神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻


七.流星刑

 旭光艇は、隊長達の体から発せられる電波を頼りに、宇宙空間を進んでいた。
 船内の敷島機関は、そのあらん限りの力を振り絞り、絶え間無く咆哮を挙げ、後部の噴射管からは、まばゆいばかりのロケット噴射の光芒が伸びている。加速につぐ加速に依り、その速度は、最早、限界に達しようとしていた。
「この方向じゃ。間違い無い。」
 電波受信機の耳あてを付けて、佐衛門博士が言った。佐衛門博士は、傍らの星図を眺め、電気計算尺を操作する。
「この先に『曙十三號』と言う星間補給所があるぞ。もしかすると、天狗党の隠れ家は、そこかも知れぬ。」
「おお、敵陣は近いと言う訳ですな。やや、何か、こちらへ向かって飛んで来ますぞ。」
 航路監視用の望遠鏡を覗いていた多力王の光電管の目が、前方からこちらへ向かってくる小さな物体を捉えた。
「どうやら、観測用の小型ロケットですな。二基、飛んで来ますぞ。」
 接近してくる物体を観測した多力王が言った。
 と、途端に佐衛門博士が叫んだ。
「多力王!減速だ。」
「どうしました。」
「電波だ。隊長と燕の発信機の電波が、その観測ロケットから発信されておるのじゃ。」
「な、何ですって!?」
 多力王が、慌てて制動噴射管を作動させる。多力王は、旭光艇を停止させると、牽引力線を放射して、その観測ロケット二基を補足した。
 観測を佐衛門博士に任せると、多力王は、気密室に行き、鉤型の自在触手を使って、観測ロケットを気密室へと運び込んだ。そして、多力王は何気なく、観測ロケットの蓋を開けた。
 と、同時に、悲鳴とも何とも言えぬ声が響いた。
「つ、燕!」
 その観測ロケットの中に、眠っているのは、紛れも無く、暗黒星の左平次の扮装をした燕その人であった。多力王は、慌てて、もう一つの観測ロケットの蓋を引きはがした。 「た、隊長!」
 そこには、彼の悪い予感通り、流れ星団十郎の扮装の侭の、神風隊長が横たわっていた。
 多力王は、必死に二人の体を揺り動かした。しかし、二人は、既に事切れているらしく、ピクリとも動きはしなかった。
「た、隊長が死んだ?!」
 多力王は、その場に呆然と立ち尽くした。
「多力王、多力王。応答せよ。」
 多力王からの報告がいくら待っても来ないので、心配した佐衛門博士の声が、電気伝声管から響いてきた。
 多力王は、声にもならない悲痛な声で、佐衛門博士に事の次第を告げた。
 流石、ものに動じない佐衛門博士も、この報告には絶句した。
「そうか、若が……。」
 漸く、佐衛門博士は、一言呟いた。が、次の瞬間、感傷を無理矢理に振り払ったかの様な厳しい声が、伝声管から響いた。

 その声に多力王は、光電管の目を炎の様に輝かせ、怒りに体を打ち震わせて叫んだ。
「ううむ。宇宙天狗党め。こうなれば、一人残らず地獄へと叩き込んでくれるぞ。」
 多力王は、床に横たわる二人の遺体に、そっと目を落とした。
「隊長、燕。ちょっと待っていて下さいね。きっと、きっと、隊長達の無念は、我々が果たしましょうぞ。」
 悲壮な決意を胸に、多力王は、操縦室へと踵を返した。
 佐衛門博士は、伝声管から手を離すと、前方の空間をきっと睨み付け、静かに言った。
「儂等のやる事は只、一つ。もう他には何も無い。」

 隊長と燕は、縛られた侭、二人の烏天狗に廊下を連行されていた。燕は、かりかりと落ち着かず、隊長は、普段と変わらぬ堂々とした態度を取っていた。「畜生。あの一八の野郎。」
 燕は、連行されながらも、ぶつぶつと辺り散らしていた。
 一八は、隊長達が縛り上げられてからも、身動きできぬ隊長達を毒突いたり、こづいたりしたい放題の事をやらかしたのだ。
「今度、会ったら首根っ子をねじ切って、土星狼の餌にしてやるから覚えていやがれ。いや、それとも、水星の大溶岩河の中にぶち込んで、黒焼きにしてくれようか。」
 その言葉を聞いた、一人の烏天狗が笑った。
「ははは。これから、流星刑に合おうとしてる奴が何をぬかすか。」
 燕は、きっとその烏天狗を睨みつけると言った。
「けっ。俺達、神風隊は、本当に死んでしまうまでは、決して希望を捨てはしないんでぇ。てめぇ等みてぇな、へなちょこ悪党とは出来が違うってんだ。ねえ、隊長。」
 隊長は無言であった。
 神風隊は決して希望を捨てはしない。隊長は、頭の中で、ここから逃げ出せる可能性を一つ、一つ心に浮かべては、検討しているのだ。恐るべき早さで、的確な判断が下されていく。だが、残念ながら、それらの手段は、次々と打ち消されていった。
 それでも、隊長の頭脳は、決して休む事は無かった。
「くそう。縛られてさえいなけりゃあ、てめぇ等、へっぽこ天狗の十人や、二十人、くるっと丸めて、屑篭へぽいって所なんだ!」
 燕は、まだ毒突いている。
 そうだ。この縄さえ解ければ。隊長は、無理とは知りつつ、もう一度、両の手首を動かし縄の結び目を確かめた。
「おやっ!?」
 隊長は、はっと気付いた。両の手首をしっかりと縛っていた筈の縄が緩んでいるのだ。
「これならば、簡単に抜ける事が出来るぞ。しかし、どうして……。そうか、あの時。一八が僕達の体をこづきまわした時だ。」
 隊長の頭の中に、憎々しげに笑う一八の顔が浮かんだ。一八が、縄目を確かめようとして、いじり回したのである。
 隊長はにやりと笑うと、燕に声を掛けた。
「おい、燕。じたばたしないで、大人しく死のうじゃあないか。」
「へっ。隊長、大人しくって言ったって、この侭、死んだら成仏だって出来ゃあしませんぜ。」
 突然の隊長の言葉に、燕は面喰った。
「ふむ。やはり嫌か。」
 隊長は、事もなげに答えた。
「あのねぇ、隊長。何言ってんですか。このまま犬死になんざぁ、出来るもんですかい。」
「そうか。実は、僕も嫌だ。」
 隊長は、そう言い放つと、素早く行動に移った。
 隊長を縛っていた縄が、ばさりと床に落ちる。と、見る間に隊長は、脇にいる烏天狗に飛び掛かり、手刀をみぞおちへと叩き込んだ。
 もう一人の烏天狗は、突然の出来事に一体、何が起こったのか理解出来なかった。そこへ、梳かさず隊長の拳が襲う。この烏天狗も、声を立てる間も無く、床へと沈んだ。
「いっ、一体、どうしたってんだ。」
 狐に摘まれた様に顔をして、燕が言う。隊長は、その縄を解きながら、手短に説明した。
「はあ、何とも間抜けな奴だ。あの一八ってのは。」
「そんな事に感心してる暇は無いぞ、燕。兎に角、ここから逃げ出す事を考えねば。愚図愚図していれば、すぐに賊が感づくぞ。」
「ここから逃げるったって、そいつぁ、何か計略がなけりゃあ無理と言うものですぜ。強行突破じゃ、さっきの二の舞いだ。」
「ふうむ。」
 隊長は、ふと、床に倒れている二人の烏天狗を見た。その途端、隊長の頭の中にある考えが浮かんだ。
「そうだ。こいつ等を利用できるぞ。燕、変装道具は持っているか。」
「へい、ここにありますが。一体、何をしでかすんで。」
「こいつ等と入れ替わるんだ。」
「なある程。身代わりって訳ですね。そいつぁ面白ぇ。」
 隊長は、早速、自ら着ていた搭乗員服を脱ぎ、烏天狗の衣装と取り替えた。
 そして、今度は天狗党員の顔を、自分そっくりに変装させ始めた。顔に特殊な樹脂を塗り、輪郭を変え、色素を注入し、肌の色を変える。髪の色、目の色を調整する事も忘れはしない。神風隊ならではの手際の良さである。忽ち、天狗党の男の顔は隊長と同じ顔に変わってしまった。
 ふと横を見れば、燕も同じくもう一人の烏天狗と入れ替わっている。最後に、烏天狗の面を被って全ては出来上がった。
 調度、入れ替わり作業が終わった時、廊下の向こう側から部下を引き連れた太郎坊が姿を現した。隊長達の連行が、あまりに遅かったので、業を煮やしたらしい。
 まさに間一髪であった。隊長は、ほっと胸を撫で下ろした。
 太郎坊は、ぐったりと床に伸びている隊長達の姿を見つけ、大声で怒鳴った。
「貴様達、一体、何をしおったのだ。」
 烏天狗に化けた隊長が、おどおどとした様子で答えた。
「は、はあ、こ奴等、どうやら観念した様で、舌を噛んで自決してしまったんで。わ、私等の責任では、ありませんで……その……。」
「ええい。何と言う事だ。」
 太郎坊は、怒りの声を挙げた。
「こ奴等が死んでしまったのなら、流星刑の面白味が半減してしまうではないか。こ奴等が恐怖でのたうち回る姿を見たかったのだ。」
「そ、そう言われましても……。」
 隊長は、わざと哀れっぽい声を出して言った。その声は、更に太郎坊の怒りを誘ったらしく、太郎坊は不機嫌そうに言い放った。
「ええい。役に立たぬ奴等だ。こうなったら仕方の無い。そ奴等の死体を、ロケットに入れてとっとと放り出してしまえ。それから、すぐに出発の準備だ。水星に向かうぞ。今度は、本物の暗黒星の左平次をとっ捕まえるのだ。」
 太郎坊は、そう言うと、踵を返して去っていった。
 隊長達は、直立不動で敬礼して、太郎坊の姿が見えなくなるのを待った。そして、残った別の烏天狗達とともに、自分の姿をした死体を担いで、気密室へと向かった。
 観測用の小型ロケットに、死体を詰め込んで、宇宙空間へと発射する。ロケットは、忽ち、宇宙の闇の中へと消えていった。
「南無阿弥陀佛。迷わず成仏してくれよ。」
 隊長は、ロケットを目で追いながら、口の中で念仏を唱えた。隊長にしても、やはり、自分そっくりの姿をした死体を始末するのは気持ちの良い事ではなかった。
「さて、そろそろ御暇するとしようか。」
 隊長が燕に告げた。彼等は、そっと他の天狗達から離れると、例のロケット船接舷用の甲板へと急いだ。接舷しているロケット船を分捕ろうという算段である。
 しかし、ロケット船の中へと通じる気密扉には、それぞれ見張りの烏天狗達が立っていた。
「ちぇっ、留守番がいやがる。」
 燕が舌打ちした。
「なあに、正面から堂々と行くさ。」
 隊長は、堂々と気密扉に向かって歩いて行った。その後に、燕が続いていく。
「よお、御苦労様。」
 隊長は、長年の友達にでも声を掛ける様に、見張りの烏天狗に言った。
「はあ?貴様、何処へ行く。」
 烏天狗が首を捻った。
「何処って、ちょいと船の中に忘れ物をしちまって……。」
 隊長が、皆まで言わない内に、烏天狗が、すっと刀を抜いた。
「忘れ物だ?この船は整備をしていたから、ここ数時間は誰も乗っていないのだ。怪しい奴め。」
「誰も乗っていない。そいつは好都合。」
 隊長は、にこりと笑うや否や、見張りの烏天狗に一撃を加え打ち倒した。
「燕、行くぞ!」
 二人は、さっと気密扉の中へと飛び込んだ。
 他の見張りをしていた烏天狗達が、騒ぎだす。燕は、さっと気密扉を閉めた。
 そのまま、隊長達は、ロケット船の中へと走り込んで、ロケット船の気密扉を閉じると、操縦室へと飛びつき、密閉桟橋を切り離し、ロケット船を急発進させた。
 恐ろしい勢いでロケット船は、『曙十三號』から離脱した。後部望遠鏡の捉えた『曙十三號』は、みるみるうちに小さくなっていった。
「よし。一気に加速を掛けるぞ。」
 隊長は、ロケットの噴射制御ペダルを思い切り踏み込んだ。が、何とした事であろうか、ロケットは予想した様な猛烈な噴射をしなかった。推力計の目盛りは、ずっと中間地点で、フラフラと止まった侭なのだ。
「成程。整備中か。」
 隊長が毒突いた。
「隊長、奴等が追ってきます。」
 後部望遠鏡を覗いていた燕が叫んだ。確かに、豆粒の様な『曙十三號』の近くに、ロケット噴射の光芒が幾つか認められた。
「こんな、ポンコツじゃあ、すぐに追い着かれちまいますぜ。」
 隊長は、必死で釦や摘みを動かし、ペダルを踏み、操縦捍を引き、なんとかロケットの推力を挙げようとした。しかし、無情にも、推力計の針は、多少動いただけで、出力全開には、ほど遠かった。
「敵ロケット接近。」
 望遠鏡を覗きながら、燕が言った。
 機関全開で加速を掛けてくる敵のロケットと、思う様に速度が出ない隊長達のロケットの距離は、どんどん縮まった。
 隊長は、推力の上昇を諦めると、機動用噴射管を巧みに操り、敵の力線を回避する為の運動を開始した。と、同時に、ロケットの窓の外に、閃光がひらめいた。
「撃ってきやがった!」
 後方から追いすがってきた賊のロケットは、次々と力線砲を発射した。暗闇の宇宙空間を、黄金色の稲妻が切り裂いていく。隊長は、神業ともいえる技術で、ロケットを操縦し、その力線をかいくぐった。
 だが、次第に距離を詰めて来る賊のロケットの射撃は、ますます激しくなっていくばかりだ。
 そればかりか、整備中のロケットに無理をさせているのが祟ったのか、次第にロケットの操縦の自由が効かなくなってきたではないか。機動噴射管の推力が落ちているのだ。いや、ロケット全体に動力を供給している敷島機関の出力自体が落ちてきたらしい。 「こいつは上手くないな。」
 隊長が、唇をかみ締めながら言った。と、途端に、ロケット船が衝撃に揺り動かされた。敵の力線が船体をかすめていったのだ。
「大丈夫!ちょいとかすっただけでさぁ。」
 燕が隊長を元気付ける様に言った。だが、その顔は緊張に引きつっている。
 もう一発、衝撃が船体を揺さぶった。今度は、前のより大きい。
「だ、大丈夫、だといいんですがねぇ。」
 今度は、流石の燕も元気が無かった。敵の射撃は、まだまだ激しくなっていく。隊長達の周りの空間は、まるで力線の網の目が張られた様になっていた。
「あっ!!」
 不意に隊長が叫んだ。今までとは、反対に、前方の方から、黄金の光線が飛来したのだ。遂に、敵は、隊長達のロケットの前方にまで、周り込んだのであろうか。と、又、一撃、前方からの光線が飛来する。
「ああっ!」
 今度は燕が叫んだ。前方から飛来した光線は、なんと隊長達を追ってきた賊のロケットの一隻に命中したのだ。賊のロケットが、忽ちのうちに火球に包まれて、消滅した。
「旭光艇だ!今のは旭光艇の超電砲だ!」
 隊長が、前方の窓の外を指差して叫んだ。
 見よ。確かに、遥か虚空から飛んでくるのは、一隻のロケット艇。その涙を引き延ばした様な独特の形は紛れもない、神風隊長の愛ロケット艇、旭光艇に他ならない。
 また一撃、旭光艇の前部から、普通の力線砲の倍以上の威力を持つ、超電砲が発射され<それは正確に、隊長達を追ってくる賊のロケットの一隻を貫いた。
 新手出現に、不利を悟ったか、残った賊のロケットは、進路を変更すると、逃走を開始した。
「ざまあ見やがれ。おととい来な。」
 燕が、望遠鏡を覗きながら、小躍りして喜んだ。
 旭光艇は、達処に減速すると、機動噴射管を使って反転し、隊長達のロケットに並行した。
 と、隊長達のロケットの無線器から、声がした。
「賊のロケットよ。直ちに降伏せよ。」
 それは、脅しつける様な多力王の声であった。
「少しでもおかしな真似をしてみろ。原子の粒に戻してくれるぞ。」
 その声を聞いて、燕が無線器に向けて怒鳴り付けた。しかし、その顔は喜びに溢れていた。
「このすっとこどっこいの屑鉄人形。誰を脅していやがると思ってんだ。隊長と、燕様の御帰還だぞ。」
「何!?」
 一瞬、多力王の声が詰まった。だが、多力王は続けた。
「嘘をつけ。隊長と燕は既に死んでしまったのだ。そんな、計略で某共を欺こうとしても、無駄だぞ。」
「だ、誰が死んだって!俺達ぁぴんぴんしてらあ。正真正銘の隊長と燕様だい。てめぇ、とうとう脳みその中まで錆び付きやがったかぁ。嘘だと思うなら、画像受信機を付けて見ろい。」
 隊長と燕は、画像受信機の前へと席を移した。
 暫く間があって、画像受信機の電幕に、ぼうっと多力王と、佐衛門博士の姿が現われた。向こうからも、こちら様子は見えている筈だ。電幕の中の多力王と佐衛門博士は、目を丸くして驚いた。
「若!」
「隊長!」
 二人が揃って声を挙げた。その様子を見て、隊長はにこりと笑った。
「二人とも、安心しろ。足はちゃんとあるよ。」
 その笑顔を見て、電幕の中の二人は顔一杯に喜びを現した。

「ああ、やはり我が家はいいな。」
 旭光艇に移った隊長が、思わず声を挙げた。
 そこへ多力王が、温かい御茶をいれて持ってきた。
「いやあ、あの死体を見た時は動力炉が止まるかと思いましたぞ。まさか、隊長の計略だとは、夢にも思いませんでした。」
 多力王は、隊長に茶碗を渡しながら言った。
「おうよ。そこが、隊長の凄い所よ。もっとも、てめぇの頭じゃあ、もっと簡単な計略だって見抜けやしねぇだろうがよ。」
 脇から、燕が茶碗をひったくる様に取ると毒突いた。もうその顔は、暗黒星の左平次の扮装を解いており、元の禿げ頭に戻っている。
「何を。貴様なぞが一緒に付いておったから、隊長がこんな危険な目に会ってしまったのだ。もし某が付いておったのなら、今頃は、天狗党とやらを一網打尽にしておったわい。」
 多力王が負けずに言い放った。燕も負けてはいない。
「けっほざきがれ。てめえなんぞが付いていたら、それこそ隊長はこうして戻っては来れなかったろうし、てめぇは二束三文で屑鉄屋に叩き売られてる事だろうぜ。もっとも、てめぇなんぞを買ってくれる奇特な屑鉄屋がいりゃあの話だがな。」
「言いおったな。このゴム人形。」
「おう言ったとも。トタン細工の出来損無い。」
 いつもの如く賑やかな喧嘩を始めた二人を横目に見ながら、隊長は、茶を一口啜り、何事かを考えているかの様に押し黙っていた。
「若、どうなされたのじゃ。」
 隊長の様子に気付いた、佐衛門博士が聞いた。
「えっ。ああ……。星鼬の一八の事なのだが……。」
「星鼬の一八!あの裏切り者のコンコンチキが一体どうしたんで。」
 一八の名を聞き付けた燕が振り向いた。
「俺ぁ、あいつだけは許せませんぜ。あいつぁ、日本男児の風上にも置けねぇ野郎だ。」
「確かにそうだ。しかし、あの時、もしも奴が裏切らなかったら、僕達はあのまま切り死にしていただろう。それに、奴が縄目をいじってくれたお陰で脱出する機会が出来たのだし……。」
「隊長、そいつは考え過ぎってもんですぜ。あの野郎が間抜けだっただけのこってすよ。あんな野郎にそんな芸当が出来る筈ぁ無ぇや。」
 しかし、隊長はその言葉を聞いても判然とはしない様で、猶も考え込んでいる。
「まだ何かあるんですかい。」
「うむ。一八が、僕を投げ飛ばした訳だが……。」
「そりゃ、隊長だって油断してたでしょうが。偶然に決まってるじゃありませんか。」
「いや、そうじゃない。あの技は講道館柔道の奥義の一つなのだよ。」
「こ、講道館柔道!?」
 流石に燕も驚いて、目を丸くした。
「ですが、隊長。講道館柔道は今や太陽系中に広まっています。それを習った事のある奴が、一人や二人居ってもおかしくはありませぬぞ。」
 多力王が口を挟んだ。梳かさず燕が同意した。
「おっ、多力王。たまにはいい事言うじゃねぇか。そうですよ隊長。そういやあ、今度の大会で優勝を争った奴だって、天王星人だったでしょ。ましてや日本人だ。知ってたっておかしかねぇや。」
「ふうむ。」
 隊長は暫く考え込んでいたが、やがて、すっくと立ち上がった。
「まあ、ここで考えてみていても仕方が無い。よし。我々は水星に向かうぞ。」
「ははあん。天狗党の奴等より先に言って、本物の暗黒星の左平次をこちらの手の内に入れる寸法ですね。」
 燕が、不敵な目をきらりと輝かせて言った。
「そうと決まれば、早く行きましょう。敵に先を越されてなるものか。」
 多力王が腕をぶるんぶるんと振り回す。
「よし。旭光艇発進。進路は水星、常夜の半球の暗闇谷鉱山。全速前進。」
 隊長の声が、一際高く艇内に響いた。

---<以下、連載第八回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


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