神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻


五.護送ロケット

 巡視艇行方不明事件から、一週間程たった頃、太陽系内に、ある噂が流れた。
 その噂は、諸惑星の町や、村は勿論、小遊星等にある、無頼漢共の溜まりでも、盛んに語られた。太陽系の数ある天空賊の中でも、最も有名な親分、暗黒星の左平次が、その子分と共に、とうとう火星のある町で御縄になったと言うのである。
 左平次は、盗みはするがそれは、意地汚い金持ちの物に限っており、決して、弱い者達を傷つけたり殺したりの非道はしなかったので、太陽系の人民達には、案外と人気があった。
 その為、一旦、その噂が流れると、その噂は留まる事を知らずに広がっていった。巡査局は、必死で左平次の地球への護送を隠そうとしたが、何処から漏れたものか、その護送ロケットが、火星を飛び立つ頃には、それはもう、巷では公然の秘密となっていた。
 そして、護送ロケットは、非公式な、沢山の見送りを受けながら、火星を発進した。

「ああ、退屈だ。」
 宙空を飛んでいく護送ロケットの牢の中で、暗黒星の左平次は呟いた。
 もう年は、かれこれ八十を越える筈であった。真っ白な髪を肩まで垂らし、短い顎髭を生やしたその顔は、全くの老人であるが、流石は、音に聞こえた天空賊の暗黒星の左平次だ。その両の眼は、眼光鋭く、見る者を威圧せずには置かない迫力があった。
 その暗黒星の左平次も、旅の疲れが出ているのか、今度は、嫌にだらしなく、大きな欠伸をした。
「ふあああああ。」
 途端に、迫力ある面構えが、くしゃっと崩れ、何とも間の抜けた様な表情へと変わった。
 すると、それを見ていた左平次の子分と言う若い男が、左平次の側につつっと寄ってきて、その耳元に、そっと囁いた。
「こら、燕。おまえは、天空賊の大親分なんだぞ。もっと、達振る舞いに気を払え。」
 左平次は、これも小声で答えた。
「すいやせん、隊長。じっとしてるのは、どうも性に合わなくって。」
 隊長と燕。確かに二人はそう言い合った。この船に乗っているのは、捕らえられた暗黒星の左平次と、その子分の若者の筈である。その二人がお互いを、隊長、燕と呼ぶとは、一体、どうした事であろうか。
 実は、これは、隊長が仕組んだ計略なのである。
 暗黒星の左平次が捕まって、護送されると聞けば、天狗党は、必ずや、左平次を奪わんものと襲撃してくるだろう。
 そこで隊長は、高倉局長の力を借りて、太陽系中に噂を広め、燕を暗黒星の左平次に、自らはその子分に変裝して、わざと捕まり、護送される様に仕向けたのである。襲撃して来た賊を一網打尽にしようと言うのである。
 燕は、ごほんと一つ咳払いをすると、又、元の険しい顔へと戻った。
 隊長は、その様子を見て、思わずくすっと笑った。燕は、お返しとばかりに、その厳しい目で、隊長の方をじろりと睨み付けた。
「まったく持って、燕の変装という奴は凄いものだな。」
 隊長は、睨みつける燕の顔を見て、真にそう思った。
 もし、隊長が全くこの事を知らなければ、隊長だとて、その変装を見破る事は不可能であったろう。それは、燕の変装術そのものが、かなり特殊であるからだ。
 人造人である燕の体を造り挙げている合成樹脂は、ある種の油によって、一定の時間、かなり柔らかくする事が出来る。
 燕は、己の体に備わっているその性質を生かして、新しい変装法を開発した。つまり、自分の顔を柔らかくして、まるで、粘土細工の様に顔の造作を作り替えてしまうのだ。顔そのものを変化させてしまうのだから、この変装法がばれてしまう事はまず無いといってよいだろう。更に燕は、その上に、自分が修得している甲賀忍法の化粧術を施すのだから完璧である。
 只、心配な点は一つ。今、現在の左平次が、果たしてどんな風貌をしているのか、皆目判らなかったという事だ。
 今回、燕は、若い頃の左平次の写真を参考に顔を造り挙げた訳だが、果たして、それが本当に左平次にそっくりであるかは、誰にも判らないのである。
 もし、誰か、今の左平次の顔を知っている者に会ったとしたら、この計画は一発でお仕舞いになってしまうのだ。だが、幸いにも、今の処は順調に事が運んでいる様だ。只、一つの計算違いを除いては。
 隊長は、そっと、その計算違いの方へと目を移した。
 牢の隅っこに、一人の男が、毛布にくるまって眠っていた。
 男は、星鼬の一八と言うチンピラで、何処でどう間違えたのか、この隊長達の乗る護送ロケットに乗り込む事になったのである。本人の言う事によれば、火星の高級料理店で食い逃げをしようとして捕まり、地杞憂に強制送還されるのだと言う。
 隊長達は、まさか、これが計略だからと言って、彼を追い出してしまう訳にも行かず、こうして一緒に旅をしている始末なのだ。
「足手まといにならねばよいが。」
 心配そうに見つめる隊長をよそに、計算違い、即ち星鼬の一八は、むっくりと起き上がると、幸せそうに大きな欠伸を一つした。そして、隊長がこちらを見ているのに気が付くと、にたりと愛想笑いを返した。
「へへっ。こいつあどうも、兄さん。お早う御座います。」
 更に、今度は、左平次に化けた燕の方へ向き直ると頭を下げた。
「親分さん。お早う御座います。こんち又、いいお日和で。」
 燕は何も答えずに、じろっと一八の方を一瞥した。
「宇宙空間を航行するロケットの中で、いいお日和も糞もあるもんか。」
 燕は、心の中で毒突いた。いつもの燕なら、ここでどやしつけてやる処なのだが、なるべく関わるなと、隊長から釘をさされているので何も言いはしなかったのだ。
「おお、怖い。親分さんは御機嫌斜めだねぇ。ちょいと、兄さん。」
 燕に相手にされないと見ると、一八は、隊長の方へとすり寄ってきた。
「ねえ、兄さん。なが、なが……。」
「流れ星団十郎だ。」
 隊長は、左平次の子分として名乗っている名前を告げた。
「そうそう。その流れ星の兄さん。ねえ、この間の件。兄さんから、親分さんに話しちゃあくれませんか。親分さんは何が気に入らないのか、あたしが何か言うと、すぐに睨むんですから。」
 一八は、揉み手をしながら、上目遣いで隊長を見て言った。
 この男の言う、この間の一件と言うのは、自分を暗黒星の左平次の子分にして欲しいという事である。
「ねえ、流れ星の旦那。暗黒星の左平次親分の子分て事になりゃあ、この世界じゃあ、結構、顔が聞きますでしょ。あたしも、友達連中に鼻が高いってもんだ。ね、兄さん。この星鼬の一八、兄さんの為ならお役に立ちますぜ。炊事洗濯、掃除に買い物。何やらしたってうめえもんですぜ。子分にしていただいたら、例え、火の中水の中。冥王星だろうが、ハリイ彗星だろうが何処へだっ、て行っちゃいますぜ。」
 隊長は、なるべくこの一八の言う事を無視する事に決めていた。ちらりと燕の方を見ると、燕はこれ幸いとばかりに狸寝入りを決め込んでいる。
「よっ。兄さん。兄さんってば。色男の兄さん!」
 一八は、猶もしつこく言い寄って来た。
「うるさい。黙らねぇか、このチンピラ。これ以上ぐだぐだぬかしやがると、素巻きにして、小遊星帯に放り出すぞ。」
 隊長は、精一杯凄みのある声をだすと、一八を睨み付けた。
 普通なら、一八はこの一喝で、大人しくなる筈だったのだが、今度はそうはいかなかった。一八は、顔を真っ赤にして、怒り始めた。
「何を。人が下手にでてりゃあ、調子にのりゃあがって。俺がこんなに頼んでるってのに、何だいその言いぐさは。人の真心を踏みにじるってのは、おまえさんみてぇな奴の事を言うんだ。」
 一八は、一気にまくし立てると、床の上に大の字になってひっくり返った。
「さあ、殺せ。素巻きだろうが伊達巻きだろうがやってもらおうじゃないか。殺せ、殺せい、この人でなし。化けて出て、孫子の代まで祟ってやらあ。」
 そう、一八が叫んだ時である。
 突然、護送ロケット全体が、もの凄い衝撃に襲われた。
 途端に船内の照明がふっと消え、と同時に隊長は、自分の体から重さが無くなっていく様な奇妙な感覚を覚えた。船内の人造重力装置が切断されたのだ。
「来たぞ。」
 隊長は、とっさに体の平衡を保つと、低く叫んだ。
「敵の攻撃だ。おそらく機関室を直撃されたに違いない。」
 隊長は靴に仕込んである非常用の電磁石を作動させ、床に自分の体を固定した。
「うわあ、殺せったって、こりゃあ酷いや。」
 後ろの方で、一八が宙に体を浮かばせながら叫んだ。
「隊長。手筈じゃあ、敵さんが仕掛けてくる前に、旭光艇が退治するって事だったんじゃあ。」
 燕が、宙空を泳ぐ様にして、隊長の側へとやってきた。
「ああ、そうだ。恐らく旭光艇に何か不都合が起きたのだろう。」
「あの鉄屑野郎が、何かどじな事をやらかしやがったに違いねぇ。」
 燕が勝手にそう決めつけた。
「何にせよ用心しろ。何が起こるか全く予想が付かないんだ。」
「うわあい。助けてくれよう。」
 その背後で、まだ体勢を立て直せず、宙に浮かんだままの一八が、悲痛な叫びを挙げた。

 暗黒星の左平次と、その配下流れ星団十郎、チンピラの星鼬の一八を乗せた護送ロケットから、少し離れた空間に、一つの小岩塊が浮かんでいた。
 ちよっと見れば、どこかの遊星軌道か小遊星帯からでもはぐれた何の変哲も無い小岩塊に見えるが、よく観察してみると、この岩塊には、どうもおかしな点があった。
 この岩塊は、護送ロケットの軌道を寸分の狂いも無く、追尾しているのだ。しかも、くっつきも離れもせずに、常に一定の距離をあけている。それも、その筈、この岩塊は本物の岩塊ではないのだ。
 岩塊の中には、二人の人間がいた。いや、正確に言うのならば、一人の人間と、一人の鉄人がいるのである。そう、それは、佐衛門博士と多力王の二人であった。
 実はこの岩塊は、旭光艇がその周りに、隕石防御用の反撥力線を逆転する事により小さな岩石を張り付けて、擬装した姿だったのだ。
「ううむ。小遊星に化けるというのは、真に良い思案でしたな。」
 操縦席に座り、前方監視用の電幕を覗いていた多力王が言った。その電幕には、望遠鏡で捉えられた、護送ロケットの画像が映し出されていた。
「早く賊のロケットがやってきませんかねぇ。某、先程から胸の歯車が高鳴って止まりませぬぞ。」
 多力王はそう言って、観測士席にいる佐衛門博士の方を振返った。
 佐衛門博士は、多力王のそんな言葉が聞こえなかったかの様に、主潜望鏡を覗き、何やら図面と照らし合わせていた。
「博士、一体、何を調べて居られるのですか。」
 佐衛門博士は、やっと多力王が話かけているのに気付くと、図面から目を離してその顔を挙げた。心無しかその顔は、曇っている。多力王は、それに気が付くと言った。
「どうしたのです。何か心配そうな顔をしてますが。」
「ううむ。」
 佐衛門博士は、一声唸ると言った。
「不吉じゃ。」
「不吉?一体、どうしたのです。」
「うむ。どうも天文が良くないのじゃよ。破軍の星が怪しい光を放って居るし、天狼星の位置も宜しくない。何か、悪い事が起きそうじゃ。」
 多力王は、ちょっと面喰った様な声で言った。
「天文?ああ、星占いの事ですか。何だ。博士も心配性ですな。」
 その言葉を聞いて、佐衛門博士は表情を厳しくして言った。
「何を言うか。古来、兵法家や為政者にとって天文を読むのは常識じゃぞ。古人の知恵をおろそかにしてはいかんのじゃ。」
「はっはっはっ。」
 多力王は愉快そうに笑った。
「一体何処に心配事があるというのです。唯一心配なのは、隊長の側にいるのが、あの間抜けなゴム人形だと言う事ぐらいですよ。あいつがどじさえ踏まねば、何の心配がありましょうぞ。」
「なら良いのじゃがのう。」
 多力王の元気な声にも、佐衛門博士は、今一つ、安心出来ぬ様子であった。
「まだ仰るのですか。現に、護送ロケットの方だって、ほら、この通り。」
 多力王は、笑いながら電幕に映し出された護送ロケットの映像を指さした。 と、多力王は、そこに信じ難い様な光景を見た。
「ややや!」
 多力王が思わず驚きの声を挙げたのも無理は無い。電幕に映る護送ロケットの機関室に辺りに、突如、一条の閃光が走ったかと思うと、爆発が起きたのである。と、同時に、今まで何もなかった筈の護送ロケットの隣の空間に、だしぬけに一隻の黒塗りのロケット船が姿を現したのだ。それは、あたかも暗黒の宇宙空間から浮き出したかの様だ。
 そして、その黒塗りのロケットの船首には、赤い天狗の面の印が、くっきりと描かれていた。
「て、天狗党だ!」
「そうか、例の隠れ蓑装置じゃ。奴等は、ロケットにもその装置を施しておったのじゃ。ううむ、儂とした事が何と言う不覚。」
 佐衛門博士が悔しそうな声を挙げた。
 黒塗りのロケットは、見る間に護送ロケットに接近し、牽引力線を放射し、磁力錨を放ち、護送ロケットの動きを封じてしまった。動力機関を一撃で粉砕されてしまった護送ロケットには、最早、抵抗の手段も無い。黒塗りのロケットは、護送ロケットに向けて、密閉桟橋をせり出して、乗り込みの準備を開始した。
「な、何て事だ。と、兎に角、急がなくては。」
 多力王は、慌てて、旭光艇を発進させようとした。
「佐衛門博士、しっかりと捕まっていてください。全速で飛ばしますぞ。」
 多力王は、そう言うが早いか、主噴射管を全開にすべく、ペダルを踏み込もうとした。
 その時、旭光艇の無線機から、突如、不気味な声が聞こえてきた。
「正体不明の小遊星に告ぐ。無駄な抵抗はやめろ。貴様達は完全に包囲されておるぞ。」
 その声に、ぎょっとして、多力王はペダルを踏み込むのを中止した。
「な、何だ。今の声は。」
 多力王が振り向くと、佐衛門博士が潜望鏡で周りの様子を覗きながら言った。「どうやら、今の声の言った事は、嘘では無い様じゃのう。」
 不気味な声の言う通り、旭光艇の両側には、いつの間にその姿をあらわしたのか、天狗党の黒塗りのロケットが、挟みこむ様に浮かんでいた。賊は、姿を消して、ずっとこの辺りを見張っていたのだ。
「わっはははは。小遊星に化けるとは、仲々考え居ったな。だが、我々には通用せぬぞ。」
 無線機の声は勝ち誇った様に笑った。
「少しでも、妙な真似をして見ろ。あっと言う間に宇宙の塵と化してくれる。」
 その言葉と同時に、天狗党のロケットの船腹からは、黒光りする力線砲の砲身がせり出して、その狙いをピタリと旭光艇に向けた。
「烏呼、何と言う事だ。」
 多力王が地団駄を踏んで悔しがった。だが、この状態では、流石の二人もどうする事も出来はしない。電幕の中では、既に天狗党のロケットが、護送ロケットとの間に密閉桟橋の接続を完了していた。もう、天狗党の賊どもが乗り込みを開始するのだ。
「隊長!燕!」
 多力王が悲痛な叫び声を挙げる。しかし、その叫びが、隊長達に伝わる筈もなかった。

 電気も消えた暗闇の牢の中。隊長と燕は、じっと身構えていた。
 護送ロケットの船体が、何度か震動する。磁力錨が船体に撃ち込まれているのだ。そして、一際大きな震動が起こったかと思うと、揺れは、それっきり収まった。
「さあ、賊が乗り込んでくるぞ。」
 隊長は、ぐっと息を飲んだ。
「一体、全体、何が起こったんだあ。」
 星鼬の一八は、未だ体の安定が取れずに、宙をさまよいながら叫んでいる。
「性もない奴だ。」
 隊長は、一八の襟首を捕まえて、その体を引き寄せると、肩を抱き起こして立たせてやった。
「いいか。一八。これから大変な事が起きるのだ。おまえは大人しく俺達の側にいるのだ。決して離れるんじゃないぞ。」
「へ、へい。」
 そうこうしているうちに、牢屋の向こう側にある船室の方から、騒々しい物音が聞こえてきた。それは、金属と金属、肉と肉とが打ち合う音であり、人の怒号、悲鳴であった。どうやら、船内に侵入した賊どもと護送ロケットの乗組員との間で闘争が始まった様である。
 その物音は、次第に高まっていき、そして、出し抜けに終わった。  物音が静まって、いくばくかすると、牢の扉の外に、人の立つ気配がした。
 と、思う間も無く、扉の錠ががちゃりと音を立て、ギギっという音とともに扉が開いた。
 開いた扉から、さっと電気松明の光が差し込む。急に差し込んで来た光に、目が眩みそうになりながら、牢の入り口を見れば、そこには、電気松明を右の手に持った、烏天狗の面を付けた男が立っていた。
 男の左の手には、鮮血に染まった刀が光っている。烏天狗は、牢の中の隊長立達を見回すと言った。
「暗黒星の左平次殿と、その子分衆とは貴方方か。」
「如何にもそうだ。」
 隊長が答えた。
「親分に一体、何の用だ。そんな血刀を下げた侭、人に名を聞くとは無礼であろう。」
 隊長の鋭い一喝に、烏天狗は慌てて刀を鞘に仕舞い、慇懃に一礼して言った。「おお、是は失礼を致しました。我々は、宇宙天狗党という天空賊の者です。この度、名高い暗黒星の親分が巡査局に捕まったと聞き、我等、首領の命を受け、ここにお助けに参った訳でございます。」
「ほほう。それは御苦労。」
 隊長は、にやっと笑いながら言った。
「つきましては、先ず、我等が小頭の元においで頂きたい。ご案内いたしまする。」
 烏天狗はそう言って、隊長達に、牢屋から出てくる様に促し、歩き始めた。
 隊長は、軽く頷くと、先ず、燕の扮した左平次を前へと送りだした。燕は、ゴホンと一つ咳払いをすると、胸を張って、ふんぞり返る様に出ていった。その後ろから隊長は、びくびくと震えている星鼬の一八を引っ張りながら付いて行く。
 一同が、案内されたのは、護送ロケットの主操縦室であった。壁には電気松明が何本かくくり付けられていて、部屋の中は明るかった。
 そこには、幾人かの烏天狗達がおり、何事か話し合っていた。部屋の隅に目を転じれば、船の肋材に縛り付けられた幾人かの男達がいた。それは、護送ロケットの乗組員達であった。彼等は、体のそこかしこに傷を居っており、隊長達が入ってくると、憎々しげに睨みつけた。その様子を見て、隊長の心は大いに痛んだ。
「烏呼、僕達の計略が失敗したばかりに、彼等をあんなつらい目に合わせてしまうなんて。僕はきっと、この事件を解決して、彼等の無念を晴らしてやるぞ。」
 隊長は、心の中で誓いを新たにした。
「小頭。暗黒星の左平次殿をお連れ致しました。」
 隊長達を案内してきた烏天狗が言うと、部屋の中央にいた、黒い烏天狗の面をつけた男がこちらへとやって来た。
「おお、これは、暗黒星の大親分。お会い出来て光栄です。で、そちらの若衆は?」
「俺様は、暗黒星の左平次親分の一の子分で、流れ星の団十郎ってんだ。それでこいつは……。」
 隊長が皆まで言う前に、一八がしゃしやり出た。
「おいらは、二の子分で星鼬の一八っていうお兄いさんよう。」
 黒い烏天狗は、隊長と一八の二人をしげしげと眺めて言った。
「ほほう。暗黒星の親分にそんな子分衆がいるとは初耳だな。」
「何を言いやがる。こっちこそ、そんな天狗面を被った御神楽みたいな天空賊は始めて見るぞ。おまえらみたいな新参者に何が判るものか。」
 隊長は、こちらの芝居がばれないように、強い調子で言い返した。それを聞いて、黒い烏天狗は、高々と笑い声を挙げた。
「ワッハッハッ。流石は、暗黒星の大親分の配下だけあって、仲々口の達者な若造だ。されど……。」
 黒い烏天狗は笑い声を押さえ、突然に口調を変えた。
「我々は、親分方が本物の左平次親分の一党かどうか確かめねばならぬのです。この護送ロケットの後ろを小遊星に化けて付けていた怪しいロケット艇が発見されましてね。この護送ロケット自体が、何か奸智にたけた輩の計略と思われる節があるのです。」
 その言葉を聞いた途端、隊長と燕の背にさあっと冷たい物が流れた。旭光艇だ。旭光艇が発見されてしまったのだ。
「まあ、その不敵なロケットも、今はもう、我等が仲間の手によって葬り去られている事でしょうがね。」
 烏呼、なんと言う事か。隊長達はがく然とした。
 が、彼等はその思いを顔に出す訳には行かなかった。妙な態度をとったが最後、彼等の命も又、この世から消え去る事になるからだ。
 今は、旭光艇に乗り組んでいる佐衛門博士と多力王の二人を信じるしか他は無いのだ。彼等が、天狗党の賊共に、そう簡単に敗れる訳は無い。隊長は気を取り直すと、つとめて平静に言った。
「巡査局の連中も、仲々手の込んだ事をするものだ。暗黒星の親分を餌にするたあ、いい度胸をしてやがる。」
「兎に角、左平次親分が、本物であるかどうか、この場で試させて頂きましょう。」
 黒い烏天狗はそう言うと、一人の烏天狗に、一枚の写真と天眼鏡を持ってこさせた。
「貴様、暗黒星の親分をそこまで疑うつもりか。もし、偽物でなかったら、貴様を八つ裂きにしてくれるぞ。」
 隊長は大声で烏天狗を脅す様に叫んだ。だが烏天狗は動じなかった。
「ちょっと調べさせて頂くだけです。それとも、調べられては困る何かがおありですかな。」
「そ、そんな事は無い。」
 そう言われてしまったら、隊長だとて拒否する理由がなかった。
「しかし、どうやって、本物の親分だと調べるつもりなのだ。余り、失礼な事をすると承知せんぞ。」
 隊長は、相手の手の内を探りにかかった。
「そんなに大層な事は致しません。ここにある写真は、我々の仲間が遊星巡査局の大金庫から盗みだして来た、左平次親分の指紋の写真なのです。これと、そこに居られる親分の指紋を比べてみるだけですよ。」
『しまった!。』
 隊長は心の中で叫んだ。指紋。まさか天狗党がそんな物を手に入れているとは予想だにしていなかったのだ。
 いくら燕の変裝術でも、指紋まで変化させてはいない。大体、人造人たる燕には、指紋などという物がはなからありはしないのだ。
「さあ、親分さん。御手を拝借。」
 黒い烏天狗はそう言うと、燕の手を取ろうとした。
 その途端、今まで沈黙を守っていた燕が、高らかに笑い声を挙げた。
「わっはっはっはっ。御若いの。そんな事をしても無駄というものじゃ。」
 燕の突然の高笑いに、黒い烏天狗はびくっとして、その手を引っ込めた。
「む、無駄とはどういう意味なのだ。」
「文字通りの意味じゃよ、天狗君。良く見るが良い。これこの通り、儂の手には指紋などと言うものがないのじゃ。」
 燕は、にやりと笑うと、烏天狗の目の前に、自分の両の掌を広げて見せた。
 一体、燕は何をしようとしているのか。隊長もその真意が掴めずに、じっと成り行きを見守る他はなかった。燕は笑みを絶やさずに、何喰わぬ顔で言葉を続けた。
「何年も前の事じゃが、儂は遊星巡査局の追っ手をごまかす為に、自分の掌に合成樹脂を塗って、指紋と言う物を消してしまったのじゃ。何しろ、遊星巡査局は、やっきになって儂を追っていたからのう。その位の計略は天空賊ともなれば当たり前じゃろうて。はっはっはっはっ。」
 燕は、一際、大きく笑い声を挙げた。
「うううむ……。」
 黒い烏天狗は一声唸った侭、暫く黙り込んでしまった。
 この一行が、何となく怪しいという感じは拭い切れないのだが、それを証明する手段が無いのだ。しかも時間は過ぎていく。余り愚図愚図していては危険だ。いつ、護送ロケットの遭難に気が付いた遊星巡査局がやってくるかも知れないのだ。黒い烏天狗は、決断を下した。
「判りました。暗黒星の親分。親分を我等が隠し砦に、御案内致しましょう。」
 黒い烏天狗はそう言うと、傍らにいる手下どもに命令した。
「野郎共、引き上げだ。それと……。」
 そう言いながら、黒い烏天狗は、視線を部屋の隅に繋がれている巡査達に落とした。
「そこの巡査共を一人残らず血祭りに挙げていくのだ。巡査局の奴等に見せしめとするのだ。」
 その言葉を聞いて、隊長はハッとなった。これ以上、この計略で犠牲者をだす訳にはいかない。しかも、自分の目の前で惨劇が行なわれるなどと言う事は、絶対に許して置く訳にはいかなかった。
 隊長は、目で燕の方に合図を送った。燕は、心得たとばかりに軽く頷くと、黒い烏天狗にむかって声を掛けた。それは、いやに凄みのある重々しい声であった。
「待ちな。御若いの。」
 黒い烏天狗は、何事かと燕の方を振り向いた。燕は、眼光鋭く、烏天狗を睨みつけながら言った。
「この暗黒星の左平次は『盗みはするが非道はせず』を信条に、八十年、この宇宙で生きてきたんだ。その儂の目の前で、無抵抗の野郎どもをぶち殺すなんざ許す事は出来ねえ。もし、おまえ達が、そんな事をするって言うのなら、儂達は、おまえさん達に付いていく事は出来ないな。」
 その言葉を聞いて、黒い烏天狗は、一瞬、逆上しそうになった。しかし、烏天狗は、自分の感情をどうにか押さえつけると言った。その声は、半ば、怒りに震えていた。 「親分さんがそう言うのなら、仕方ありません。野郎共、とっとと引き上げるぞ。早くせい。」
 その様子を見て、隊長と燕は、にこっと笑って目を合わせた。
「さあて、天狗さん達の住みかとやらに、案内してもらおうかのう。」
 燕が、さも愉快そうに笑いながら、大声で言った。

---<以下、連載第六回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


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