江戸門 晴美 著
昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻
全速で水星への飛行を続ける旭光艇の中に、もの寂しげな笛の音が流れていた。その笛を吹いているのは、誰あろう、神風隊長その人であった。
旭光艇は、今、自動操縦装置で運行していた。だから、隊長には操縦席に付いていても、これといってやる事は無い。
隊長が吹いているのは、木星の原住民が使っている、木星竹で作られた素朴な横笛で、隊長には、気分を落ち着かせたい時に、この笛を奏でる癖があった。
今、隊長が演奏しているのは、『運河を渡る風』と言う火星の古い民謡の一つだ。それは、運河の彼方へ旅立っていった夫の事を思ってその妻が歌ったという、悲しい曲であった。
傍らの観測席では、佐衛門博士が、じっと目を閉じて、隊長の奏でる笛の音に耳を済ましていた。
「全く、火星民謡というのは風情があるのう。我が日本の古曲に会い通ずる物がある。」
佐衛門博士はそっと呟いた。
隊長は、そんな声も聞こえないのか、只、無心に笛を吹き続けていた。
と、突然、扉一枚隔てて操縦室の後方にある船室兼研究室から、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「待ってくれってのがわからねぇのかよ、このケチンボ。」
「いいや、待てん。貴様は一体、何回待ったをすれば気がすむのだ。」
その声に、隊長は、笛を吹く手を休めて、顔をしかめた。
「又、始めたな。」
佐衛門博士が、扉の方を振返ると、苦笑いして言った。
「やれやれ。寄ると触ると喧嘩を始めるのう。儂と桜木男爵は、奴等をそんな風に教育したつもりは無いんじゃが。」
隊長は、肩を竦めると、すっと立ち上がり後部扉へと歩いていった。
「さあて、そろそろ水星も近くなって来た。連中の馬鹿騒ぎも、控えて貰わないとな。」
隊長が船室に入ってみると、中央の机を挟んで、多力王と燕が顔を突き合わせていた。机の上には、将棋の盤が置かれている。どうやら、今度の騒ぎの元は、この将棋盤にあるらしい。
「あっ、隊長。いいところへ。この鉄屑人に何とか言ってやってくださいよ。」
隊長が入ってきたのにいち早く気付いた燕が言った。
「こいつと来たら、文字通り血も涙もありゃしねぇんですぜ。俺らがちょいと手が滑っちまって、駒を置き損なったのを待ってくれもしねぇんで。」
多力王がその燕の言葉を聞いて、憤然と立ち上がった。
「何を言うか。自分が不利になると、すぐに待ったを掛けるくせに。某は、そんな貴様を不憫に思って、我慢に我慢を重ねておるのだぞ。それを何だ。恩知らずとは貴様の事だ。」
「言ったな、こん畜生。それなら、もう一盤、真剣勝負だ。もう、手加減しちゃあやらねぇぞ。」
「それはこっちの台詞だぞ。ぐうの音も出ない様にしてくれるから覚悟しろ。」
「取り込み中の所を悪いんだがね、おふたりさん。」
隊長が割って入った。
「水星が近いぞ。将棋の続きは又、今度だ。」
隊長は、操縦席に戻ると、自動操縦の回路を切り替えて、手動操縦へと戻した。
窓を通して見る水星の輝く球体が、ぐんぐん大きくなっていく。旭光艇は、水星に接近すると、その常夜の半球へと回り込んでいった。
水星には、三つの異なった世界が存在している。それは、水星の公転と自転の周期がまったく一致している事から来ている。つまり、水星は、常に決まっ面を太陽に向けているのである。
その為、水星には、常に太陽光が当たっている常夏半球、常に夜の闇に包まれている常夜半球、そしてその境目となる常春地方の三つの世界が存在するのである。
このうちに普通に人間が住めるのは、常春地方だけである。勿論、水星人達もここに住んでいる。
なにしろ、常夏半球は、太陽からの距離が太陽系中で最も近い場所であり、しかも常に太陽光に晒されている為、その表面温度は実に数百度にも達し、鉛等一部の金属は溶けている状態でしか存在し得ないと言う灼熱の世界だし、反対に常夜半球は、一度も太陽の当たった事のない荒涼とした極寒の世界なのである。
しかし、常夜半球は、まだ常夏半球よりは人が行動する余地がある事から、多少の開発は進んでいた。その主たる物は鉱山である。
水星は鉱物資源の豊富な事に加えて、両半球の著しい温度差から、地殻に深い亀裂が多く走っており、その為に掘削せずに、簡単に金属鉱床に達する事が出来るという利点があった。そんな理由で、水星には多くの会社が鉱山を持っている。中でも常夜半球を走る暗闇谷は、その金属の豊富さと規模から、太陽系随一の大鉱山地帯となっているのだった。
旭光艇は、常夜半球にある千金宇宙港へと着陸した。ここは暗闇谷鉱山の鉱石の積み出し基地として作られた宇宙港だ。そこから積み出される沢山の金属から、こんな名前が付けられているのだ。
「博士はここに残ってくれ。何かあったら、すぐに旭光艇を持ってきてもらわなくちゃならないからね。」
隊長は、身支度を整えながら言った。佐衛門博士はゆっくりと頷いた。
「余り、無茶はせぬようにな。」
「はははっ。大丈夫だよ。博士は心配性だな。」
隊長は快活に笑うと、今度は多力王の方に向かって言った。
「さて、多力王。おまえをどうするかと言う事だが。何しろ、おまえは少々目立ち過ぎるからな。」
確かに、身の丈七尺の鉄人を連れ歩く事は、人込みの中では目に尽きすぎる。ましてやそれが人間の様に喋ったりしたら、大騒ぎになる事、必至であった。
「おう、やっぱり、てめぇは留守番だな。」
燕が、ここぞとばかりに言い放った。
多力王は、ひどく慌てて言った。
「そ、そんな、隊長。某を是非、連れていってください。必ず役にたちますぞ。」
隊長はじっと黙り込んだ。隊長とて、何か事ある時に、この怪力の鉄人がすこぶる頼りになる事は、重々承知しているのだ。
「隊長。お願いします。連れていってくださいな。」
必死に言う多力王の姿を見て、燕はさも愉快そうに囃し立てた。
「諦めな、諦めなって。じたばたしたって無駄だあな。おとなしくお留守番が、てめぇには似合ってるぜ。」
隊長は、暫く考えていたが、やがて言った。
「そうだ。多力王。おまえは商品見本と言う事にしよう。僕達は、鉱山に新型の掘削用の鉄人を売り込みに来た地球の商人という触れ込みにするんだ。」
「某は、一緒に連れていってくれるのなら、何にでもなりますぞ。」
多力王が光電管の目を輝かして言う。それを見て、隊長は念を押した。
「但し、絶対に喋るんじゃないぞ。おまえに知能があるなんて判ったら大変だからな。」
宇宙港から暗闇谷まで行くのには二つ手段がある。一つは、鉱石運搬用に作られた磁撥列車に便乗する方法、もう一つは定期の乗り合いロケットを使う方法であった。隊長達は、急ぐことからも、乗り合いロケットの方を選んだ。
乗り合いロケットは、二十人程が座れるもので、客は、水星人が半分ぐらい、あとは地球人や火星人等他の遊星人である。大半は、鉱山で働く鉱夫達の様で、何人か商売人の様な者も混じっていた。ロケットの客は、皆一様に多力王の姿を見て肝を潰した。
隊長は、多力王が無線機で動く機械だと言う事を説明し、偽の無線機で多力王を動かす芝居をして見せた。
「へえ、こいつぁ大したもんだ。」
薬の行商に行くという水星人の男が目を丸くして驚いた。
「しかし、こんな奴が雇われたら、俺達は商売あがったりになっちまうぜ。」大柄の木星人の鉱夫が、顔をしかめて言った。
「よっ兄さん。大丈夫だって。」
燕が間髪入れずに答えた。
「この鉄人は力はあるが、おつむの方はからっきしなんだ。難しい事なんざできゃしねえ。つるはしやスコップと同じよ。ただの道具みてえなもんだ。」
燕は、わざと多力王の方を見て、にやっと笑った。多力王は、言い返したくとも言い返せず、只、黙って立っているしかなかった。
やがて、船内に発進の案内がかかり、乗り合いロケットは離陸した。
発進して、暫くは、眼下には暗黒の岩山だらけの荒野が延々と続いてるだけであったが、やがて、前方に巨大な峡谷がその姿を現した。こここそ暗闇谷である。最大幅十粁、長さ百粁。深さも十粁程にもなる大峡谷だ。
その谷の底は、真っ暗で何も見えはしない。まるで、地獄への入り口の様な光景だ。乗り合いロケットは、静かにその真っ暗な谷の中へと降下していった。
ロケットがいくらか降下していくと、切り立った絶壁のそこかしこに、かすかな明かりが灯っているのが見受けられる様になった。降下していくに従いその明かりは数を増し、まるで、星空の様に絶壁を彩っていった。絶壁のそこかしこに設けられた鉱山施設の明かりである。
よくその明かりの処を見てみれば、そこには絶壁をえぐって造られた金属製の建物が立っており、その間には硬質硝子や金属で出来た桟道や隧道が、蜘蛛の巣の様に張り巡らされているのが判る。更に、それらの建物の脇には、張り出した臨時の離着陸床が設けられており、そこには連絡用の小型ロケット飛行機や、回転翼機が置かれていた。
これらの航空機は、谷の中の空間をかなりの数が飛び回っているらしく、それらの赤や緑の標識灯が、点滅しながら谷の空間を移動していく様は、まるで色とりどりの蛍の群舞の様に見えた。
そんな光景の中を、乗り合いロケットはひたすら降下を続け、やっと谷の底部にある、ロケット発着所へと着陸した。
乗客は、乗り合いロケットから、密閉桟橋を通じて、巨大な軽金属の天蓋で覆われた街へと入っていった。ここがこの暗闇谷で働く者達が、主に暮らす街なのである。
天蓋の中は、常時、人工太陽灯が照らされ、温度調節も行なわれている。そして中には、酒場や食べ物屋等、種々雑多な商店や、施設がごちゃごちゃと設けられていた。
ここには様々な人種が住んでいた。ここに各遊星から仕事を求めてくる者は後を絶たない。安全設備はしてあるが、なにせ厳しい鉱山の仕事である。人手はいくらあっても足りないのだ。だからこそ、ここには、各遊星で問題を起こし、その土地に居られなくなった者達も、沢山来ていた。
「さて、こう広いと何処から探していいか、全く見当がつかないな。」
隊長が、辺りをぐるりと見回しながら言った。
隊長達の手には、隊長と燕の記憶を元に作成した、左平次の合成顔写真があったが、そんな物をいちいち見て探すわけにはいかない様であった。
「兎に角、人がよく集まる所にいって見る事だな。例えば食べ物屋だとか、宿屋だとか。」
隊長の言葉に、燕が、すぐそこにある小さな店を指差して言った。
「じゃあ、一つ、あそこの蕎麦屋に入ろうじゃありませんか。隊長も腹が減ったでしょう。」
「だがなあ……。」
隊長は、傍らに黙って立っている多力王をちらりと見た。
「なあに、かまやしませんぜ。こいつは商品見本の喋れないでくの坊なんですから。さあ、とっとと入りやしょう。」
燕は、そう言うと、とっとと蕎麦屋の店先へ行き、暖簾をかいくぐった。
「おう、ごめんよ。」
「ええい仕方の無い奴だ。多力王、悪いがその店先で待っていてくれ。」
隊長はすまなそうに、多力王を見て言った。多力王は答える訳にも行かず、黙って店先へと立った。
蕎麦屋の中は、三脚程の四人掛けのテイブルがあり、一つのテイブルに、金星人と水星人の客が腰かけているだけで、他に客の姿は見えなかった。
隊長達がテイブルに座ると、ひょろ長い火星人の女中が、お茶を運んできた。
「おう、姉ちゃん。ざるを二枚。大至急頼まあ。」
燕が注文を告げると、女中は無愛想にどんと茶を置いて、胡散臭そうに言った。
「ちょいと、お客さん。あんな物を店先に置かれたらこまるんですけどね。」
どうやら、外に立たせている多力王の事を言っているらしい。
「いやあ、あれは商品見本でね。うちの会社が造った無線操縦の力仕事用の鉄人さ。俺達は、あれをここの鉱山に売り込みに来たんだ。」
隊長が、何喰わぬ顔で答えると、燕が続けた。燕は、外の多力王に聞こえる様に、わざと大声を張り上げた。
「馬鹿力以外、なあんの取り柄も無いでくの坊でね。難しい仕事は出来はしねえんだが、まあ、ここなら鉱石堀の手伝いに調度いいんじゃねえかと思って、売り込みに来たんだ。ほんとにろくでもない代物でよ。連れて歩くだけで邪魔っけになるし、俺ぁ、早くあんな奴は、叩き売っちまいたいんだが、仲々誰も買っちゃくれねぇんだよ。そんな事よりも、姉ちゃん。蕎麦を頼むぜ。俺ぁ江戸っ子で気が短ぇんだ。」
燕が余りにまくしたてるのに閉口したのか、女給はぷいっと調理場の方へと戻っていった。
「おいおい、燕。余り無茶苦茶を言うと、後で多力王に首ねっ子を引きちぎられるぞ。」
隊長が、小声で燕をたしなめた。
「あたしぁ、これでも押さえて言ってるつもりなんですがね。」
燕は、さも愉快そうに言った。
「こんな程度で、我慢が出来なくなるなんざあ、人間ができちゃいねぇ証拠でさあ。おっと、あいつぁ、人間じゃねえか。」
隊長は、やれやれという表情を浮かべると言った。
「おまえの言う台詞か、燕。おまえ以上に気が短い奴が何処にいるんだ。」
しかし、燕は、そんな皮肉は、とんと聞く耳を持たないらしい。
「隊長、御言葉ですけどね。俺等は、気のいい人造人で通ってるんですぜ。俺らが、いつも、そんな風に見られるなあ、あのガラクタ鉄人の野郎のせいなんで。あいつときたら、それはもう、人の気に触る事ばかりしでかしやがる。」
そう言ったところへ、さっきの女給が、蕎麦を持ってやってきた。
「よっ。来た来た。ううんいいねえ。」
燕は、割り箸をパチンと割ると、またまた多力王に聞こえる様に、大声を張り上げた。
「ああ、旨そうだ。こんな旨い物が喰えないなんざあ、なんとも可哀相な奴だね、鉄人て奴ぁ。これぞ人間の特権という奴ですかねぇ。」
燕は、元来、普通の食事は滅多に取らない。
人造人の彼は、特殊栄養剤と特殊な潤滑油を補給する方が、余程、効率がいいのだ。それに、燕には、人間と同様な味覚が無いのである。彼のそれは、単に食物の毒性を判断する能力しかない。
それでも、燕は、特に多力王と一緒にいる場合は、人間の食事を取りたがった。食べるという事が出来ない多力王の目の前で食べるのが、面白いのである。
「へへん。あの鉄屑野郎の悔しそうな顔が、目にうかばあ。」
燕は、ちらりと店の外の多力王の方を見ると言った。
と、その時。突如、もの凄い雄叫びが、蕎麦屋の店内を揺るがした。
「うおおおおお。」
「な、何だぁ!?。」
燕は、思わず手に取っていた箸を放り投げた。後ろのテェブルでは、水星人と金星人の客が、椅子ごとひっくり返っている。
「多力王だ。」
隊長はさっと立ち上がると、店の外へと飛出していった。
隊長の言った通り、雄叫びの主は多力王で、彼は雄叫びを挙げながら、一直線に走り出していた。
「あの野郎、俺が言いすぎたんで、とうとう頭の螺子がふっとびやがったな。」
燕も隊長の後に続いて店の外へと飛出した。
「お、お勘定……。」
その後ろで、女給が腰を抜かしたままで呟いた。
多力王は、もの凄い勢いで突進した。その勢いに、辺りを歩いていた人々は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑った。
多力王は、わき目も振らずに一本の路地へと飛び込んでいった。忽ち、聞こえてくる怒号と騒音。が、それは、一瞬のうちに収まった。
「多力王!」
隊長が、その路地へと飛び込むと、そこには、多力王が一人の地球人の男の首根っこを捕まえてぶら下げていた。その足元には、亜麻色の髪をした十才ぐらいの西洋人の女の子が、買い物篭を抱えながら震え挙がって多力王を見上げていた。
「おお、隊長。この通り、人さらいの野郎をふん捕まえましたぞ。こやつはこの少女をかどわかそうとしていたのですぞ。」
多力王が誇らしげに言った。人間の聴覚を遥かに凌ぐ多力王の聴音器の耳が、この女の子のかすかな悲鳴を捉えたらしいのだ。
「お嬢ちゃん。本当にこの男にさらわれそうになったのかい。」
隊長は、怯える少女の前に膝を曲げてしゃがみこむと言った。
少女はこくんと頷いた。
「どうですか、隊長。やはり某は、役に立ちますでしょう。」
多力王は胸をはって言った。隊長は苦笑した。
「ああ。だが、計画はこれで台なしだな。まあ、人助けになった事だし、よしとしようか。」
そう言うと、隊長は、今度は多力王に吊り下げられている男の方に向き直った。
男は、鉄人に吊り下げられ、生きた心地もしない様で、がたがたと震えていた。
「さて、君。君は何故にこのお嬢さんをさらおうとしたんだね。」
隊長の口調は柔らかいが、そこには有無を言わせない迫力があった。
男は、一際大きく体を震わせて答えた。
「ある野郎に頼まれたんでさあ。このお嬢ちゃんを連れてくりゃあ、十円札をくれるってんで。」
「十円だって。それは、又、豪勢だな。で、その男は。」
「全く知らねぇ奴だ。地球人だったけどよ。本当だよ。俺は、頼まれただけで、何にも知りゃしねぇんだよ。」
男は、今にも泣きそうな声を挙げた。どうやら、この男は、本当に何も知らない様であった。
と、そこへ騒ぎを聞き付けた巡査達がやってきた。巡査達は、多力王の姿を見てぎょっとした。
「多力王、その男を巡査に引き渡してしまえ。我々には他の仕事があるぞ。」
「さあ、受け取ってくださいな。」
多力王は、男の体を驚く巡査達の前へと突き出した。巡査達は、目を丸くしながら、男の体を受け取った。
「ご、ご協力有り難う御座います。しかし、貴方方は、一体、何者なのです。」
ここまで騒ぎが大きくなってしまっては仕方が無い。隊長は自分の姓名を、巡査達に告げた。
巡査達は目の前に居るのが神風隊長だと知って、驚きの声を挙げた。
「僕達は、今、訳あって一人の男を探しているのです。こういう老人を知りませぬか。」
隊長は、左平次の合成顔写真を取り出して、巡査達に見せた。
「ふうむ。ここには沢山の人がおりますからねぇ。本部で照会してみれば、判るやもしれませんが……。」
巡査達はそろって首をかしげた。
と、不意に、誘拐されかけた亜麻色の髪の少女が声を挙げた。どうやら、左平次の顔写真を覗き見したらしい。
「あっお爺ちゃんだ。」
「な、何だって!」
隊長達は驚いて、一斉に少女の方を見た。
「これ、うちのお爺ちゃんよ。」
「本当かい、お嬢ちゃん。本当にこの人は、お嬢ちゃんのお爺さんなのかい。」
「そうよ。たった一人のお爺ちゃんを、あたしが見間違える筈は無いわ。」
「ねえ、隊長。」
会話の中に燕が割り込んできた。
「ひょっとして、このお嬢ちゃんが、誘拐されそうになったのは、偶然じゃあ無いんじゃありませんか。」
隊長は静かに頷いた。
「そうかも知れぬ。あの男に金を渡したのが、天狗党の一味だという事は、充分考えられる。この子を人質に、『白い大鷲』を左平次から奪い取る手段としてな。」
隊長は、少女の方に向くと言った。
「お嬢ちゃん。僕達は、君のお爺さんにどうしても会いたいんだ。どうか、お嬢ちゃんのお家へ連れていってくれないかな。」
少女は、こくんと頷くと言った。
「いいわ。おじさん達は、そんなに悪い人には見えないもの。」
「おやおや、天下の神風隊がそんなに悪い人には見えないってよ。」
燕が苦笑した。
「さあ、愚図々々してはいられない。我々がここに来た事は、すぐに天狗党の知る処になる。奴等が手荒な手段に出る前に、手を打たねばならないぞ。」
「さあ、お嬢ちゃん。」
多力王が、ひょいと少女を自分の肩の上に抱き挙げた。
「しっかりと案内を頼むよ。」
「行くぞ。」
隊長達は、急いで少女の家へと向かった。