神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻


六.曙十三號

 天狗党の黒塗りのロケットが、密閉桟橋を収納すると、機動用の小噴射管を噴かしながら、護送ロケットから離脱して行く。
 その様子を、目の前にしながら、多力王と佐衛門博士には、全く為す術も無かった。
「烏呼、賊のロケットが消えていく。」
 多力王が、電幕に映し出されている賊のロケットの様子を見て言った。黒塗りのロケットは、例の隠れ蓑装置を使用したらしく、その姿を、宇宙の闇の中へと隠した。
「烏呼、隊長!燕!」
 多力王が叫んだ。果たして、隊長と燕の運命がどうなったのか、旭光艇の中の二人には知る由もなかった。
 旭光艇の性能をもってすれば、今、電幕の中に映し出されている護送ロケットの所まで飛んでいくのは、造作もない事だ。しかし、両側を賊のロケットに挟まれてしまった旭光艇は、動く事さえ出来なかった。もし、少しでも、おかしな素振りを見せれば、賊のロケットの力線砲が容赦無く火を吹き、旭光艇は、宇宙の星屑と化してしまうだろう。
「佐衛門博士!某達は、一体、どうすれば良いのですか。」
 多力王は、わめき散らした。が、佐衛門博士は、じっと目をつぶり、何か思案をしている様であった。
「博士、博士。どうにか、ならんのですか。」
 多力王の声が、次第に哀願する様な調子になってきた。もう、今や、頼りは、佐衛門博士の他に有りはしないのだ。
 しかし、佐衛門博士は、その鉄人の声にも、微動だにしなかった。
 と、無線機から、又、例の声が聞こえてきた。
「どうやら、仲間達の仕事は、完了したらしい。もう、貴様達を見張っておく必要もない様だ。」
 無線機の声は、如何にも楽しそうに言った。
「多力王。」
 今まで、じっと目をつぶっていた佐衛門博士が、かっと目を見開いた。佐衛門博士は、そのまま、副操縦席へと座ると、多力王に告げた。
「良いか。多力王。儂が合図をすると同時に、旭光艇を全力噴射で、発進させるのじゃ。」
「しかし、博士、そんな事をしたら、賊のいい的になるだけですぞ。」
「いいや、どちらにしても、奴等は、儂等を生かしては置くまい。なあに、儂に考えがある。そう、むざむざとやられはせんよ。」
 佐衛門博士はそう言いながら、計器盤の上の釦や、摘みを動かした。
 無線機からは、再び、賊の声が聞こえて来た。
「我々ももう、帰還せねばならぬ。何処の誰かは知らぬが、この場で宇宙の塵となってもらおう。地獄で、我等、宇宙天狗党の恐ろしさを語るが良い!」
「多力王、今じゃ!」
 賊の声が終わると同時に、佐衛門博士が叫んだ。
 それを合図に、多力王は、思い切り、噴射制御ペダルを踏み込んだ。
 その途端、爆発にも似た衝撃が走り、旭光艇は弾かれた様に飛び出した。
 その余りの加速に、肋材がぎぎぎと異様な音を立て、船の主動力である敷島機関の無限力動力炉が、かん高い悲鳴を挙げる。
「南無八幡大菩薩。」
 多力王は、必死に操従捍とペダルを操りながら、そう呟いた。
 旭光艇の化けた岩塊を取り囲んでいた賊のロケットは、愈々、力線砲を発射して、その岩塊を消滅させようとしていた。そして、射撃手が、力線砲の引き金を、今、正に引かんとした時、突如、目の前の岩塊が、木っ端微塵に弾け飛んだ。
「うわあ!」
 その様子を見た、賊のロケットの乗組員が、思わず悲鳴を挙げた。粉々に砕け散った無数の岩石が、自分のロケットの方に矢の様に飛んできたからである。
 空気の無い宇宙の空間では、一旦、勢いの付いた物体は止まる事を知らない。空気の抵抗が無いからだ。希薄なエイテルは殆ど抵抗にはならない。四方に弾け飛んだ岩石は、機関銃の弾の様に、恐ろしい速度で賊のロケット艇に襲い掛かった。
「面舵!面舵だあ!」
 その破片の来襲を、賊のロケット艇は、必死に避けようとした。
「烏呼!やつらのロケットが逃げていくぞ。」
 見張りの天狗が叫ぶ。見れば、旭光艇が、その岩石の流れに隠れ、飛出していくではないか。
「追えい。追えい。」
 賊の艇長が叫んだが、賊のロケット艇の中は、大混乱に陥っていた。とても、旭光艇の追跡にかかるどころの騒ぎでは無かった。一隻のロケット艇は、まともに岩石の雨の中に突っ込んでしまい、船体を、次々に打ち砕かれていった。
 その間にも、旭光艇は、あらん限りの速度を出して、消えた賊のロケットの方へと突進していた。
「ほほほ。計略、図に当たったのう。」
 旭光艇の中で、佐衛門博士が笑った。
「成程、反撥力線をもう一度、逆転させるとは気付きませんでしたよ。」
 多力王が、船を操りながら答える。
 旭光艇は、小遊星に擬装する為に、反撥力線を逆転して小さな岩石を張り付けていた。佐衛門博士は、その力線を、最大出力で、本来の反撥力線へと切り替えたのだ。その為、岩石は、旭光艇の船体から一気に離れ、精一杯、加速された状態で四方八方に飛び散ったと言う訳である。
「ところで、賊はどうしました?」
 多力王が聞いた。
「ふむ。ほうほうの体で逃げていく様じゃ。」
 潜望鏡を覗いた佐衛門博士が答えた。どうやら、賊のロケット艇は、これ以上の追撃を諦めた様であった。
「引き返して、超電砲を一発御見舞いしてやりましょうか。」
「いや。それよりも、若と燕が心配じゃ。」
「そうでした。隊長の身が第一だ。ついでにあのゴム人形も。」
 そんな会話を交わしているうちに、旭光艇は、護送ロケットの浮かぶ空間へとたどり着いて居た。
 佐衛門博士と多力王は、先ず、護送ロケットの中を捜査した。そこで彼等は、縛られた巡査達を助け、暗黒星の左平次と、その子分が、賊に連れ去られたという事を聞いた。
「成程。それでは若達は、一応、無事なのじゃな。」
「おお、隊長達は生きている。佐衛門博士。すぐにでも、救出に向かいましょうぞ。」
 多力王が、その巨体をゆさぶって喜んだ。今にも、飛び出さんばかりな勢いだ。
「ふうむ。じゃが、多力王。隊長が何処へ連れていか居るのか、判って居るのかの。」
「へっ!?そ、それは…。」
 佐衛門博士の指摘に、多力王の体の動きが止まった。
「まあ、落ち着くんじゃ、多力王。」
「落ち着けと言われても博士。どうやって、落ち着けと言うのです。隊長が何処へいったのか。このまま、じっとしていても判る物ではありませぬぞ。」  その多力王の言葉を聞くと、佐衛門博士は、にこりと笑って言った。
「ところが、多力王。それを知る方法があると言ったらどうするね。」
「あ、あるんですか!」
 驚愕する多力王に、佐衛門博士はゆっくりと頷いた。
「若と燕の服にの、特殊な電波をだす発信器を、密かに仕込んでおいたのじゃ。なにしろ、若と来たら、何をしでかすか予想できぬ時があるでのう。その電波を追えば、容易に若達の居どころを知る事が出来ると言う訳じゃ。」
「そんな物があるなら、何故、早く言わないのですか。全く博士は、のんびりしておるのだから。」
 多力王は、大慌てで旭光艇へと戻っていった。
「さて、御覧の様に、儂達は行かねばならぬ。もうすぐ、救助の巡視艇が来る筈じゃ。それまで、もうすこしの辛抱じゃ。」
 佐衛門博士は、巡査達に優しく言うと、これも又、旭光艇へと戻って行く。
「有り難う御座いました。どうか、宇宙天狗党を捕らえて下さい。御武運を祈っております。」
 巡査達は、最敬礼をして佐衛門博士を見送った。

 一方、賊のロケット艇に連行された隊長達は、ひとまず船内の一室へと収容されていた。
 部屋は、くくり付けの寝棚と、机、椅子があるだけで、至って簡素な物であった。更に、三人部屋として使う為に、臨時に簡易寝台が二つ運び込まれていた。
 隊長と、燕は、寝台の上に腰を降ろした。一八は、そこら中を歩き回り、寝台や机の下を覗いたり、壁を叩いたり、落ち着かない様子であった。
 一通り、部屋の中を調べ終わった一八は、ふうっと一息つくと、一言呟いた。
「こいつは、中島の九十年式貨物ロケットを改造したものだな。」
「ほう、よく判るな。内部構造を見ただけで、そこまで判るのかい。」
 隊長は、一八が、外観を見ずにロケットの型式を見分けた事に驚き、聞いた。 隊長の問いに、一八は、一瞬、はっとしたと様な表情をしたが、すぐに、普段の軽口の調子に戻ると言った。
「なあに、あっしは、昔、天の川天運のロケット乗りをしていた事がありやしてね。その時、この型のロケットに乗ってたんで。」
 一八は、へへっと照れた様に笑い、そのまま、ゴロンと寝台の上に寝転がった。
「ああ、眠くなっちまった。あっしは一眠りさせて頂きやすぜ。」
 そう言うと忽ちの内に、一八は、鼾を掻き始めた。
「何て野郎だ。」
 燕が、厳しい左平次の表情のまま、あきれ返った様に言った。隊長も、やれやれとばかりに肩を竦めた。
 それから、何時間程がたったであろうか。その間には、一度、烏天狗が強化握り飯と御茶の食事を持ってきただけで、特に変わった事はなかった。隊長と燕は、必要な事を二、三言喋っただけで、後は黙っていた。一八は、鼻歌で、流行歌などを歌っていたが、特に二人に話掛ける様な事はしなかった。
 と、不意にガクッという衝撃が船体を揺さぶった。どうやら、ロケットが制動噴射を掛けたらしい。続いて機動用ロケットが噴射されているらしく、船体が小刻みに揺れた。やがて、その揺れも納まり、それまで船の全体に響いていた動力機関の唸りが、ピタリと止まった。
「どうやら、隠し砦とやらに御到着らしいな。」
 隊長がそう呟いた時、部屋の扉が、ガチャリと開いた。見れば、そこに黒い烏天狗が立っていた。
「左平次殿。我等が隠し砦に到着致しました。我々と共に下船して頂きます。」
 隊長達は、黒い烏天狗に連れられて、ロケットの気密扉を抜け、密閉桟橋を通り、別の気密扉の中へと入っていった。どうやら、ロケットは、宇宙空間に浮かんで隠し砦に接舷しているらしい。
 その気密扉を抜けると、そこは、倉庫の様な広場になっており、そこかしこに金属罐やら、ロケット艇の部品等が、積まれていた。又、他の壁面にも、今、隊長達がくぐってきた様な、気密扉が幾つか備えてあった。
 その気密扉の一つに、ペンキで書いた消え掛かった字が読めた。それを読んで、隊長は、あっと声を挙げた。見れば、一八も、同じ物を見付けて驚いている様だ。
 『曙十三號 第六接舷口気密扉』。そこには、そう書いてあったのだ。
「そうか。ここは、廃棄された星間補給所なのだな。」
 太陽系の中には、九個の遊星以外にも、かなり数多くの微小な遊星が存在している。その多くは、火星と木星の間に分布して居り、そのうちの一部の軌道は他の遊星間にも侵入する事がある。その中の幾つかには、遊星間を航行するロケット船の為の緊急用の停泊基地として、簡単な補給や修理が行なえる様な設備が置かれていた。これが、即ち星間補給所と呼ばれる物である。
 『曙十三號』は、火星と地球の間に存在するそんな星間補給所の一つなのである。但し、星間補給所は、それ自体が動いている事と、各遊星間を結ぶ航路が遊星の公転に依る移動に依り大きく変化する為、時期に依ってはその機能を全く果たさない場合がある。  隊長の記憶に依れば、この『曙十三號』は、ここ十年ばかりは、全く使用されて居ない筈であった。
 隊長達は、広場を横切り、狭い通路を抜けて、ある一室へと案内された。そこは、補給所の主管制室として使われていた部屋であった。
 その部屋の中央が、一段高くなっており、そこに毛皮を敷いた床几に座った一人の男がいた。男は、他の天狗党員と同じ、白装束を身にまとっていたが、その面は、烏天狗の物では無く、恐ろしい形相をした、鼻の高い、真っ赤な大天狗の面であった。その手には、白い羽毛でできた羽団扇が握られている。
 男は、隊長達が、部屋に入ってきたのを認めると、すっくと立ち上がった。
「御頭。暗黒星の左平次殿と、その子分衆を御連れ致しました。」
 黒い烏天狗が、片膝を付いて報告した。と、部屋全体を揺るがす様な大きな笑い声が響いた。
「うわっははははは。我こそは、宇宙天狗党が首領、大天魔太郎坊也。暗黒星の左平次殿、よくぞ来られた。」
「儂等に一体、何の用じゃ。」
 燕が、鋭い目で太郎坊を睨み付けて言った。
「用件は、只一つ。左平次殿の持つという、ルウズベルトの秘宝の在かを示す幻のピストル、『白い大鷲』を我が手に頂きたい。」
 そこで一旦、言葉を切ると、太郎坊は、隊長達を見回し、そして、言った。「もし、御主達が本物ならばな。」
「何!貴様、左平次親分を偽物だとでも、言うつもりか。」
 隊長が声を荒げた。
「その通りだ。御主達は偽物だ。」
 太郎坊が、羽団扇で隊長達を差して叫んだ。それと同時に、部屋の物陰から、抜き身の刀をひらめかせた烏天狗達が飛出した。
「ほほう、面白い。この儂が偽物だと言うのか。これは愉快じゃ。」
 燕が空笑いを挙げた。だが、太郎坊は、そんな事は意に介さなかった。
「これを見るのじゃ。」
 太郎坊が叫ぶと、彼の背後の電幕に、一人の痩せこけた老人の顔写真が映った。
「これは、我等が一員が、水星の常夜の半球にある暗闇谷の鉱山で見付けた暗黒星の左平次だと言われる男の写真だ。」
 その言葉に、燕は、一際大きな笑い声を挙げた。
「太陽系には、我こそは暗黒星の左平次と名乗るふざけた輩がいくらも居るのじゃ。そんな者は、偽物に決まって居る。本物は、儂一人じゃ。」
「わっははははは。」
 燕よりも、更に大きく太郎坊が笑った。
「御芝居も大概にするのだな。貴様は指紋を樹脂で潰したと言ったそうだが、我等の仲間の調査によると、この男の指紋と左平次の指紋は、完全に一致したそうだ。こうなれば、どちらが本物の左平次か、疑問の余地はないのではないかな。」
 これには、燕も返す言葉はなかった。燕は、うっと詰まって、隊長の方を見た。
 隊長は、なおも不敵な目で、太郎坊の方を見つめていた。太郎坊は、愉快そうに笑い続けた。
「わっはははははっ。なかなか度胸のある奴等だ。貴様等の正体をあててやろうか。貴様達は宇宙軍の軍偵だろう。我々の情報によれば、本郷邦明大尉と言う、腕利きの軍偵が我々の調査を開始したというからな。」
 宇宙軍の軍偵が事件に乗り出したと言うのは、隊長にとっても初耳であった。しかし、今はそんな事を考えている時ではない。隊長は、にやりと笑うと言った。
「残念ながら、僕は宇宙軍の軍偵等と言う大層な者じゃあない。」
「ほう。ならば、一体、何者だ。」
「我が名は桜木日出雄。正義と平和を愛する日本男児だ。」
 隊長の涼しげな、それでいて力強い声が、辺りに響いた。続いて燕が威勢良く啖呵を切った。
「おうよ。俺様ぁ、その一の子分で燕様って言う、ちょいと名の知れた人造人のお兄いさんよ。どうだ!驚ぇたか、御神楽野郎め。」
「おお、それでは、貴様が巷で言う神風隊長と言う奴か。」
 偽左平次の正体を知って、流石に太郎坊も驚きの声を挙げた。だが、そこは賊の首領たる者、即座に周りの部下達に命を下した。
「何者とて、我が天狗党に逆らう者が許しておけようか。それ、者共、そやつらを一人残らず倒してしまえ。」
 その途端、一人の烏天狗が、鋭い気合いと共に、隊長めがけて切り掛かった。
「きぇぇぇぇぇい!」
 だが、隊長は少しも慌てず、体を横に移動し、烏天狗の太刀先を交わした。
 不意に、目標を失った烏天狗の体が、勢いが付いた侭、つつっと隊長の前へと踊り出る。梳かさず隊長は、手刀を一撃、烏天狗の手首めがけて撃ち降ろした。
 グキッと鈍い音がして、烏天狗は刀をその場に落とし、その激痛に手首を押さえて、床に転がりのたうち回った。
 隊長は、天狗が取り落とした刀を、サッと拾い挙げると、ぴたりと構えた。
「燕、ぬかるなよ。」
「へい。合点だ。」
 燕が、不敵な切れ長の目を楽しそうに輝かせた。
「あ、あっしは、一体、どうすりゃいいんで。」
 隊長の背後で、びくつきながら、一八が顔を出した。
「おまえさんは、僕の後ろに付いてい給え。決して、離れるんじゃあ無いぞ。」
 隊長が、そう言った時、今度は、二人の天狗が、同時に切り掛かってきた。 隊長の刀が一閃する。と、見る間に二人の天狗の体がどうっと床に倒れた。
 隊長は、その場から一歩も動いてはいない。何と言う早技であろうか。
「さあ、命が惜しくなければ掛かってくるが良い。」
 隊長が、周囲を見回して言った。
 回りを囲む天狗共は、隊長の全身から発せられる恐るべき気迫に押されて、掛かっていく事が出来ないようだ。
「さあ、どうした悪党共。正義の刃が、それほどに恐ろしいか。」
 隊長が大喝すると、天狗共は更に一歩、後ろへと退った。
「ええい。腑甲斐無い。貴様等、それでも太陽系にその名を轟かす宇宙天狗党の一員か。相手は、たったの三人だ。全員で掛かれば怖い事なぞあるものか。」
 部下の様子を見て、怒った太郎坊が檄を飛ばした。その怒りの声が、怯える天狗共を付き動かした。天狗共は、思い思いの奇声を発すると、次々に隊長達に切り掛かった。
 悲鳴と怒号、剣と剣が火花を散らす音が響く。隊長は、あたるを幸い、切って切って切りまくった。
 燕は、その身軽さを武器に、これも烏天狗から奪った刀を逆手に握り、ある時は天井近くまで飛び上がり、ある時は、床すれすれを疾風の様に滑りぬけ、鬼神の如き活躍を見せていた。
 一方、星鼬の一八はと言えば、べったりと隊長の背後に付いて回り、あっちへこちっちへと、上手い具合に天狗共の刃を除けている。
 時が過ぎるに連れ、床の上には、次々と烏天狗共が倒れていった。
 しかし、烏天狗共は、一向にその数を減じようとはしない。新手が、そこかしこから、まるで湧いて来る様に現われるのである。
「くそ。これでは切りがない。」
 隊長が思わず毒突く。もうその手にした刀は、天狗共の血潮で真っ赤に染められており、切れ味も格段に落ちていた。
「このままでは、疲れ切った所を討ち取られてしまうぞ。」
「こうなったら、仕方がないな。」
 隊長の背後で、不意に一八が呟いた。
「えっ?」
 隊長は、一八が何を言ったのか判らなかったので聞き返そうとした。その瞬間、一八が、突然、隊長の腕を取った。
「いええい!」
 あっと思う間も無く、隊長の体がふわりと宙に浮いた。一八の何処からそんな力が出たのであろうか、一八が、隊長を投げ飛ばしたのである。
 不意を突かれた隊長は、床に叩きつけられる前に受け身を取りはしたが、見事に、一本とられた形で床に転がされてしまった。隊長は、さっと立ち上がろうとした。
 だが、一瞬、遅かった。一八は立ち上がろうとした隊長の喉元に、刀の切っ先を突き付けた。
「ああ、てめえ何をしやがる。」
 異変に気付いた燕が、一八に飛び掛かろうとした。一八は、にやりと笑うと、言った。
「おい、燕さんとやら、ちょいとでも動けば、神風隊長さんの命はないぜ。」
 そう言われると、燕もおいそれとは行動に移る訳にはいかなかった。隊長は、必死に、一八の隙を窺おうとした、しかし、何故かこのチンピラには、一分の隙も見いだせなかった。
 一八は、刀を隊長に突き付けながら、太郎坊の方を振り向くと言った。
「おう、太郎坊の旦那。手下共を下がらせておくれじゃないか。」
「ほほう、貴様は仲間を裏切る気なのかな。」
「仲間?」
 一八は吐き捨てる様に言った。
「あっしぁ、護送ロケットの牢の中で、たまたまこいつらと一緒になっただけでね。まさか、こいつらが、神風隊長なんぞと言う、正義の味方だったなんざ、露程も知らなかったんだ。こいつらと、こんな所で、一緒におっ死ぬ義理ぁねぇんだ。どうせなら、あんたら天狗党の仲間になって、面白可笑しく暮らした方が性に合ってるってもんよ。ねえ、太郎坊の旦那、あっしを仲間にしちゃあくれませんか。」
「てめえ、何て野郎だ。それでも日本男児か。」
 燕が激怒して叫んだ。が、一八はまるで取り合わず、周りで事態を見守っている烏天狗共に声を掛けた。
「さあ、烏天狗の兄さん方、何を愚図々々してますんで。あっしはあんた方の味方ですぜ。早く、この野郎共を縛っちまってくだせいな。」
「うわっはっはっはっはっ。」
 太郎坊が、愉快そうな笑い声を挙げた。
「一八とやら気に入ったぞ。よし、もの共、神風隊長と、その人造人を縛り上げてしまえ。」
 烏天狗達は、その声を聞くと、一斉に隊長達に踊り掛かり、合成麻の縄で二人をぐるぐる巻きに縛り挙げてしまった。
 その姿を見て、一八がせせら笑った。
「へへへっ、いい気味だ。あっしは正義の味方って奴が大嫌いでね。せいぜい、牢の中で、本物の囚人生活をするがいいや。ねえ、太郎坊の旦那。こいつらを早く、牢にぶちこんで、今後の方策を練りやしょうよ。」
 その言葉に、太郎坊は大きく首を振った。
「いいや。こ奴等を生かしておいては剣呑極まり無い。こ奴等はすぐにでも始末してしまおう。」
「えっ殺しちまうんで。人質にしておけば、何かと役に立ちますぜ。例えば……。」
「いいや、こんな厄介な奴等は、とっとと始末してしまうのに限る。うんと、面白い方法でな。」
 太郎坊の言葉が残忍な響きを帯びた。
「流星刑だ。こ奴等を流星刑に掛けるのだ。」
「りゅ、流星刑!?」
 一八の顔面が、さっと青ざめた。
 流星刑。それは天空賊達の中で行なわれてきた、恐るべき刑罰であった。
 罪人を小型のロケット砲弾の中に詰め込んで、宇宙空間に発射してしまうのだ。罪人は、やがて来る空気不足に依り死んでしまう。しかし、大概の者は、その死に至るまでに恐怖の余りに発狂してしまうのだ。全く身動きの取れない狭いロケット砲弾の中の真の暗闇。迫り来る死。外は、芒漠たる絶対真空の大宇宙。この状況の中では、如何なる偉丈夫であろうとも正気を保つ事は不可能であろう。
 罪人の体は、その名の通り、流星として、未来永劫、宇宙空間をさまよい続けるのだ。
「そ、そいつはどうも……。」
「何か、文句があるのかな。何なら、一八、貴様にも付き合って貰っても良いのだぞ。こんな奴等には流星刑が御誂え向きなのだ。」
 そう言われると、流石の一八も、何も言えない様であった。
「わっはっはっはっ。世に名高い神風隊長も、遂には、宇宙の屑となり果てるのだ。」
 太郎坊の笑い声が、一際高く響いた。

---<以下、連載第七回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


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