神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻


九.暗黒星の左平次

 幾つかの路地を抜け、ごみごみとした街並を縫っていくと、やがて、辺りは軽金属で造られた粗末な長屋が連なる居住区となった。
「そこを右よ。その角を左。」
 多力王の肩に乗り、頭に捕まりながら少女は道筋を指示した。少女は多力王の肩の上が、かなり気に入ったらしく、まるで自家用車に乗ったかの様に、キャッキャッと嬉しそうにはしゃいだ。
「ああ、そこよ。その角を曲がって三軒目よ。」
 隊長達が、その指示通り角を曲がると、少女の示した家の前に、一台の黒塗りの浮遊車が、狭い道幅一杯に止めてあるのが目に付いた。直径数粁しか無い天蓋都市の内部では、滅多に見ない大型の浮遊車であった。
「おや、どうやらお客さんの様だぞ。」
 隊長が言うと、少女がすかさず言った。
「あっ、あのおじさんが又、来ているのだわ。」
「あのおじさん?」
「ええ。二、三日前から、お爺ちゃんの処へやって来ているおじさんよ。なんか気障で、あたし、あんまり好きじゃあないの。お爺ちゃんに何かを売ってくれって、随分しつこいみたいなの。」
 隊長達は、少女を多力王の肩から降ろすと、少女の家の戸口までやってきた。 黒塗りの浮遊車は、道をすっかり塞いでおり、隊長達は、横一列にならねばならぬ程であった。
「全く、この狭い処にこんな馬鹿でかい車を乗りつけやがって、人の迷惑ってものを考えねぇのかね、こいつは。」
 燕が浮遊車に向かって悪態を付いた。
 と、家の中から、突然、怒りに満ちた老人の声が響いて来た。
「帰れ!貴様なんぞに用は無い。もし、メアリィに何かあったら、貴様をぶち殺してくれるぞ。」
 すると、続いて、それに答えるかの様な、これも厳しい男の声が聞こえてきた。
「ふん。強がりを言ってられるのも今の内だぞ。そのうち、貴様は私の前に、跪く事になるのだぞ。」
 その声と共にに、家の玄関の合成紙と軽金属で造られた文化障子の戸が、がらりと開き、一人の男が飛び出て来た。
 男は、玄関から出た途端、隊長と鉢合わせた。顔を逢わした途端、隊長とその男は、同時に驚きの声を挙げた。
「ややっ!き、貴様は。」
「あっ、貴方は!」
 驚いたのも道理。少女の家から飛び出て来たのは、あの行方不明になった巡視艇の中で会った、ヨンストン商会の黒金支配人だったのだ。
「き、貴様達、な、何故、ここに。」
 黒金支配人はまるで地獄の鬼にでも会ったかの様に、顔面を蒼白にして、隊長達の姿を見回した。そして、隊長達の傍らに立っている少女の姿を見付けると、更に酷く驚いた様であった。
「おお、メ、メアリイ嬢ちゃん……。げ、元気そうじゃあないか。」
 少女は、黒金支配人の視線に、何か異様なものを感じたのか、多力王の足へとしがみついた。
「僕達は、ひょんな事から、このメアリイ嬢ちゃんと知り合いになりましてね。彼女の家へ招待されたのです。黒金さん、貴方はどうしてこんな処に?」
 隊長の問いに、黒金支配人は、随分と慌てている様子で答えた。
「い、いやあ、儂はここの家の主人とは、ちょっとした知り合いでね。彼との間に野暮用があって、その……。」
 そこまで言って、黒金支配人は、突然、思い出したかの様に叫んだ。
「おお、そうだ。急用があったのだ。諸君、失敬するよ。」
 別れの挨拶もそこそこに、黒金支配人はその場から逃げるように浮遊車に乗り込んだ。
 浮遊車は、支配人が乗り込むや否や、ブォウッと圧搾空気を吹き出して、一目散に走り去った。
「何だい、ありゃあ。」
 燕が、露骨に顔をしかめると言った。
「お爺ちゃん、ただ今ぁ。」
 今まで怯えていたのが嘘の様に、メアリイが勢い良く戸を開けて、家の中へと飛び込んだ。
「おお、メアリイ!」
 中から驚きと喜びに溢れた、先程の老人の声が聞こえた。
「おまえ、無事だったのか。何もなかったのか。」
「うううん。」
 メアリイは小さくかぶりを振った。
「あたし、変なおじさんにさらわれそうになったの……。」
「何!さらわれそうになっただって!それで!。」
 中の老人は、酷く興奮している様だ。メアリイは、そんな老人の態度とは裏腹に、如何にも楽しそうに答えた。
「うん。でも、とっても不思議なおじさん達に助けて貰ったの。そのおじさん達、お爺ちゃんに会いたいって言うから連れてきちゃった。さあ、おじさん達、どうぞ、中に入って頂戴。」
 メアリイに呼ばれて、隊長達は玄関の中へと入っていった。
 玄関の奥は、六畳一間の座敷が有り、その奥には小さな台所がある様だ。その座敷の中央には、布団が敷いてあり、そこに半身を起こした一人の老人がいた。
 それは、紛れもなく暗黒星の左平次、その人であった。体は痩せこけ、頭は禿げ挙がり、その肌は、長い宇宙空間生活を物語る宇宙線焼けで渋い赤銅色をしている。その頬には怪力線を浴びたと思われる火傷の引きつりが有り、その傷と、年に似合わぬ鋭い目が、何ともいえぬ貫禄を醸し出していた。
 左平次は、入ってきた隊長達を見て、その奇妙な三人にいささか驚いた様だったが、すぐに静かに言った。
「おまえさん方かい。うちのメアリイを助けてくれたってのは。すまなかったな。」
 隊長は、にこやかに答えた。
「いえいえ。偶然に通り掛かったものですから。人間として、当然の事をしたまでです。」
 隊長達は、メアリイの勧めてくれた座布団へと落ち着いた。只、多力王だけはその巨体を持て余しぎみだったので、玄関に立っている事にした。
「お初にお目に掛かります。僕は桜木日出雄といいます。ここにいる男が燕、そこにいる鉄人は多力王と言って、僕の大事な仲間です。以後、お見知りおきを。」
 左平次は、隊長達をじろりと見回すと言った。
「ちょいと、体の具合が悪いんで、この侭失礼させて貰うが、兄さん達、只者じゃねえな。この儂に御用ってのは、一体、何ですかい。」
「貴方がお持ちになっていると言う、ある物をお貸し頂きたい。」
 その言葉を聞いて、左平次の顔がにわかに厳しくなった。
「ある物ねぇ……。そんな物は持っちゃいねえ。俺ぁ、見ての通りの只の爺よ。」
「いえ、貴方は何かを知っている筈ですよ。暗黒星の左平次さん。」
 その名前に、左平次は、ハッとした表情になった。
「暗黒星の左平次か。こりゃ懐かしい名前を聞いたもんだ。……」
 左平次は、感慨深げに呟いた。そして、メアリイの方を向いて、懐から銅貨を二、三枚取り出すと言った。
「メアリイ、お客人にお茶菓子でも買ってきてやんな。」
 メアリイは、こくんと頷いた。
「燕。おまえ、お嬢ちゃんと一緒についていってやれ。何かあると大変だからな。」
「へい。おう、メアリイ嬢ちゃん。一緒にお使いと洒落込もうぜ。」
 燕は、メアリイの手を取ると一緒に出ていった。
 メアリイが出て行ったのを見とどけると、左平次はかすかに笑いながら言った。
「あの娘にだけは、昔の血なまぐさい話は聞かせたくないもんでね……。で、用件という奴をもう一度、聞かせて貰おうかい。」
「貴方の持っているピストル、『白い大鷲』をお貸し願いたい。」
 隊長は、単刀直入に切り出した。
 その言葉に、左平次は鼻で笑って言った。
「へん。あんたもルウズベルトの財宝に目が眩んだ口かい。あの男と同じ穴の貉って訳だ。」
「あの男?と言うと。」
「さっき、おまえさんが家の玄関先でぶつかった野郎だよ。」
 左平次は、吐き捨てる様に言った。
「黒金支配人がルウズベルトの財宝を狙っていると言うのですか。」
「黒金支配人?ああ、そうだ。今では奴も何処かの会社の番頭って訳だ。昔は黒蝙蝠の利三って言う、儂の配下の一人に過ぎなかった野郎だがな。」
「黒金支配人が、元天空賊だったって!?」
 隊長は驚きの声を挙げた。
「ううむ。確かにあやつには怪し気な部分がありましたぞ。ほら、例の巡視艇の中にしても。」
 多力王が、玄関先から話に割り込んできた。隊長は、その言葉である事に思いあたった。
 「巡視艇……。まてよ、あの巡視艇の第一発見者は彼だったな。そして、あの中で、何者かが虜の口を封じる為に毒蜘蛛を放った……。」
「おお、奴は賊の一味に違いありませんぞ。」
 多力王が憤慨の声を挙げた。
「あんた達は、遊星巡査局の密偵かい。」
 隊長と多力王の会話を聞いて、左平次が訝しげに尋ねた。
 隊長は、首を振って、答えた。
「いいえ。僕達は政府の要請で行動しておりますが、巡査局の支配下の者ではありません。」
 隊長は、自分の正体を明かすと、土星の一件から、宇宙天狗党の事まで、今までの経過を包み隠さずに話した。
「申し訳の無い。貴方の正体を暴くつもりは無かったのですが……。」
 左平次はフッと笑って言った。
「まあ、いいって事よ。そうかい、神風隊長ってのはあんただったのかい。」
「左平次さん。」
 隊長は、左平次の目をじっと見つめた。
「兎に角、天狗党の手にルウズベルトの財宝が渡る事だけは、阻止せねばならないのです。どうか、御協力下さい。」
 隊長は、床に両手を付くと、深々と左平次に頭を下げた。
 左平次は、暫く黙っていたが、おもむろに言った。
「まあ、頭をお上げになって下さいな。神風隊長とも在ろう方が、私如き盗賊の成れの果てに、頭を下げちゃあいけませんぜ。もったいねぇ。」
 左平次はそう言いながら、隊長の肩を抱き起こした。
「貴方の噂は、良く耳にしております。貴方にだったら、あれの事をお話ししても宜しいでしょう。」
「おお、それでは。」
 隊長の顔がぱっと喜びに輝いた。
「御力にならせて頂きます。」
 左平次は力強く言うと、布団から立ち上がり、壁にくくり付けられている神棚の神殿の中から、紫の紐のかかった一つの桐の箱を取り出した。
 そして、恭しく隊長の前にその桐の箱を置くと、自分の手で紫の紐を解き、蓋を開けた。
「おお、これが……。」
 隊長は、思わず息を飲んだ。
 桐の箱の中には、白金造りのコルト型ピストルが、静かに輝きを放っていた。その台尻には、一羽の大鷲が、今、正に飛び立たんと翼を広げている姿が浮き彫りにされている。
「これこそ、ルウズベルトがその財宝の秘密を託したと言う二丁のピストルの一つ、『白い大鷲』に相違御座いません。」
 左平次は、隊長の前に深々と頭を下げた。
「しかし、左平次さん。貴方は、どうやってこのピストルを手に入れたのですか。」
 左平次は隊長のその問いに、少しばかり迷った様だったが、やがて答えた。
「このピストルは、私の物ではありません。ある人から預かっている訳でして。十年程前、小遊星帯を航行中に、何物かに襲われている自家用ロケットに出くわしましてね。賊は、私のロケットの姿を見て逃げだしちまったんですが、私がその船に乗り移った時は、もう手後れで、持ち主らしい西洋人の紳士は殺されておりやした。只、その紳士の奥方らしい若い御夫人には、まだ息がありやしてね。その夫人の傍らには、生まれたばかりの女の子が泣いておりやした。その夫人が息も絶え絶えに私に言ったんですよ。この箱の隠し場所と、赤ん坊を助けて下さいってね。私が箱を見付けて、赤ん坊を抱き挙げると、その夫人も、にこりと笑ってなくなっちまいましたがね。」
 左平次は、そう言いながら、桐の箱のピストルの下から、一枚の古びた合成紙を取り出した。どうやら、何かの手紙の様である。
 左平次は黙って、その手紙を隊長へと差し出した。
 隊長は、これも黙った侭、その手紙を受け取り、さっと目を通した。その途端、隊長の顔に驚きの色がありありと浮かんだ。
「こ、これは!?」
 隊長は、その侭、絶句した。
「隊長、只今、帰ぇりましたぜ。」
 勢い良く玄関の戸が開き、燕がメアリイと共に帰ってきた。
 隊長は、ハッとし手紙を自分の懐へと仕舞い込んだ。左平次も慌てて、桐の箱に蓋をした。
「隊長。この家の周りを、怪しい野郎共がじっと見張ってるんでさあ。」
 燕は、隊長の側に寄ってくると、そっと耳打ちした。
「どうも、やばそうですぜ。」
 隊長は静かに頷くと、左平次に告げた。
「左平次さん。どうも、雲行きが危うくなりそうです。多力王、燕。用心しろ。」
 皆の只ならぬ雰囲気を感じとったのか、メアリイは左平次の側にすり寄って、声も立てずにガタガタとその小さな体を震わした。左平次は、その震えを押さえるかの様に、ぎゅっとメアリイの体を抱き寄せた。
 重々しい沈黙が流れた。
 と、不意にその沈黙が破られる時が来た。
 ガチャアンと言う音と共に、玄関の障子戸が破られて、何か丸い物が、家の中に投げ込まれたのだ。その球は、床に触れた途端に、もうもうともの凄い勢いで黒い煙を吐き始めた。
 煙は、瞬く間に家の中を満たしていく。その煙は、妙にいがらっぽく、目や鼻に強い刺激を与えた。
「催涙瓦斯だ。多力王!」
 隊長が叫ぶや、多力王は力任せに障子戸を打ち壊した。
「皆、外へ出るのだ。この侭では、やられてしまうぞ。」
 多力王を先頭に、一同は外へと飛出した。隊長は、メアリイを抱え、燕は、左平次に肩を貸していた。
 黒い煙は家の外にも溢れ出ており、往来に出ても視界は一向に晴れなかった。
「うひゃあ!」
 黒煙の向こうから、素っ頓狂な燕の悲鳴が聞こえた。
「燕!どうした!」
「ど、どうしたって、な、何が何だか判らねぇ。」
 燕がそう答えたのも道理。左平次と共に外へ飛出した途端、何かが燕の体に絡まりついてきたのだ。しかも、次の瞬間、燕と左平次の体は、ふわっと空中に浮び上がったのだ。
「ええい、一体全体どうなっちまってんだい。」
 燕は、じたばたと体を動かして見たが、事態は変わらなかった。彼等、二人の体は、徐々に上空へと上がっていった。
 二人の体が上がるに連れて、周りの黒煙は薄れ、燕は、自分と左平次が、大きな網に絡め取られている事に気が付いた。
 上空を見上げれば、二人の烏天狗が、背に金属製の蝙蝠の様な翼を広げ、背負い式のロケット噴射器を噴かして飛んでいるではないか。燕と左平次を捉えた網の先端は、その二人の烏天狗の手の中にあった。
 更にその烏天狗の先には、これも同様な飛行装置を付けた、大天魔太郎坊の姿があった。
「うわっはははは。どうだね、空中散歩の御気分は。」
 太郎坊が愉快そうに笑った。
 どうやら、天狗党は天蓋都市の天井にある緊急用の気密扉に向かっている様だ。
 それは、天蓋の中に毒瓦斯が発生して空気が汚れたりした時、天蓋の中の空気を抜いたり、救助活動が出来る様に造られた物である。恐らく、気密扉の外にはロケット船が待ち構えているに違いない。
「畜生、なんてこったい。」
 燕は毒突いた。網に絡まれているので、得意の忍術道具を取り出す事さえ侭ならないのだ。
 ふと、下を見れば、随分と黒煙も晴れてきており、心配そうにこちらを見上げる隊長達の姿が見てとれた。この侭、賊の手に落ちてしまうのか。燕は悔しそうに唇を噛み締めていたが、やがて、覚悟を決めたかの様に、下に向かって大声で叫んだ。
「多力王!ちょいとこれから世紀の軽業って奴をやるから、しっかりと俺達を受け止めてくんな。」
 燕は、今度は左平次の方に言った。
「しっかり、俺らに捕まってて下さいよ。」
 燕の声に、ぎょっとして太郎坊が、空中で停止した。
「無駄なあがきは止めろ。大体、手裏剣も力線ピストルも取り出せぬ状況なのに、どうやって我々の手から逃げるつもりだ。」
「こうやるのよ!」
 燕の口が言葉を放ったか否や、ピクリと動いた。
 と、何とした事か、網を吊り下げていた烏天狗の一人が、突然に、ウッとばかりに悲鳴を挙げると、網から手を離したではないか。
 烏天狗は背負ったロケットの勢いで、かろうじて飛んではいるが、事切れてしまっているらしく、ぐったりとしている。続いて、もう一人の烏天狗も同じ運命に陥った。
 途端に、烏天狗の手から離れた燕と左平次の入った網は、落下を開始した。
「見たか、甲賀忍術、針地獄!」
 燕は、落ちていきながらも自慢気に叫んだ。口の中に含んでいた針を、息を使ってプッと飛ばし、烏天狗の首筋に命中させたのである。
 燕は落下しながらも、自分の体を左平次の下に持って行き、左平次の体を守る体勢を取った。 「後は、あの野郎が、上手く受け止めてくれるのを祈るのみ……。」
 燕は、心の中で呟いた。
 地上では、多力王が、さあこいとばかりに両の手を広げ、仁王立ちして燕達を待ち受けていた。  いくら、軽業が得意の燕とはいえ、あの高見から落ちては、多力王が上手く受け止めない限り、大怪我は間違いのない処だ。いや、命とてどうなるかは判らない。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
 多力王の力強い雄叫びが辺りに響いた。
 と、同時に、網に絡まれた燕と左平次の体が落下してくる。
「よいしょお!」
 掛け声、一声。多力王は、それを抱きかかえる様にしっかりと受け止めた。
「左平次さん!燕!」
 隊長が駆け寄る。
 多力王は、網に絡まれた二人の体をそっと地面へと降ろした。
 隊長が、ポケットから短刀を取り出して網を切り裂くと、中から燕が、ごそごそと這い出し、次いで左平次が引っ張り出された。
 燕は網から出て開口一番、多力王に喰って掛かった。
「てめぇ、多力王。もっと優しく受け止められねぇのか。このとんちきめ。」
 多力王も、負けずに言い返す。
「貴様の落ち方が悪いのだ。自分の修行の足り無さを棚に挙げ居って。何をぬかしよるか。」
「烏呼っ、危ない!」
 突如、メアリイの絹を引き裂く様な声が響いた。
 隊長がハッとして、上を見上げると、怒りに燃えた太郎坊が、上空から急降下してくるではないか。
「おのれ、神風隊め!」
 太郎坊は、そう叫ぶと、懐から十本ばかりの短刀を取り出して、隊長達めがけて投げつけた。
 隊長は、それに気付くと、その短刀を打ち落とさんと、隠し持った超電ピストルを引き抜いた。
 超電ピストルから、黄金色の稲妻がほとばしる。その光線は、的確に、飛んでくる短刀を捉えた。いや、その筈であった。何としたことか、短刀は光線が発射されるとほぼ同時に、その尾部から猛烈な炎を噴き上げ速度を急激に挙げたのである。超電ピストルの光線は空しく宙をよぎった。
「ロケット手裏剣か!」
 小型ロケットを装備した短刀は、恐るべき早さで、隊長達の上へと降り注いだ。
 隊長達は慌ててその場から飛び退さった。多力王は、メアリイを抱えあげ、自分の体を盾にした。多力王の無敵金属の体に何本かの短刀が、音を立てて跳ね返える。
 一方、燕は、左平次を抱くと、横っ飛びに飛んだ。その跡に短刀が突き刺さる。
 ところが、遅れて飛んできた二、三本が、不意にその軌道を変え、ググッと曲がると、まるで短刀自体に意志があるかの様に、飛んだ燕の後を追った。
「な、何!」
 流石の燕も、これには面食らった。太郎坊はロケット手裏剣に、誘導装置を付けていたのだ。
 それでも燕は、彼ならではの秘術を尽くして、ロケット手裏剣をかわした。しかし、最後の一本で、彼はしくじってしまった。それを避ける暇がないのだ。
「ええい、ままよ!。」
 燕はそう言うと、自分の体で、左平次をかばおうとした。
「危ねぇ!」
 燕が、左平次をかばおうとするより、一瞬、早く、左平次が燕の体を突き飛ばした。
「さっ、左平次さん!?」
 燕が叫ぶ。
 が、その時は遅かった。左平次の体に、ロケット手裏剣が容赦無く突き刺さる。左平次は、凄まじい形相で、ニヤリと笑うと、その場にドウッとばかりに倒れ込んだ。
「ちぇっ、しまったぁ!」
 上空で、太郎坊が舌打ちをした。だが、太郎坊はここが退き時だと思ったらしく、その侭、一気に上空の気密扉へと上昇していった。
「左平次さん!」
 倒れ込んだ左平次の処へと、隊長達は駆け寄った。
「おい!爺さん。爺さん。」
 燕が必死で、左平次の体を抱き起こして揺り動かす。
 左平次は、そんな燕の顔を見て、弱々しく笑った。
「おう、人造人の兄さん、無事で何よりだ。」
「何言ってやがるんだよ、爺さん。爺さんが無事でなかったら、何の意味もありゃしねぇじゃないか。」
「左平次さん。傷は浅いぞ。しっかりするのだ。」
 隊長が声を掛ける。
 左平次は、隊長の方に向き直ると言った。
「隊長さん。『白い大鷲』を頼みましたぜ。それと、メアリイの事を、メアリイの事を……。」
 左平次は、そう言うと、静かに目を閉じた。
「お、お爺ちゃん!」
 メアリイの絶叫が響く。だが、左平次の両の目は、再び開く事は無かった。

---<以下、連載第十回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


「と」書室に戻る。
TDSFホームページに戻る。