神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻


四.不敵な挑戦状

 城戸首相は、神風隊長達に、席を勧めると、早速、今までの事件の事を詳しく説明した。
 隊長は、その話しを聞いて、大いに驚いた。
「ルウズベルトの財宝ですか。それは、又、大変なものが現われましたね。」
「そうだ。そして、その正体を隠しているという拳銃『黄金の星』は、巡視艇と一緒に行方不明となってしまったと言う訳だ。おそらく、何者かに襲撃されたと見て、間違いは無いだろう。」
「宇宙天狗党とか言う、天空賊の仕業でしょうか。」
 隊長の問いに、高倉局長が答えた。
「うむ。九分九厘はそうだろうね。なにせ、奴等は、土星で一度、奪い損ねているからね。」
「あの、ちょいとお聞きしたいんですがね。」
 燕が口を挟んだ。
「一体、その拳銃に隠されている、ルウズベルトの財宝ってのは、一体ぇなんなんです。何か、見当ぐらいは付いているんでしょう。」
 高倉局長は、苦り切った様な表情で、首を横に振った。
「それが全く判らん。もっとも天狗党の奴等なら知っておろうが。」
「そう、金銀財宝とも、秘密兵器とも言われておるな。」
 佐衛門博士が言った。
「へぇ。なら、金銀財宝でしょう。四百年も昔の秘密兵器なんてもんを、いくら天空賊だって、欲しがりゃしませんぜ。今の科学兵器から見りゃ、あの頃の武器なんて、玩具みてぇなもんですからね。」
「いやいや、燕。そうとばかりは言えんぞ。今の科学技術の基礎理論は、あの頃に殆ど発表されていたんだ。何か、とてつもない事を考えだした奴がいたって、不思議ではない。」
 隊長が言った。
「例えば、亜米利加が密かに開発していたものに、ラヂュウム火薬と言うものがあったんだ。こいつは、今のラヂュウム燃料に類似したもので、原子の力を使用する点では、殆ど同じ物だ。亜米利加は、そいつを裝薬に使った巨大な大砲を試作したんだ。テキサス砲といって、亜米利加本土から帝都東京を直接砲撃しようとしていたんだよ。」
「ふぇえ。とんでもねぇ物を造ったもんだ。それで、そいつぁどうなったんです。」
「うむ。一発、試射したらしいんだが、砲身自体がラヂュウム火薬の猛烈な爆発力に耐えられずに壊れてしまったと言う事だ。まあ、今更、テキサス砲でもないだろうが、ルウズベルトの財宝が何なのかは、全く予想が付かないと言う事さ。」
「その通りです。」
 城戸首相が頷いて、言った。
「しかし、ルウズベルトの財宝の正体がなんであれ、我々は、それが賊の手に落ちる事だけは、何としても防がねばなりません。」
「ふうむ。まあ、ルウズベルトの財宝の正体探しは、ひとまず置いて置くとして、先ずは、その行方知れずになった巡視艇の足取りを追う事が先決じゃのう。」
 佐衛門博士が、顎髭を撫でながら言った。その意見に、隊長も同意した。 「そうだね、博士。先ずはそこだ。高倉局長。その行方不明の巡視艇が予定していた航路と、消失したと思われる場所を教えて頂けませんか。」
「ああ、いいとも。先ず、巡視艇の航路だが、…。」
 高倉局長が、そこまで言った時、局長のポケットの中で、小型無線器の呼び鈴が鳴った。
「おや、ちょっと失礼。何か、緊急の連絡らしい。」
 高倉局長は、ポケットの中から、煙草の箱程の無線器を取り出すと言った。「こちら、高倉、こちら、高倉。どうぞ….。な、何、何だって!」
 突如、高倉局長が驚きの声を挙げた。局長の顔が、極度の興奮で真っ赤に染まった。
「判った。至急、現場に向かう。そうだ、儂が直々に行く。判ったな。通信、終わり。」
 局長は、みんなの方を向くと、言った。
「行方不明の巡視艇が発見されたそうだ。地球のすぐ近くの宙域に浮いて居るのを、通り掛かりのロケットが見付けたらしい。儂は、すぐに現場へいくよ。」
 局長はさっと立ち上がった。
「局長。ならば一緒に参りましょう。旭光艇ならば、すぐにでも飛び立てます。」
 隊長が続いて立ち上がる。
「おお、そうしてくれるかね。是非、乗せていって呉れ給え。」
「よし。そうと決まれば、すぐに出発だ。みんな、行くぞ。」
「はっ。」
「へい。」
 隊長の号令一下、多力王と燕が弾かれた様に立ち上がり、旭光艇の発進準備の為に、一足速く部屋から駆け出していった。それに続き、隊長、高倉局長、佐衛門博士も出て行く。
 城戸首相は、彼等の後ろ姿を見送りながら、呟いた。
「頼むぞ、桜木男爵。太陽系の一大事は、君達の肩に掛かっているのだ。」

 外は、もう、夜明けに近かった。
 さしもの大嵐も、今はもう止んでおり、東の空は、既に明るくなりかけていた。
 その暁の光を浴び、旭光艇は、太陽系共栄圏政府の緊急離着陸床から、轟々と船底のロケット噴射管を噴かしながら、大空に向けて舞い上がった。
 旭光艇は、神風隊長と佐衛門博士が、その持てる能力の全てをつぎ込んで建造した、神風隊専用の快速宇宙艇だ。その速力は太陽系に並ぶもの無く、その各種の設備は、太陽系宇宙軍のロケット軍艦をも凌いでいる。
 旭光艇はある程度まで水平に浮き上がると、尾部の主ロケット噴射管に点火し、一気に上空めがけて突進した。
「おお、凄いぞ、凄いぞ。」
 初めて旭光艇に乗り、その高性能を目の当たりにした高倉局長が、思わず感嘆の声を挙げた。
 旭光艇は、あっと言う間に厚い雲海を突き抜け、濃い青籃色をした空が広がる成層圏を通り過ぎた。そして、今はもう、周囲には暗黒の空間が広がり出して、下方には、地球がその円い形を現し始めている。
 宇宙の空間へ飛出した旭光艇は、方向転回用の機動噴射管を噴かし、その向きを替えると、巡視艇が発見されたと言う宙域に向かって進んでいった。
「ややっあれだ。」
 暫くして、前方監視用の望遠鏡を覗いていた多力王が叫んだ。
「隊長、あれに相違ありませんぞ。」
 やがて、前方の窓に、幾つかの光の点が見え始めた。
 旭光艇が、近付くに連れて、その点は次第に形をはっきりさせてきた。それは、一隻の小型ロケット艇で、その周りに何隻かの、同型のロケット艇が停止していた。行方不明になった巡視艇と、その調査に来た遊星巡査局の船である。
 一隻の巡視船からは、密閉桟橋が、事故船に繋がっていた。既に、調査が始まっている様だ。
「よし、減速開始。」
「へい、合点でぃ。」
 隊長の指示で、燕が、制動用の前部噴射管に点火した。それに連れて、旭光艇の速度は、みるみると落ちていった。
 旭光艇が近付いて行くと、事前の連絡がしてあったのか、周辺を監視していた巡視艇が、すっと道を開け、旭光艇を、被害にあった巡視艇の側へと誘導していった。
「こりゃ酷ぇ。」
襲われた巡視艇の様子を見た燕が声を挙げた。
 巡視艇の主動力機関のある場所に、力線砲を撃ち込まれた痕の大穴が、ぱっくりと口を開けていた。
 大穴の周りの金属は高熱でグニャグニャになっており、その一帯は真っ黒に煤けている。穴の中には、破壊された管や、電線、機械類がその姿を見せていた。その辺りを動き回って調査しているのは、気密服に命綱を付けた巡査達だ。
「しかし、上手く撃ったものだな。誘爆を起こさぬ様に、しかも、一発で動力伝達の回路を断ち切っている。これでは、無線も、武器も使えぬ訳だ。」
 隊長が感心した様に言った。
「ふむ。しかし、余程、近付いてじっくりと狙わねば、こう上手くはいくまいて。」
 そう佐衛門博士が言うと、多力王が首をひねった。
「しかし、博士。そうすると巡視艇は、賊がそんなに近付いてくるまで、気が付かなかったと言う事になりますぞ。」
「そうだ。それはおかしい。」
 高倉局長が怪訝そうに言った。
「乗り組んでいたのは巡査局の中でも腕利きの巡査達ばかりだったんだ。彼等ともあろうものが、そんなに近くに賊がいるのに、気が付かぬ訳が無い。」
「しかし、それは起こったのです。どんな手を使ったか、分かりはしませんが。」
 隊長が言った。
 旭光艇は、事故船と、密閉桟橋で繋がっている巡視船に接舷した。旭光艇の気密扉と、巡視艇の気密扉の間に、これも密閉桟橋が接続された。一同は、密閉桟橋の合成強化布製の隧道を通って、気密扉から気密扉に渡り、同様に、巡視艇の艇長でもある巡査長の案内で、事故船の内部へと入っていった。
 巡視艇の中は、調査が進められており、死体等は、もう他の船へと回収されている様だった。中には、臨時の電線が引かれ、人造重力発生機も作動していた。
「乗組員は、全員、殺されておりました。得物は刀の様な刃物です。」
 巡査長は、現場を案内しながら言った。
 この時代、宇宙船の内部の争いに刀が使われる事は、そう珍しい事ではない。四方を真空の宇宙に囲まれた宇宙船の中では、下手に力線ピストル等を使うのは自殺行為なのだ。ちょっとのはずみで大事故につながり、自らの命も危うくしてしまう可能性が高い。『板子一枚、四方は地獄』。宇宙船乗り達は、こう言いならわしていた。
「巡査達は、皆、武装して居りました。しかし、余り抵抗した形跡が見当たりません。皆、不意打ちを喰ったかの様でした。」
「不意打ちだって?!一体、この狭ぇロケットの中で、どうやって不意打ちなんぞ出来るってんだい。大体、賊だって密閉桟橋でも伝って、気密扉から入ってきたんだろうが。」
 燕が驚いて言った。
「ううむ。手口は判らぬが不意打ちとはけしからぬ。男子たる者、正々堂々と戦うべきだ。」
 多力王が、光電管の目を光らせ、辺りを見回しながら唸った。
 一同は主船室へと案内された。そこへ入った途端、一同は、揃って驚きの声を挙げ、視線を正面の金属壁に釘付けにした。
 その壁には、荒々しく、赤い、字の様なものが書いてあった。そして、よくよく見れば、その字の様なものは、真っ赤な鮮血で書かれていたのだ。
「烏呼、なんと残忍な。賊は、巡査達の生き血でこれを書いたのか。」
 隊長が怒りに顔を歪め、吐き捨てる様に言った。
「これは、古い英語の綴りじゃな。」
 強張った顔で壁を見つめていた、佐衛門博士が言った。
「英語だって?」
 驚くみんなを尻目に、佐衛門博士は、その奇怪な血文字を読み続けた。そして、ごくりと唾を飲み込むと言った。
「ここには、こう書いてある。『我こそは、ルウズベルトが怨霊也。我、太陽系に祟りを為さん。』とな。」
 一同は、その言葉を聞き、思わず、背筋に寒気が走るのを感じた。
「ル、ルウズベルトの怨霊だって!?ま、まさか。」
 怯えた様な巡査長の叫びに、高倉局長が間髪を入れずに言った。
「馬鹿な事を言うな。この宇宙飛行の御代に、怨霊などと言うものがいるものか。大体、力線砲を使う怨霊なぞ、聞いた事も無いわい。」
「その通り。」
 隊長の力強い声が響く。
「これが怨霊の仕業などであるものか。これは、我々、太陽系共栄圏の人民に対しての、不敵な挑戦状だ。こんな事をしでかす輩は、絶対に許してはおけぬ。例え、相手が本物の怨霊だったとしても、僕が、必ずひっ捕らえてくれるぞ。」
 隊長は、強く握り締めた拳を、怒りに震わせ、自分自身に言い聞かせる様に、誓った。
「巡査長殿。」
 と、傍らから、こちらを呼ぶ声がした。見れば、一人の巡査が、戸口に立っていた。
「警部殿。ヨンストン氏と黒金氏を御連れしました。」
「うむ。こちらへ御連れしてくれ。」
 巡査長は、巡査にそう言うと、一同の方を振返った。
「この巡視艇の、第一発見者です。」
 巡査に促されて、入ってきたのは、一人の小柄な頭の禿げかかった西洋人と、がっちりとした体つきの背広姿の日本人であった。
 西洋人は、年の頃は、四十を越えた位で、何かおどおどしていた。背広を着た男の方は、三十半ばぐらいで、これは、全く堂々としていた。西洋人は、ヨンストンと言って、金星にかなりの財を持つ、ヨンストン商会の主人であり、背広の男は、黒金支配人と言う、ヨンストン商会の番頭であった。ヨンストン氏達は、商用の為、自家用ロケットで地球から金星へ帰る途中、この巡視艇を発見したらしい。
「烏呼、なんと恐ろしい事だ。巡査さん。私を早く、帰して下さい。私は只の商人です。もう、お話しする事もないでしょうに。」
 ヨンストン氏が、がたがたと身を震わせながら言った。
「ヨンストン氏の身元は、確認出来ているのか。」
 高倉局長が、巡査長に聞いた。
「はっ。氏は、金星では、一、二を争う名士であります。貧しい人々に施しをしたりして、仏のヨンストンと呼ばれる程の人物です。」
「ほう。」
 高倉局長は、一言そう漏らすと、がたがた震えている西洋人を見た。その前に、黒金支配人がしゃしゃり出た。
「これは、これは、高倉遊星巡査局長。御初にお目に掛かります。我々は、ヨンストン商会のお得意様との懇談会に出席する為に地球にやって来たたのです。我々の事は調べて頂ければすぐにでも判ります。」
「巡査長、その裏付けは。」
 巡査長は、横目で黒金支配人をちらりと見ると、言った。
「はっ。確かに、ヨンストン氏と黒金氏は懇談会に出席していたと言う報告が来ております。他にも特におかしな処は無い様です。」
 黒金支配人はその言葉を聞くと、勝ち誇った様に言った。
「ほら、私達にはなんのやましい所もありません。高倉局長、巡査の皆さん。貴方がたは、善良な市民を拘束しておるよりも、もっと、他になさる事があるのじゃありませんか。それに。」
 黒金支配人は、今度は神風隊長達の方を向くと、言葉を続けた。 「そこに居られる方々は、一体、何者なのですかな。どう見ても巡査局の方々には見えませんが。」
「彼等は、月に住んでいる、桜木男爵とその一党、巷では神風隊と呼ばれている方々だ。今回は特に捜査に加わって貰っているのだ。」
「ほほう。彼等があの神風隊ですか。」
 黒金支配人はしげしげと隊長達を見つめた。
「随分とお若いのですなあ、隊長殿は。この様な大事件を捜査する事が、本当にお出来になるのですかな?どうも私には、神風隊の活躍というのは、噂ばかりで信じられぬのですがね。まあ、手伝いがなければ、事件も解決できぬと言う、巡査局も巡査局ですがねぇ。」
 高倉局長は、少しムッとした様な表情になった。
「捜査の事で、君にとやかく言われる事は無い。彼等は政府の依頼で来ておるのだ。」
 黒金支配人は、フンと鼻で笑うと言った。
「ああ、これは失敬。ちよっと正直な処を言っただけでしてね。いや、何しろ適当な捜査で、私や御主人様が疑われたのじゃかないませんからなあ。」
「我々はいい加減な捜査なぞせん!大体、君は…。」
 高倉局長は顔を真っ赤にしたが、黒金支配人は、まるで意に介さない様に、今度は、隊長達に向き直った。
「貴方方も頼みましたよ。貴方方の様な素人の捜査というのが、一番危ないのでね。」
「やいやいやい。さっきから聞いてりゃあ、いい気で喰っちゃべりやがって。」
 突然、燕が大声を挙げた。どうやら彼は、この黒金支配人の喋り方が、お気に召さない様である。
「こちとらあ、城戸首相の直々の御声掛かりでやって来たんでい。たかだか金星の商人風情に、どうこう言われる筋合いはなんにもねえやい。」
「燕!やめないか。」
 隊長が一喝した。黒金支配人は、そんな事は気にも止めない様なそぶりで言った。
「ふん。神風隊、神風隊と言っても、その辺りのごろつきと、たいして変わりは無い様だな。所詮は、無頼漢の集まりか。」
「何だと!」
 今度は、多力王が、胴間声を張り上げた。
「そのゴム人形をどう言おうと構いはしないが、隊長や佐衛門博士まで馬鹿にするのは許せんぞ。」
「多力王、止めるのだ。」
 隊長の声が飛ぶ。
「ふん。荒っぽい言葉で善良な市民を脅すとは、正義の神風隊が聞いて呆れるね。城戸首相も、とんだ見当違いをしたものだ。」
「な、何ぃ!」
 燕と多力王は、今度は同時に叫ぼうとしたが、隊長の一睨みに、二人とも、機先を挫かれて黙ってしまった。
 辺りに、険悪な空気が流れ、暫しの沈黙が流れた。
 と、。それまで、仲間達の喧噪など何処ふく風とばかりに、じっと立っていた佐衛門博士が、隊長の方を向くと、ぽつりと言った。
「若。どうも、鼠が居る様ですのう。」
 その言葉に、一同は、皆、佐衛門博士の方を見た。
「鼠だって?博士、一体ぇ、何を言ってんです。」
 ところが、声を掛けられた隊長が、二、三度、辺りを見回すと、これも、ぽつりと言った。
「成程。確かに、随分と大きいどぶ鼠が一匹、居る様だね。」
 途端に黒金支配人が大きな笑い声を立てた。
「ワッハハハハハ。鼠だと。この宇宙船の中にかね。どうやら、本当に神風隊と言うのは、おかしな人間の集まりの様だ。ワハハハハっ。」
 その途端、隊長の腕がさっと動いたかと思うと、鋭い光が一閃した。隊長が目にも止まらぬ早業で、愛刀、備前長船を抜き放ったのだ。
 この時、隊長が何をしたのか判ったのは、隊長自身と佐衛門博士だけであった。他の人々は、隊長の刀が抜かれた事さえ、判りはしなかったのだ。それほど、隊長の居合いは凄まじいものであった。
 そして、パチンと言う音と共に、備前長船が、元の鞘に収まったと同時に、部屋の天井から、「ぐうえっ。」と言う、なんともつかない悲鳴が聞こえ、何かがドサリと床に落ちる音がした。
 隊長は、素早く、その何かが落ちた辺りに腰をかがめると、手探りを始めた。 しかし、そこには何も見えはしなかった。それでも隊長は、懸命に、何も無い筈の空間を探っているのだ。
 周りでは、一同が、あっけに取られてその様子を見つめていたが、中で、佐衛門博士一人のみが、不可思議な笑みを浮かべていた。
「いっ、一体ぇ、何が起こったんです。おい、多力王、何か見えたか。」
 燕の問いに、多力王は、大きな頭を振って答えた。
「いいや、何も見えはせなんだ。隊長は何をしておるのだろう。某には、何も見えないのだが。」
「はははははっ。流石の神風隊長も、とうとう気が違ってしまった様だ。」
 黒金支配人が空笑いを挙げた。だが、その顔は、こころなしか引きつっていた。隊長は、そんな事は、御構い無しに、手探りの作業を続けた。
「よし、これだ。」
 隊長が小さく呟くと、どこかでカチリと言う音がした。
「ふう。やっと終わった。」
 隊長は、一息つくと、立ち上がった。そして、一同の方を振返ると、にこりと笑って言った。
「さあ、これから、面白い物が現われるぞ。皆、良く見ていてくれ給え。」
 隊長が、今まで作業していた床に、一同が目を落とした瞬間、一同は、そこに俄かには、信じられぬ様な光景を見て、絶句してしまった。
 何も無かった筈の床に、一人の人間が横たわっているではないか。しかも、それは、身に白い奇妙な装束をまとい、緑色の烏天狗の面を付けた男の姿だったのだ。
「う、宇宙天狗党!」
 高倉局長が、やっと言葉を発した。
「こりゃ、一体。」
 隊長は、横たわる天狗党の男を見下ろしながら言った。
「この男は、ずっと、僕達の様子を、天井で見張っていたのですよ。ほら、御覧なさい。この手袋には、蛸の様な吸い付き用の吸盤が付いている。これで、天井に張り付いていたという訳です。」
「し、しかし、こんな奴が潜んでいたなんて、我々は、船内は隈なく捜索したのですぞ。無論、この部屋だって。大体、天井には、さっきまで何の異変もなかったじゃあないですか。」
 正気を取り戻した巡査長が言った。彼としては、責任問題であるから必死だ。 隊長は、巡査長をなだめる様に、微笑みながら言った。
「いや、貴方達の責任ではありますまい。普通では、まず判らなかったでしょう。なにしろ、奴は姿を全く見えなくしていたのですから。」
「すると、この賊は、自分の体を透明化していたと言うのかね。」
「全くその通りです。ほら、腰の所に、何か箱の様な機械を付けているでしょう。どうやら、これが透明化装置らしいのです。恐らく、何か特殊な力線で、光を屈折させる場を造り挙げるのでしょう。物が見えると言うのは、物が光を反射しているからだからね。その光が、自分に届かなくしてしまえば、外からは、何も見る事は出来ないと言う事です。まあ、天狗の隠れ蓑といった所でしょう。」
「ですが、隊長。そんな事をすれば自分からも、外の様子が見れないのではありませぬか。何しろ、光が届かないのだから。」
 多力王の問いに、隊長は答えた。
「うむ。この天狗の面に仕掛けがあるのだろう。極く短い波長の音波を発射して、それが、跳ね返って来る様子で、周りの障害物を探知する。蝙蝠などが、暗闇で飛行出来るのと一緒の原理ではないかな。」
「なある程、そうか。姿が見えねぇんだったら、不意打ちだって、何だって自由自在ってぇ訳だ。これで、一つ、謎が解けた。」
 燕が、如何にも満足したかの様に頷いた。
「桜木男爵。」
 高倉局長が、声を掛けた。
「君は、この天狗党員を殺してしまったのかね。」
 隊長は、首を横に振って答えた。
「いえ、峰打ちです。気を失っているだけで死んではおりません。何と言っても、大事な虜ですからね…。燕。」
 不意に呼ばれた燕は、隊長の方へ顔を向けたが、すぐにその言いたい事が判ったらしく、天狗党員の側にいくと、その上体を抱き起こし、懐から土星麻の縄を取り出して、天狗党員を後手に縛り上げ、側の椅子へと座らせた。
 隊長は、天狗党員の前へといくと、先ず、その天狗の面をはずした。面の下から出てきたのは、如何にも凶悪そうな、赤い肌をした火星人の男であった。 「ううむ。何処かのゴロツキと言ったところだな。」
 高倉局長が言った。
 隊長は男の首筋に手をやると、えいっとばかりに、気合いを入れた。すると、男の体がぶるっと震えて、やがて、男は両の目を開いた。
 男は、最初、一体、自分がどうなっているのか判らぬ様に呆っとしていたが、突然、顔を強張らせると、その目に、恐怖の色を浮かべた。
 その表情の急激な変化を見てとった隊長はハッと何かに気が付いた。
「危ない!」
 隊長はそう叫ぶと、右の手で、男の顎をがっちりと押さえ、男の口を無理やり開けさせ、男がそのまま口を締められぬ様に固定した。
「催眠術だ。こいつは、面を取られたと同時に、舌を噛み切って自害する様に、催眠術で暗示を掛けられているのだ。」
 なんと言う恐ろしい賊であろうか。彼等は、自分の正体がばれそうになったのなら、有無も言わずに、自分の命を立たなければ成らない様に仕向けられているのだ。
「何だって。ではどうやってこの賊を尋問すればいいのだ。」
 高倉局長の問いに、燕が、にやりと笑って答えた。 「なあに、局長さん。心配する事ぁねえ。目には目を、催眠術には、催眠術よ。」
「うむ。佐衛門博士の術にかかれば、そんじょそこらの術なぞ、児戯にも等しいからな。」
 多力王が続けた。
「ほほ。それほどの事もないがの。では、ちよっとやってみようかの。」
 佐衛門博士は、恐怖に戦く男に、自らの顔をぐっと近づけると言った。
「さあ、お若いの。なあにそんなに怖がらなくてもよい。ちょいと、儂の目を見てくれぬかの。」
 佐衛門博士は、暫く、男と見つめ合っていたが、突然、この老人のものとは思えぬ声で、一喝した。
「きええい!」
 その声に、周りの人々は、思わず、ぶるりと身震いした。ヨンストン氏などは、腰を抜かしそうになった程である。すると、男の顔から、すっと恐怖の表情が消え、なんとも安らかな顔つきになった。
 隊長は、それを見てとると、男の顎に置いた手を外した。
「さて、これで賊の掛けた術は解けた筈じゃ。今なら、この男は、儂等の質問に、何でも答えてくれるじゃろう。」
「ほ、本当に、この男が何でも喋るのかね。」
 今まで、事の成り行きを見守っていた黒金支配人が、唾を飲み込んで聞いた。どうやら、神風隊の秘技の数々を目の辺りにして、驚愕したらしい。ヨンストン氏は、余りの驚きの連続に顔面を蒼白にしている。
「おうおう、佐衛門博士の術は、正真正銘、現金掛け値無しでぇ。こんなのは、まだ序の口よ。本当の神風隊の底力あ見たら、てめぇなんざ、座り小便洩らして、馬鹿になっちまうぞ。」
 燕が、驚愕している黒金支配人の様子を見て、いままでの鬱憤を一気に晴らすかの様に言い立てた。多力王も、無言でその言葉に頷いた。
「やめないか、燕。黒金さん、申し訳のない。決して悪い奴では無いのですが。」
 隊長が謝罪しても、黒金支配人は、心、ここに非ずと言う感じで頷くばかりであった。
 隊長は、踵を返すと、男の前にしゃがみ込み、男に向かって話しかけた。
「さて、君。君は、一体、何の為にここに潜んでいたんだね。」
 男は、抑揚のない、寝言を言う様な感じで隊長の問いに答えた。その顔は、桃源郷に遊んでいるかの様に楽しげであった。
「俺は、大天魔太郎坊様の御命令で、この船を襲ったあと、ここに残る様に言われたんでさあ。」
「大天魔太郎坊?」
 隊長の声に、高倉局長が答えた。
「宇宙天狗党の首領の名前だよ。」
 男は、夢見心地のまま、喋った。
「ここを調べに来た奴等に付いて回って、奴等が『白い大鷲』と言うピストルの事をなにか知っているか、もし知っていればその在りかを探って、報告せよと言われたんです。」
「おお、と、言う事は、天狗党の奴等は、未だ、二丁のピストルを揃えては居らぬのだな。こいつは、不幸中の幸いだ。それで、君は、その『白い大鷲』の事で他に何か、聞いてはいないか。」
「へい。何でも、元天空賊の親分、暗黒星の左平次が、その『白い大鷲』と言うピストルを持っているらしいです。」
「暗黒星の左平次だって!」
 高倉局長が驚きの声を挙げた。 「暗黒星の左平次と言えば、太陽系中を暴れ回った、天空賊の伝説的な大親分だ。儂も若い頃、何度かやり合った事があるが、奴には、いつでも、あと一歩の所で、背負い投げを喰わされたものだ。そうか、奴が、まだ、生きているのか。」
 高倉局長は、巡査長の方へと振返り、大声で指令した。
「本局に至急連絡して、全太陽系の巡査局に通達をださせろ。暗黒星の左平次を全力を挙げて、捜査せよ。とな。愚図々々するな、すぐに行け。」
 局長の剣幕に、巡査長は弾け飛ぶ様に、部屋から出ていった。
 その間にも、隊長は、男に対して、質問を続けた。
「君は、その大天魔太郎坊と言う、首領の事を何か知っているかね。」
「いいや、直接は会った事がない。俺は、天狗党の隠し砦にいたんだ。元は、その近辺を荒らしていた天空賊のはしくれよ。太郎坊様は、いつも、画像通信機で、俺達に命令を下すんだ。」
「その隠し砦と言うのは、何処にあるのだ。」
「そ、それは…ぎゃっ!」
 男は、話の途中で、突如、悲鳴を挙げた。見れば、みるみると男の顔がどす黒く変色していくではないか。
「ぐががあ。」
 男は、訳の判らぬ呻き声を挙げ、口から泡を吹き出した。
 隊長は、はっとして、男の服の胸元を、破り裂いた。すると、そこには、小さな緑色をした蜘蛛が、一匹、這い回っていた。隊長は、それを素早く手で払いのけると、足でその蜘蛛を踏みつぶした。
「木星の虫使いが暗殺に使うと言う、毒蜘蛛じゃ。自分達の秘密がばれるのを恐れて、何物かが放ったのじゃ。」
 佐衛門博士が叫ぶ。
「おい、しっかりしろ。」
 隊長は、ぐったりとした男の体を揺さぶったが、男は既に、事切れていた。
「烏呼、何と言う事だ。この船の中に、まだ、敵の一味が紛れ込んでいたとは。」
 隊長が、天井を見つめ、悔恨の情を込めて言った。
「何とも、残念でしたな。これで手掛かりは、全く無しという所ですな。」
 黒金支配人が、隊長の姿を見て、肩を竦めると言った。
「さて、私と、御主人様は帰らせて頂きますよ。慣れない事件の連続で、全く疲れてしまいましたよ。ささっ、御主人様、まいりましょう。」
 黒金支配人は、そう言うと、がたがた震えるヨンストン氏を促して、部屋の外へと出ていった。
「隊長…。」
 立ち尽くす隊長に、多力王が心配そうに声を掛けた。
「全く何てこった。あの糞支配人にしろ、この一件にしろ。この天下の神風隊の前で、人、一人があっさりと殺されるなんて。」
 燕が、その側で、地団駄を踏みながら言った。
「燕、悔しがるのは、まだ早い。この借りは、必ず賊にに返してもらうさ。我々は、決して負けてはならないのだ。」
 隊長は、眼に決意の炎を燃やし、決然と言った。

---<以下、連載第五回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


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