにしのぐと書かれる怪人怪物が、まさに今の時代にいるのかもしれない。
 その気になってみれば奇人変人はいくらでもいるのだ。
 無論、奇書怪著としか言いようのない本もたくさんある。
 この本は、そんな本を探してみた。
 条件は、とんでもないこと。
 とんでもないこととは何かを考えることは後回しにして、まず集めてみた。
 これが何を意味するのかわからない。
 それは現代がどのような時代か、時がたってみなければわからないことと同じだ。
 しかし、考えてみてほしい。
 百年後、これらの本が平成の日本を代表する本になっているかもしれないということを。
 本当にまじめな思いである。

 では、本文の方を


続・日本SFごでん誤伝第一章に続く


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