神風隊長

宇宙天狗党の驚異

江戸門 晴美 著

昭和一七年 帝国科学振興舎 発行
平成四年八月十五日 南 要復刻

連載第二回


二.黄金銃の秘密

 夕方から降りだした雨は、夜が更けてから、一段とその勢いを増していた。 帝都上空は渦巻く黒雲にスッポリと覆われ、その合間に稲妻が次々と閃き、雷鳴が轟いていた。風は、聳えたつ摩天楼の間を、狂った様に、恐ろしい唸り声を上げながら逆巻いていた。 「春の嵐か。……」
 壁一杯に開いた、大きな堅牢硝子の展望窓から、外を吹き荒れる嵐の様を見て、城戸三郎、太陽系共栄圏政府首相は呟いた。
「これでは、折角咲いた上野の山の桜も、残らず散ってしまうだろうな。」
 ここは、帝都東京の丸ノ内にある摩天楼街。太陽系共栄圏の中枢を担う、諸機関が集まっている所だ。その建物の中でも、群を抜いて偉容を誇っているのが、太陽系共栄圏政府の白亜の殿堂である。城戸首相は、その建物の最上階にある首相執務室に居た。
 城戸首相は歴代の首相の中でもかなり若手の方である。しかし、その顔は、首相の激務と立場の重圧の為か、実際の年齢よりもかなり年をとっているかの様に見えた。既に髪は全てが白くなり、顔の皺もかなり深い。さもあろう、彼の言動一つに依って、太陽系九つの遊星と、その住人である数百億の民の運命が左右されるのだ。その責任と重さは他に比べるものとて無い。が、それでも彼の目は、いつも若者の様に輝いていた。彼は、太陽系共栄圏首相としての責任に良く耐え、その仕事をこなしてきた。その経験が、彼をいつでも自信に溢れ、溌剌とした、何事にも挫けぬ偉大な為政者としているのだった。
 だが、今日の彼の表情は、暗く、重かった。
「それで、高倉君。その天狗面の賊の正体は判っておるのかね?」
 城戸首相は、窓の方から振り向くと、執務机越しに、傍らに立っている遊星巡査局の高倉忠文局長に言った。
 高倉局長は、どちらかと言うと小柄だが、がっちりとした体形をしている。年は五十ぐらいで、立派な口髭を生やしており、それが彼の自慢であった。局長は、緊張した様子で一礼すると答えた。
「はっ。宇宙天狗党と名乗る、新手の天空賊かと思われます。奴等は、世直し等と称し、宇宙船や、諸遊星の商家等を襲い、又、同業の天空賊共を襲っては、それを配下に置いて、次々とその勢力を伸ばしておるようです。」
 城戸首相は、局長の言葉に、軽く頷くと、言った。
「して、何か、手掛かりは掴んでおるのかね。」
 首相の問いに、高倉局長は、苦々しげに首を振った。
「いえ。なんとも不可思議な術を使う奴等で、天狗の面を付けているという以外は、全く何の手掛かりもありません。殺されたジョン老人の牧場では、一家皆殺しにあっておりまして、一人の生存者もおりません。部屋も荒らされておったのですが、そんな状況なので、何か盗られた物があるのかどうかも、全く判っておりません。」
 城戸首相は、ふっとため息を一つつくと、執務机を回って、部屋の中程にある小型の丸机の所へと歩み寄った。そして、首相は、その机の上に置いてある、黄金に輝く拳銃を見つめた。それは、あの夜、土星の巡査局にジョン老人が持ち込んだ、あの黄金造りの拳銃であった。
 但し、これは本物では無い。土星の巡査局から電送されてきた、立体写真によって浮び上がっている映像なのだ。だから、その拳銃の像は、こころなしか輪郭がぼやけていた。「ルウズベルトの財宝か。なんとも、大変な物が現われた物だな。」
 城戸首相は、誰に言い聞かせるでも無く呟いた。
 ルウズベルトの財宝。ルウズベルトの財宝とは、一体、何の事なのであろうか。それは、太陽系内に誠しやかに伝えられている伝説の一つなのである。
 ルウズベルトとは、第三十二代亜米利加大統領、フランクリン・ルウズベルトの事である。そう、昭和の中期に、我が大日本帝国が、亜米利加、英吉利と、太平洋にてくり広げた激戦、大東亜戦争の時の亜米利加国の大統領の名だ。
 大東亜戦争はかなり長期に渡り、米、英は、その国力と、卑怯な戦術で頑強な抵抗を示した。しかし、如何に物量を誇ろうとも、正義の名の元に戦う我が勇敢なる帝国陸海軍にかなうはずは無く、次第に劣勢となっていった。そして、戦い半ばにして、英国が、我が盟友独逸に滅ぼされてしまってからは、もう、米国の戦線は総崩れになってしまった。
 やがて、ハワイが陥落し、そこから、大部隊が米本土へ侵攻、桑港他の米国西海岸を制圧。そして、首都ワシントンへと大進撃を開始した。まさに破竹の勢いであった。大和魂の前に敵は無い。我が正義の軍隊は、すぐに亜米利加の首府ワシントンへと迫った。そこまで来れば、如何にルウズベルトと雖も、もう米国に勝ち目の無い事は見えた。
 そこで、彼は、来るべき未来、亜米利加合衆国が、再び、世界に雄飛する事に希望を託し、彼の秘密の宝を、我が帝国の手に落ちぬように、何処かへと隠した。そうして彼は、その隠し場所を、白金造りの『白い大鷲』、黄金造りの『黄金の星』と言う二丁の名拳銃に封じ込めた後、自らの命を、米国の大統領官邸、ホワイトハウスにて絶ったのだ。
 以来、今日まで、この財宝の噂は、太陽系のいたる所で囁かれて来た。その財宝そのものについても、金銀だ、否、ダイアモンドだ、秘密兵器だと諸説紛々であった。そして、隠し場所も、ある者はテキサスの大平原にあると言い、ある者はアラスカの氷山の中だと言い張った。実際に発見しようと、世界中を巡り、財産を使い果たしてしまった者も数は知れない。又、発見したと言う者も幾人かいたが、それらはみんな、本物では無かった。勿論、秘密を隠した二丁の拳銃にしても、噂だけで、実物を見たという者は居なかった
 ところが、その拳銃らしき代物が、事もあろうに、今、土星にて、「ルウズベルトの財宝」と言う言葉と共に出現したのである。しかも、怪奇な宇宙天狗党なる賊を伴って。
 土星の巡査局から報告を受けた地球では、調査の上、直ちにその黄金の拳銃を、地球に輸送する様に命じた。例え偽物だとしても、騒動を巻き起こすには充分すぎる代物なのだ。いや、もし、これが本物だとすれば、大変な事態が起きる事であろう。
 政府は、宇宙天狗党の件もあったので、事を一切秘密裏に運んだ。土星からの輸送には、屈強な巡査達を乗せた快速の巡査艇が使用された。快速艇は、密かに土星を飛び立ち、順調に飛行を続け、明朝には、ここ、東京へと到着する筈であった。
 ところが、ところがである。その巡査艇が、何の前触れも無く、今朝方、突如、消息を絶ってしまったのである。それから今まで、巡査艇の行方は、ようとして知れないのであった。
「しかし、これは本物なのだろうか。」
 じっと拳銃の立体画像を見ながら、城戸首相が言った。
「はっ。帝大の研究室の専門家に依れば、確実な所は、実物を見ねばなんとも言えないそうですが、先ず、その頃に作られた物に間違いはないそうです。それと、これは、先程、報告が有ったのですが。」
 高倉局長は、ポケットの中から一枚の紙片を取り出すと言った。
「殺されたジョン老人は、三代前から土星に入植して、牧場を開いていたそうなのですが、彼の本当の名前は、ジョン・ルウズベルトと言います。」
「ルウズベルト!と言うと、まさか。」  驚く首相に答えて、高倉局長は、強く頷いて言った。
「そう、フランクリン・ルウズベルトの直系の子孫にあたる人物です。」
 二人の間に、暫しの沈黙が流れた。ややあって、その重苦しい空気を破る様に城戸首相が言った。
「高倉君。事態は重大だ。こうとなったからには、私は、彼等の力を借りようと思う。
「彼等、と、申しますと。」
 城戸首相は、一息、間を置いて答えた。
「月に居る、桜木男爵とその一党だよ。今や、この怪事件に立ち向かえるのは、彼等しかおるまい。」
 その言葉に、高倉局長は驚きの声を挙げた。
「おお、神風隊長の出動を要請するのですか。」
「神風隊長?」
 首相は、聞き慣れぬ言葉を聞いて、高倉局長に聞き返した。高倉局長は、ピンと張った口髭を撫でると、答えた。
「桜木男爵の事ですよ。彼等の太陽系を救った数々の活躍に、巷の人々は、彼等の事を、昔、国難の時に吹いたという神風になぞらえて、神風隊長と呼んでいるのです。」
 それを聞いて、城戸首相は、感慨深げに言った。
「神風隊長か……。よし、直ちに、北極州の信号照明灯を点灯させよう。今、一度、神風が吹く事を願おうではないか。」

 既に、城戸首相が北極州の信号照明灯の点灯を命じてから、五時間が過ぎようとしていた。執務室の電気時計の針は、とうに真夜中を回っており、外の嵐は一段とその激しさを増していた。
 強風は、堅牢硝子の窓を揺さぶり、雨は容赦無く叩きつけ、稲妻はますますその光りの刃をひらめかせ、雷鳴は止まる事を知らなかった。
 城戸首相は、ここ、一時間程、展望窓から荒れ狂う空を見上げ、微動だにしていなかった。
「彼等は遅いですな。」
 その後ろで、高倉局長が、椅子に座り、もう十数本目になる紙煙草を灰皿で揉み消しながら言った。だが、首相は一言も答えなかった。
「きっと、この大嵐で、操縦に手間取っているのでしょう。先程、聞いたところでは、羽田宇宙港でもロケットの発着を見合わせているそうですから。」
 高倉局長は、そう言いながら、椅子から立ち上がると、窓の側へと歩み寄った。
「本当に何という晩だろう。ルウズベルトの財宝に、宇宙天狗党、おまけに大嵐ときたものだ。」
 と、突然、城戸首相の表情が、さっと明るくなった。そして、窓の外の虚空を指差すと、言った。
「おお、彼等がやってきたぞ。」
 その声に、高倉局長も首相の指差した方向に目をやった。すると、確かに、渦巻く黒雲の間を、稲光に照らされながら、一機のロケット艇が飛行して来るのが見えた。
 そのロケット艇は、激しい風雨に晒されながら、微塵も揺らぐ事無く、まるで、嵐を切り裂くかの様に、ぐんぐんとこちらに向かって進んで来るのだ。今では、もう、その形がはっきりと見てとれる。それは、涙の粒を細く引き延ばした様な、独特な型をした快速ロケット艇であった。
「確かに旭光艇だ。神風隊長の専用宇宙艇だぞ。」
 うれしそうに叫ぶ高倉局長と、じっと見守る城戸首相の目の前を過ぎて、そのロケット艇は、建物の上を飛び越していった。この建物の裏手にある、専用離着陸床に向かったのだ。暫くして、かすかにロケット噴射の音が響いてきた。彼等のロケットが着陸しているのだ。
「さあ、彼等がやってきますぞ。」
 高倉局長は、元の自分の椅子に戻り、城戸首相も執務机へと座り、桜木男爵の到着を待つ事とした。
 が、それから、少したってから響いてきたのは、意外にも、絹を引き裂くような女性の悲鳴であった。
 この太陽系共栄圏政府の建物は、真夜中であろうとも、どこかしらが動いていた。例え東京が真夜中であっても、太陽系の何処かは昼日中であり、朝であるからだ。その為、政府の中央機関は、終日、休む事無く仕事をしている。そして、その職員の中には、少なからず婦人職員もいるのである。今の悲鳴は、こうした婦人職員の一人が挙げたものらしい。
「きゃあああああ。」
 その声を聞いて、二人は驚いたが、流石に、高倉局長は素早かった。局長は、懐から力線ピストルを引き抜くと、さっと扉から飛出していった。
「首相、首相はここに。おいでください。」
 扉を開けて廊下に飛出した局長は、そこで、異様な光景を見た。
 廊下の脇に、この建物の婦人職員が、腰を抜かした様に座って上を見上げている。そして、彼女の側には、二人の男が立っていた。
 一人は確かに人間の男であった。年の頃なら、二十二、三。身長は六尺程のがっちりとした体格の青年である。カアキ色のロケットの搭乗服に、白いマフラアを首に巻き、革の長靴を履き、右の腰には大型の超電ピストル、左の手には、備前長船と見られる業物を持っている。頭は短く刈られ、肌は、褐色によく日焼けしており、凛々しい眉の下には、涼しげに輝く、少年の様な眼が光っていた。
 しかし、もう一人の男、いや、果たして、男と言って良いのだろうか。なにしろそれは、人間の形はしていたが、人間ではなかったのだ。
 身の丈実に七尺。その全身は、黒光りする金属で出来ている。滑らかな楕円の体から、どっしりとした手足が生えており、円い頭には、二つの光電管の目が光っていた。どうやら、婦人職員は、この鉄人にばったりと鉢合わせしてしまったらしい。
「やあ、大変に申し訳無い事をしてしまった。お嬢さん、怖がらなくてもいいですよ。この多力王は、決して悪い鉄人ではないですから。」
 搭乗服の青年は、はにかんだ様に優しく笑いながら、婦人職員の手を取って、彼女を助け起こした。その側で、今、多力王と呼ばれた鉄人が、毛の無い鉄の頭を、これまた鉄の太い指で、不器用に掻きながら、ペコンと頭を下げて言った。
「いやはや、面目ない。某とした事が、御婦人を驚かせてしまうとは。」
 すると、その鉄人の言葉が終わるか終わらないかのうち、後ろから怒鳴り声が飛んできた。
「この鉄屑製のがらくた人形。こんな事になるから、俺ぁ、てめえとなんぞ一緒に来るのは嫌だってんだよ。大体、てめえなんぞが、人様の目の前を歩くってえのが間違いだってんだ。」
 声と共に姿を現したのは、黒装束に身を包んだ男であった。身長六尺。真っ白い滑らかな肌に、切れ長の鋭い目をして、口元には不敵な笑いを浮かべている。そして、どうもこの男も人間では無い様であった。
 男は姿形は人間そのものであるが、その顔には、髪は、勿論、髭、眉、睫毛に至るまで、一本の毛の類もなかった。いや、毛穴までもが見受けられないのだ。男は、鉄人に向かって、更に言葉を続けた。
「全く、馬鹿力しか能のねえ。てめえなんざ、月の基地で留守番してりゃいいんだよ。のこのこ出てきて、そんな不細工で間抜けな体を晒しやがるから、こんな別嬪さんを脅かす様な事になるんだよ。なあ、お嬢さん、こんな、やかんのお化けがいてさぞかし怖かったろう。」
「や、やかんのお化けだと。何を言うか。このゴム細工の出来損ないめが。」 今度は、鉄人が胴間声を張り挙げた。
「某は、貴様なんぞより、よっぽど人間に近いのだぞ。人間は、見掛けではなく心が大事なのだ。その点、貴様には、人間らしい心がない。」
 そう鉄人に言われて、男の方も、頭に血が昇ったらしく、声を荒げた。
「なんだと、このとんちきが。ドラム缶の分際で人間の心だと、ちゃんちゃらおかしいやい。」
「やめんか。多力王!燕!」
鉄人と男の言い争いに、業を煮やした青年が、一喝した。
「ここを何処だと思っているんだ。我々は、遊びに来たのではないのだぞ。」
 どうやら、鉄人と男は、この青年には頭が上がらないと見えて、忽ち神妙になった。
「ほっほっほっほっ。若の言うとおりじゃ。」
 愉快そうな笑い声が辺りに響き、その声と同時に鉄人と男の後ろから、一人の老人が、スッと姿を現した。
「あっ、佐衛門博士。」
 佐衛門博士と呼ばれた老人は、青年の前へとやってきた。背は五尺程で、少し、腰が曲がっている。樫の木で作った杖を突き、胸までもある白い顎髭を垂らし、白い道士服をさらりと着流している様は、まるで、支那の古い伝説に出てくる仙人の様であった。
 老人は、青年ににっこりと微笑み掛けると言った。
「ほれほれ、城戸首相と高倉局長がお待ち兼ねじゃよ。」
 老人の言葉に、青年達が振り向くと、そこには、高倉長官と、騒ぎを聞いてやってきた城戸首相の姿があった。青年は、顔を少し、赤らめて、照れくさそうに笑った。
「これは、どうも、大変に御見苦しい所を御覧にいれてしまいましたね。」
 その青年の笑顔に、城戸首相と高倉長官も、思わず頬を弛めた。どうやら、この青年の笑顔には、不思議な魅力があるらしい。
 だが、城戸首相の表情は、又、すぐに険しくなった。それとともに、青年の顔も又、真剣な表情へと変わり、青年は、首相と局長にさっと敬礼した。それに習い、鉄人と男も敬礼する。
「桜木日出雄とその一党、首相の呼び出しに応じて、ただ今、到着しました。」
 首相は、この奇妙な四人組を見渡し、おもむろに口を開いた。
「よく来てくれた、桜木男爵。来戸博士。多力王君に燕君。我が太陽系共栄圏政府に、是非とも、貴方方の力を貸して頂きたい。」
「判りました。早速、お話しを伺いましょう。」
 奇妙な四人組は、青年を先頭に、首相と局長と共に、執務室へと入って行った。

---<以下、連載第三回に続く>---


宇宙天狗党の驚異(1991年8月発行)より


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