神風隊長

恐怖の火星鉄仮面

江戸門 晴美 著

昭和一八年一二月三日
帝国科学振興舎 発行
平成二年八月 南 要復刻

連載第一回



 読者諸君。今、我が帝国は、米英撃滅の為に激しい戦いを続けています。諸君もお家や学校できっと御国の為に色々と力を尽くされている事と思います。中には苦しい事もあるかも知れませんが、正義の戦いを完遂する為にはあらゆる艱難辛苦を乗り越えねばなりません。そして、いかなる時にも大きな夢を忘れてはいけません。夢は活力の源であります。古今東西人類史上、その偉業をなしとげた人達は大きな夢を持った人達でした。又、この度の戦争も、亜細亜の同胞を米、英、蘭の鬼畜にも劣る行為より救い、真の平和を確立しようとする我が帝国の大いなる夢を実現すべく始められたものであります。
 この「空想活劇文庫」は諸君の夢を満たし、又、科学する心を触発せんものと企画されました。厳選したる物語はいずれも大きな夢の世界と科学技術に満ちたものです。ぜひ、この物語を読んで、大志有る心を持ち、輝く未来を開く少年となってください。

昭和一八年八月
帝国科学振興舎 社主
  理学博士
    小林 淳太郎


  「神風隊の唄」
”ラバウル航空隊”の節で

一、星のきらめく宇宙の前線   
  広がるしじまの大海に    
  天に代わりて 不義を討つ  
  無敵の勇士 我らの神風隊  

二、燃ゆる流星 渦まく星雲   
  月よ火星よ我らの天地    
  飛べよ旭光 銀河の果てへ  
  進みて止まず 我らの神風隊 

三、轟くロケット 大宇宙火に染め
  正義の雄叫び 世界にに響く 
  守れ僕等の太陽系を     
  御国の誇り 我らの神風隊  

 (注)

原文の旧かな使い、旧漢字は種々の都合上、改めさせて頂きました。又、誤字脱字、現在では不適当な言葉、明らかなミス等は、原文の文意をそこねぬ様に訂正しております。

一、天馬号の怪人

 「ううむ、何と恐ろしい事であろう。」
 本郷邦昭大尉はこの日何度目かのため息をついた。彼は机の上の、たった今書き上げたばかりの報告書にもう一度目を通した。
 「やはり、これは彼らの力を借りる以外に手はないであろう。」
 彼はその報告書を封筒にしまい込むと、部屋の壁にあいた大きな丸型の堅牢硝子の窓から外を覗いた。
 窓の外には漆黒の茫漠たる空間が広がり、赤、黄、青、緑等様々な光を放つ数多くの星々が光り輝いていた。それらの星々は余りにも遠く離れているので全く動かない様に見える。それが本郷大尉の気を更に落ちつかぬものにしていた。
 「嗚呼、もっと速く飛ばぬものか。太陽系の一大事は刻一刻と迫っているというのに。」
 ここは地球−火星間を結ぶ旅客宇宙船「天馬号」の一等客室である。「天馬号」はつい最近就航したばかりの我が太陽系でも最新の快速宇宙船だ。今、「天馬号」は、その大ロケット推進機を轟々と噴かせ、猛烈な速度で宇宙空間を地球へと向かって突き進んでいるのだ。しかし、それでも本郷大尉にはじれったかった。彼の心は只、ひたすらに地球へと急いでいるのだ。

 時は皇紀三〇〇〇年。昭和一八年から三百九十七年後の事である。さて、読者諸君。諸君にはこのおよそ四〇〇年後の未来がどの様な世界か想像する事が出来るだろうか。
 大東亜の戦争に於いて、米、英、蘭を打ち破り、大亜細亜に真の平和と自由をもたらした我が大日本帝国は、その後、幾多の正義の戦いを経て、ついには世界の指導者としての地位に登り、ここに地球人類は全世界共栄の理想の元、我が帝国を中心に初めて一つとなったのである。皇紀二八〇〇年の事であった。
 又、我が帝国は皇紀二六〇〇年代の終り頃より宇宙空間へと進出し、次第に諸遊星と交流を取り結んでいった。そして、我が帝国の地球の指導者としての地位が確固たるものとなっていくと同時に、我々の理想は諸遊星の人々にも強く波及し、我が国は太陽系諸民族の間においても一目置かれる存在となっていった。であるからにして、我が帝国が地球の上の真の盟主となると、又、太陽系諸遊星の指導者としての地位についたのは至極当然の事であったと言えよう。皇紀二八五六年には「九星一宇」の大理想の元、「太陽系共栄圏」が設立され、以来百有余年、太陽系は我が帝国の指導の下、着々と平和と自由の楽天地を築かんと発展してきたのであった。これはそういう時代の物語だと諸君には思って頂きたい。
 しかし、この様な時代にあっても決して悪漢共が全くいなくなってしまった訳ではない。これまでも地球を追われた赤魔や、我が帝国の地位を妬む輩が暗躍する事がしばしばあった。実は今現在も、火星に於いて大事件が起こりつつあるのだ。火星鉄仮面と名乗る怪漢が「火星天国団」と言う秘密結社を率いて、乱暴の限りをつくしているのだ。古代、火星は今の我々の文明をも遥かに凌ぐ科学力を持ち、太陽系に君臨していた。火星鉄仮面とその一党はこの古代火星の栄光を再びと言う狂信的な妄言を唱え、我が太陽系共栄圏を転覆させようとしているのだ。
 本郷大尉は宇宙軍特務機関の軍偵だ。彼は今、この恐ろしい企てを探る為に火星へと潜入しての帰りなのだ。どうやら彼はそこで、なにか途方もない秘密を掴んだらしいのである。
 「天馬号」は宇宙空間を稲妻の様に進んでいく。しかし、地球はまだまだ遠い。  本郷大尉は舷窓から離れると、気を落ち着かせようと、寝棚の傍らのラヂオのつまみをひねった。ラヂオからは、今はやりの流行歌が静かに流れてきた。彼は暫く音楽を聴きながら、備え付けの長椅子にその身を沈めた。
 何曲か曲が流れ、今、ラヂオからは最近、巷で流行り出した「火星の花売り娘」が流れている。本郷大尉は火星の風景を思い出して、そっと瞼を閉じた。
 と、どうした事であろう。突然に曲の途中で放送が途切れてしまったではないか。
 「おや?一体どうしたのだろう。」
不審に思った本郷大尉がラヂオのつまみに手を伸ばそうとしたその時。ラヂオから、まるで外の暗黒の空の果てから聞こえてくる様な不気味な笑い声が聞こえてきた。
 「ファッハッハッハッハッ。」
ぎょっとして大尉はその動きを止めた。
 「ファッハッハッハッハッ。日本の軍偵、本郷邦昭君。宇宙の旅を快適にすごしておられるかな。」
 嗚呼、何と不気味な事か、ラヂオの声は本郷大尉に語りかけてくるではないか。
 「我ら『火星天国団』から逃げられると思っていたのかね。君の行動等はいつでもお見通しなのだよ。」
 本郷大尉は長椅子から、さっと身を起こすと、机に飛びつこうとした。例の報告書がそこにあるし、引き出しのなかには力線ピストルも隠してある。が、その刹那、彼の足は何かにとられ、どうっとばかり、体が床に投げ出された。彼はとっさに受け身を取るともう一度、立ち上がろうとしたが、彼の足にまとわりつく物の為、上手く立ち上がることが出来なかった。
 彼の足にまとわりつく物。これほど不気味な物がこの世に存在するであろうか。それはドロドロした透明な、まるで寒天の如き物であった。そのものが、あたかも蛇の様に彼の足にまとわりついてくるのである。
 「ううむ。奇怪千万な化け物め。」
本郷大尉はあらん限りの力を振り絞り、この怪物から逃れようとした。しかし、怪物はそのブヨブヨした姿とは裏腹に、もの凄い力で大尉にまとわりつくと、足から膝、そして腰と、大尉のからだを包み込み始めた。それと同時に大尉の体からは力が次第に抜け始めていった。
 「ファッハッハッハッ。宇宙軍特務機関きっての腕きき、鬼の本郷大尉もそうなってしまっては手も足もでない様だな。」
 あの不気味な声が、又、聞こえてきた。今度はラヂオからではない。部屋の壁から聞こえてくるのだ。大尉は残り少なくなった力を振り絞ると上体を起こし、声の方へ体を向けた。
 彼はそこで信じ難き物を見た。三人の人間が壁のなかから抜け出てきたのである。二人はその赤黒い肌、黄緑の瞳、少しとがった両耳から火星人であることに間違いはない。宇宙船の搭乗服を着て、手には力線ピストルを構えている。問題はもう一人だ。身の丈およそ六尺。全身を鈍い銀色をした甲冑に包み、緋色のマントを羽織っている。が、何と言っても異様なのは、その頭部を完全に被った白銀色の無表情な鉄仮面だ。その仮面の顔は、地球人類の物とも、火星人類の物とも違う。いや、太陽系に現存するいかなる人類のものにも似つかなかった。その目はまるで、遠い虚空を見つめる孤高の哲人の様であり、その口は固く塞がってはいるが、今にも深遠な真理を語り出すかの様であった。
 「か、火星鉄仮面!」
この怪人こそ、太陽系の平和を乱そうとする張本人、火星鉄仮面なのだ。
 「どうだね本郷君。余の忠実なる狩人アミイバアの感想は。」
落ち着き払った火星鉄仮面はツカツカと本郷大尉に近づいてきた。と、同時に二人の火星人は部屋の中を探り始めた。何かを捜している様だ。
 「そいつは金星の沼地に住む奴だが、そこまで飼い慣らすのには大層な苦労をしたものだよ。もっともお陰で、ほんの小さな隙間があれば侵入して、仕事を完全に遂行してくれる可愛い部下が手に入ったのだがね。」
 「貴様。一体、私に何の用があるというのだ。」
本郷大尉は立ち上がろうとしたが、既に狩人アミイバアは、大尉の胸近くまで取り付いており、それは全く無駄な試みだった。
 「おっと本郷君。余り無理に動かぬ方が良いぞ。そいつは取り付いた獲物の生気を主食としておる。暴れれば暴れるほど、もっと喰いついてくるのだぞ。
 さてと、余は別に君に危害を加えることが目的ではないのだ。只、君が我らの本拠地より盗みだした物を返して頂きたいだけなのだよ。君が私の言うことを素直にきいてくれるのなら、君の命まで取ろうとは思わない。」
 「誰が貴様らに!貴様が太陽系の平和を乱さんとする大悪党だということは誰でもみんな知っているぞ。特に正義を愛する日本男子なら誰が悪党の頼みなどきくものか。」
本郷大尉は決然と言い放つと、火星鉄仮面をきっと睨みつけた。
 しかし、火星鉄仮面は少しも動じようとはしなかった。
 「フフフ、そうかな。」と、含み笑いをするのみであった。
 「鉄仮面閣下。」
部屋を調べていた火星人の一人が近づいてきた。
 「例の物を何処にも見つかりません。如何いたしましょう。」
本郷大尉はそれを聞いて、ニヤリと笑った。
 「ハハハ。貴様等などにみすみす渡す様な真似をするものか。」
 「何を!虜のくせにでかい口を叩くんじゃない。さあ、おとなしく例の物をだすんだ」カッとした火星人は力線ピストルを本郷大尉に向けると凄んだ。
 「待つのだ。」
火星鉄仮面は片手をあげて、いきりたつ火星人を制した。
 「如何に脅したとしても、宇宙軍にその人有り、とまで言われた本郷君だ。まず、口は割るまい。」
 「そうだ、例え殺されても教えるものか。ニコッと笑って死んでやるぞ。」
 「しかし。」
 火星鉄仮面は本郷大尉をじっと見下した。
 「余は、火星古代王室の正統であり、その超科学の秘術を心得ておる。先ほどの壁抜けの術を見たであろう。その偉大なる力を使えば君の隠し事を探ることなぞ何の造作もない事なのだよ。」
火星鉄仮面は本郷大尉を見続けた。鉄仮面のまるで全ての物を見透かすかのような目で見つめられていると、本郷大尉は自分の精神がその目の中に吸い込まれてしまうかの様な不可思議な感覚を覚えた。
 「ほう、成程。そういう事か。」
 暫くして火星鉄仮面が呟いた。やがて、怪人は高らかに笑いの声を挙げた。
 「ウワッハッハッハッハッハッ。さすがは天下に名高い本郷大尉。既に擬装して別のロケット便にて地球へ送っておったのか。」
 「貴様!どうしてその事を。」
 「言ったであろう本郷君。余は古代火星の超科学の秘術を知っておるのだよ。その一つである読心術を用いれば、君の頭の中のことなぞまるで手に取るように判るのだよ」
嗚呼、何と恐ろしい怪人だろう。この怪人の前では如何なる隠し事も出来はしないのだ。 「うん?神風隊長!ううむ。神風隊長の手に渡る様に仕向けたのか。」
 「その通りだ火星鉄仮面。もう貴様の欲しがっている物はすでに地球だ。すぐに神風隊長の手に渡るぞ。そうなればいくら貴様でも手出しは出来まい。」
 だが、火星鉄仮面は一向に動じようとはしない。そればかりか、
 「神風隊長!余の相手に不足はない。しかし、この世界で余の思い通りにならぬことなぞ一つもありはしないのだよ。」
と、不敵に言い切るのだ。
 「閣下!」
部下の火星人が又やって来た。
 「こんな物がありましたが。」
火星人の差し出したものは、本郷大尉が書き上げた報告書であった。火星鉄仮面はそれにさっと目を通した。
 「見事だよ本郷君。何ともすばらしい報告書ではないか。君のような優秀な人物を殺してしまうのは何とも残念なことである。が、余の崇高な目的のためには仕方がないことの様だ。」
 火星鉄仮面の言葉が終るか終らぬかのうち、今まで休止状態であったアミイバアが、又も活発に動きだし、本郷大尉の残る胸から上を飲みこもうとし始めた。
 「さらばだ本郷君。君が火星の夜の女神の元へ無事に召される事を祈っておるぞ。ファッハッハッハッ。」
 火星鉄仮面は、
  「火星鉄仮面参上」
との一文を残すと、二人の手下を引き連れて、再び壁の中へと吸い込まれていった。既にアミイバアは本郷大尉を完全に包みこんでいた。
 やがて、アミイバアはピクリとも動かなくなった本郷隊の体を離れ、扉の隙間からどこかへともなく這い出していった。

二.謎の紅玉

 東京丸ノ内にある宇宙軍省の大摩天楼上の緊急離着陸床に、一機のロケット機が接近しつつあった。それにつれて、同省内の警備室の緊張は高まった。宇宙軍省と言えば、太陽系共栄圏の諸機関の中でも最重要な物の一つである。当然、その緊急離着陸床を使用できる者は限られているし、そういう者がおれば事前に関係者に通報があるのが通例である。しかし、今、接近してくるロケット機に関しては何の事前連絡もなかったのだ。それに、丸ノ内の官庁街の上空には万一に備え、防衛力線の見えない壁が張りめぐらされており、一般の飛行機やロケットは侵入不可能な筈だ。ところが、件のロケット機は関係者しか知らぬ筈の防衛力線の秘密の抜け道を縫って侵入して来たではないか。
 「接近するロケット機、中島製九六式自家用ロケット、通称「爽風」と認められます。認識番号八−一〇四。羽田宇宙港の所属機であります。」
防空監視所の兵士の報告が警備室に響く。当直の若い少尉は、腰に下げた力線ピストルの台尻をぐっと握りしめると、拡声器に向かって指令を下した。
 「全警備兵は第二種警戒体制。第一班は完全装備の上、速やかに離着床へと集結せよ。」言い終ると彼も又、鉄帽に身を固め、離着床へと急いで行った。
 中島製ロケットは船底噴射管を轟々と噴かすと、離着床にピタリと着地した。その回りでは小銃や機関銃で完全武装した兵士が、固唾を飲んで見守っている。彼らの注視の中、やがて、ロケット機の搭乗口が開き、中から一人の青年と、白髪の老人が降りてきた。
 青年は身の丈6尺の堂々とした体躯。幅広い肩に筋骨逞しい体をカアキ色の搭乗服に包み、首に白いマフラァ、皮の長靴を履き、右の腰には大型の超電ピストル。左の手には備前長船の業物を持っている。その髪は黒く短く刈られ、良く日焼けした端正な顔の中には少年ぽい光を宿した目が光っていた。
 一方、老人の方はと言えば、背丈は五尺程。少し腰が曲がっており、節くれだった樫の木の杖を持っている。見事な白髪を頭上で結い、顎には胸の先まである白髭を垂らしていた。皺だらけの顔の奥、白い眉の下の目は細かったが、何か並々ならぬ知性と気品を宿している。道士服をサラリと着ている様は、まるで支那の古い水墨画から抜け出してきた仙人の様であった。
 この不敵な二人組は、回りを囲む兵隊にはとんと目もくれずに、まるで何事もないかの様に歩き始めた。その威風堂々とした姿には、かえって兵隊達の方が気押しされてしまう位であった。
 暫く無言で成り行きを見ていた若い少尉は意を決したかの様に、二人組に問いかけた。
 「貴様等は何用で宇宙軍省へやって来た。此処は民間人の立ち入る所ではない。姓名を言え。もし少しでも抵抗するそぶりを見せるのならば生命の保証はない。」
その言葉と同時に、兵隊達は手に手に小銃、機関銃を構え、二人組へと狙いを定めた。が、二人は全く動じた風もない。
 「諸君。御騒がせして誠に申し訳ない。何分急いでいたので通達が遅れてしまったのだ。僕の名は桜木日出雄。共栄圏政府の呼び出しでやって来たのだ。」
 青年は良く通る涼しげな声で答えると、胸のポケットから一枚の金属版を取り出し、若い少尉の方へと示した。その金属盤には桜花とロケットをあしらった紋が刻まれていた。
 それを見た途端、若い少尉は目を大きく見開いて、まるで息が止まったかの様に驚いた。
 「か、神風隊長!?」
その声を聞くや、回りの兵からもどよめきが生じた。
 「し、知らぬ事とは言いながら、失礼しました。」
少尉は慌てて直立不動の態を取ると敬礼した。
 神風隊長。
 この太陽系において彼の名を知らぬ者はまずおるまい。灼熱の水星から極寒の冥王星まで、そこに住む善良な者達にとって、彼の名は太陽系の正義と平和、そして躍進する科学の象徴、希望の星であり、一方、太陽系の闇の中に巣食う悪漢どもにとっては、その名は地獄の悪魔や鬼神の如く恐れられているのだ。彼は太陽系世界最大の科学者であり、且つ、最大の冒険家でもあった。彼とその神風隊と呼ばれる一党は、月面の新昭和クレイタアと呼ばれる大噴火口の地底深くに隠れ家を持ち、太陽系に大事があるや、直ちに出場し、快刀乱麻を断つ如く、たちどころに事件を解決するのだった。
 神風隊長と共にやって来た老人は、この神風隊の一員で参謀格の来戸佐衛門博士。彼は神風隊長に勝るとも劣らぬ大科学者で、その博覧強記ぶりは、近代科学は言うに及ばず、古い東洋の神仙の術までとどまることを知らない。彼自身、数十年前に昆崙の山奥にて修行した結果、長生術を身に付けており、その齢は実に百数十歳にも及ぶと言う。
 二人は若い少尉に案内されると、昇降機へと乗り込んだ。少尉の緊張振りは見ていてもおかしくなる程であった。神風隊長の名は誰もが知っていたが、本人に会った者など居りはしない。その太陽系の英雄と一緒に居るのだから仕方の無い事であろう。
 「自分は隊長殿のことを以前より尊敬しておりました。今日は自分にとって一生涯で最高の日であります。」
上ずった声で言う少尉を見て、佐衛門博士は神風隊長に向かってニコリと笑った。
 「若の人気も仲々のものですな。」
 「博士。その若と言うのはやめて呉れる様に言っているじゃあないか。」
 「ホッホッホ。何々、儂にとっては若はいつでも若ですぞ。」
神風隊長は少し照れながら、自分のこれまでの数奇な運命へと思いをはせるのであった。

 もう、ずっと前の事である。
 神風隊長こと桜木日出雄の父君、桜木健三男爵は、その若き良人百合子夫人、旧来より親交深い来戸佐衛門と共に、月世界へと移り住んだ。月は大気もない所から、全く無人の地であったのだが、男爵の研究には正にうってつけの場所であった。その研究とは、来るべき将来、太陽系外宇宙へと雄飛するであろう人類の為に、それを助け、共に暮らすべく人工生命体を創造する事であった。
 彼等三人は先ず、全身を強力な無敵金属で作られた剛力無双の鉄人多力王を作り、更に 合成樹脂を原料に合成人燕を創造した。又、それと同時に桜木夫妻の間にも一人の息子が生まれ、日出雄と命名された。後の神風隊長その人である。
 しかし、この幸福な生活は長く続かなかった。男爵の研究に前々から目を付け、折りあらば、その成果を頂戴しようとする悪漢、太陽系にその名も高き、イワン・クログロスキー博士の魔の手が遂に月の隠れ家まで伸び、研究を守ろうとした男爵と百合子夫人は無残にも殺害されてしまったのである。
 たまたま、幼い日出雄少年を連れて、月面へ散歩に出ていた佐衛門博士達は、変事を知るや直ちに取って返したが、時、既に遅し。多力王、燕の活躍でクログロスキー一味は残らず討ち取りはしたものの、夫妻は最早、帰らぬ人となっていた。
 一時は幼い日出雄を抱え、呆然自失となってしまった一同であったが、
 「我々がこの様に沈んでいてもどうにもなるまい。ここは、亡き男爵の忘れ形見である日出雄君を立派な日本男児に育て上げる事こそ我らの使命ではないか。そうしてこそ、無念のうちに死んでいった夫妻の供養のにもなると言うものだ。」
との佐衛門博士の言葉の元、意を一つにして日出雄少年の養育を始めたのであった。佐衛門博士は学問を、多力王、燕は体術を教え、日出雄少年はすくすくと育っていった。
 やがて、日出雄少年は雄々しい青年に成長し、ここに太陽系最高の頭脳を持ち、武芸一八般はもとより、力線ピストル術からロケットの操縦まで免許皆伝すると言う驚異の快男児がここに誕生したのであった。
 彼は太陽系共栄圏の平和を乱そうとした悪漢の手により両親を失った。そこで、彼は自分の素晴らしい才能を、この太陽系に巣くう悪人どもを一掃することに捧げることを決意した。この決意を聞いた三人の育ての親は天にも登る程に喜び、彼とその運命を共にせん事を誓ったのであった。
 彼等は太陽系共栄圏政府との取り決めにより、太陽系諸機関の手に余る大事件や国難が起こった時、北極州の大照明燈の発光信号により呼び出される。以来、事件解決は数知れず。恐れ畏くも陛下より、『桜にロケット』の紋を頂くに至り、太陽系の人々はいつしか、「彼等は我が神州を守る神風の様だ。」と、彼等を神風隊長と神風隊と呼ぶ様になったのである。

 やがて、昇降機は停まり、神風隊長と佐衛門博士の二人は一室へと案内された。部屋の中には三人の男が座っていた。二人は神風隊長とは旧知の仲の宇宙軍特務機関長、山県昌憲少将と、遊星巡査局の高倉忠文局長であり、一人は見知らぬ火星人であった。
 「やあ、神風隊長」
真っ先に山県少将が立ち上がった。山県少将はニコリと微笑むと、
 「上では大変な騒ぎだったそうじゃあないか。何故に旭光艇で来なかったのかね。旭光艇ならば、誰が見たって君だと判る筈だろうに。」
と、問いかけた。旭光艇とは神風隊専用の宇宙船であり、その性能は太陽系随一の物である。
 「いや、もしも旭光艇で来たのなら、何か大事件が起こったと世間に宣伝する様なものでしょう。昨夜のうちに羽田宇宙港に乗り込んで、あの船を借りて来たのですよ。ところでそちらの方は。」
神風隊長は見知らぬ火星人の方を見た。
 「おお、そうだ。すっかり忘れていたよ。こちらは……。」
と、山県少将が言いかけると、火星人はすっと立ち上がった。ひょろ長い痩せ型で、どことなく気品がある。
 「『新火星国』外務次官のシ・クロロイです。神風隊長殿にお会いできて、これほど光栄な事はありません。火星の女神の祝福があなたにあらん事を。」
火星人は右の掌を額にあてる彼等独特の礼をした。
 神風隊長と佐衛門博士が席に着くと、山県少将が口を開いた。
 「さて、隊長。君は我が宇宙軍の本郷邦昭大尉と面識があったね。」
 「ええ、大尉とは金星の『宇宙天狗党』事件で一緒でした。彼が何か。」
 「実は……。」
山県少将は一瞬、言葉を詰まらせた。
 「大尉が地球−火星間のロケット船の中で殺害されたのだよ。」
 「ええっ、本郷大尉が!?彼程の者が殺害されるとは、相手は余程、強力な奴ですね。」
神風隊長の心の中で、金星での本郷大尉の雄々しい姿が浮かんだ。
 「その通り。敵は恐るべき奴だ。火星鉄仮面と言う名を聞いた事があるかね。」
隊長はかぶりを振った。
 「それについては私から御説明致しましょう。」
シ・クロロイが、カン高い声で言った。
 「今、火星では『火星天国団』と言う秘密結社が暗躍しております。奴等は古代火星帝国の復活を唱えておるのですが、その頭目が『火星鉄仮面』と名乗る怪人なのです。奴は古代火星王朝の末裔と称し、古代火星の秘術を知っておるらしく、今まで色々な不可思議な術で悪事を重ねてきております。」
 「我々宇宙軍特務機関も奴等の企みを探る為に三人の軍偵を送ったのだが、誰も帰って来ない。四人目が本郷大尉だったのだが。」
山県少将が話に割って入った。
 「本郷大尉も不可思議な最後を遂げているのだよ。死体の回りには何か粘液の様な物が残っていたのだが、学者共は生物の細胞を形作る原形質と言う物に良く似ていると言っておる。しかも、完全な密室でだよ。」
高倉局長が付け加えた。シ・クロロイが更に続ける。
 「そして、怪人の奇怪な事の最たるは、頭にスッポリと異様な鉄仮面を被っている事です。火星人達はそれを『スル・スレセヨ』の仮面だと恐れています。」
 「スル・スレセヨだって!」
神風隊長が驚きの声を挙げた。
 「そりゃ、一体何の事だね。」
隊長の余りの驚き様に、高倉局長が聞いた。
 「ええ。古代火星第十二王朝の頃。約百万年前の人物ですよ。古代火星最大の科学者と言われ、その発明は人々から魔術とまで呼ばれていたそうですよ。」
 「もしも、その火星鉄仮面とやらが、スル・スレセヨの秘術を身に付けているとすれば、容易ならざる事ですぞ。若。」
佐衛門博士の言葉に神風隊長は大きく頷いた。
 「なにしろ、現在発掘された物ですら、我々の科学の水準を大きく越えているのだからね。」
 「ところで隊長。」
山県少将が話しかけた。
 「実は本郷大尉は殺害される前に、君当てに荷物を送っているのだよ。」
 「僕に?」
 「そう。君に連絡をとるのは容易ではないから、荷物は私の自宅へと送られて来たのだ。いかにも火星の観光土産と言う風にしてね。中に君に渡す様に書き付けが入っていたのだよ。」
 山県少将は傍らの戸棚から火星桐で作られた箱を取り出して来た。一同が見守る中、少将は箱の中から人造絹の包みを取り出すと、テイブルの上でそれを解いた。その中身を見て一同は目を見張った。
 それは見事な紅玉であった。大きさは鶏の卵程。表面には何の傷も凹みを無く、完全な長円形をしている。その色はまさに真紅。まるで見る者を吸い込んでしまうかのような深みがあった。
 「大尉が命にかえて送って来た物だ。」
山県少将がしみじみと呟いた。
 「何か大きな秘密があるに違いない。」
 と、今までずっと紅玉を見つめていたシ・クロロイの顔がすっと蒼くなった。
 「こ、これは……。」
シ・クロロイの体がガチガチと震え始めた。
 「『火星の雫』だ。」
 「『火星の雫』?と言うと、あの伝説の。」
神風隊長が聞き返した。シ・クロロイはごくりと唾を飲み込んだ。
 「おそらく間違いはありません。」
 「すると、あの伝説は本当なのか。」
 「おいおい。一体全体どうしたのだね。儂には何が何だかさっぱり要領がつかめんじゃあないか。」
あっけにとられて二人の話を聞いていた、高倉局長が聞いた。
 「さっき話に出たスル・スレセヨですよ、局長。彼がその最大の発明『火星大王』の秘密を、この『火星の雫』と呼ばれる紅玉に封じ込めたと言われているのです。百万年もの間、その行方はとんと知れなかったのです。」
 「儂にはまだよう判らん。その『火星大王』と言うのは一体何なのだね。」
高倉局長が顔をしかめた。
 「しからば説明して進ぜましょう。」
佐衛門博士が白い髭を撫でながら、話し始めた。
 「火木戦争の話しは聞いた事がありますかな。」
 「知らぬなあ。」
 「古代に火星と木星がした戦争のことだよ。」
山県少将が補足した。
 「そう。今から百万年前。スル・スレセヨの時代の事じゃ。当時、木星にも、火星と同じ位、いや更に進んだ文明があったのじゃ。古い火星の史伝によると、時の木星の帝王はずいぶんに野心のある男だったらしくての。火星も自分の物にしたいと考えておったらしい。そして、着々と軍備を整え、いよいよ火星征伐の軍を起こしたそうな。その数およそ百万余騎。進む宇宙軍船数千隻という大軍と言うことじゃ。
 さて、火星も一大事とばかりに応戦の準備をしたが、いかんせん数でも質でも木星軍の敵ではない。着々と火星に迫る大船団を前になす術もなく、遂には木星の軍門に降るか、火星人が全滅するかの瀬戸際じゃ。そこへ、火星最大の科学者、スル・スレセヨが現れて、自らが発明した『火星大王』の使用を、皇帝の前へと願い出た。許しを得たスル・スレセヨが『火星大王』を使うと、数千の木星軍船団は一夜にして大宇宙の塵と化して消えたというのじゃ。
 その正体がいかなるものかは全くもって判っておらぬ。只、その余りの力に恐れをなしたスル・スレセヨが、その一切の秘密を『火星の雫』と呼ばれる紅玉に封じ込めたと言う伝説が残っておるだけなのじゃ。」
 「何だ。単なる伝説ではないか。」
 半信半疑な高倉長官に神風隊長が言った。
 「確かにそうです。が、古代火星の秘術を使い、スル・スレセヨの仮面を被る怪人、本郷大尉が命にかえた『火星の雫』。これは最早、単なる伝説としては片付ける訳にはいきません。」
 「おお、何と恐ろしいことでしょう。」
シ・クロロイがカン高い声を更に高く叫んだ。
 「『火星大王』が甦ったのならば、我々等、ひとたまりもなく滅ぼされてしまうに違いありません。」
 少しの間、一同に沈黙が流れた。
 「しかし。」
その沈黙を破るかの様に神風隊長が言った。
 「いかに強力な怪敵と言えども、太陽系の平和を乱す輩を放っておく訳にはいきません。神風隊は直ちに、火星鉄仮面捕縛の為に行動を開始しましょう。」
 「うむ。」
佐衛門博士も力強く頷いた。
 「手掛かりは火星の古代文明。先ずは近頃、火星の古代遺跡を発掘したり、探険したりした輩がおらぬかどうかじゃ。火星の雫の発見に何か関係しておるやも知れぬ。」
 「おお、それならば心当たりがありますぞ。」
高倉長官がポンと膝を打った。
 「リヒャルト・コウネル伯爵と言う人が、先頃、火星極冠の探険隊を率いて、今は地球に帰っているという話しを聞いたぞ。」
 「コウネル伯?」
 「うむ。事業家で大金持ち。経歴は不明だが独逸の貴族の出だというのだが。」
 「よし、彼を訪ねてみよう。」
 神風隊長が椅子から立ち上がろうとした時、宇宙軍省の建物全体に不気味なサイレンが響いた。非常事態を告げるサイレンだ。
 「何事だ。」
山県少将は壁にとり付けられた画像連絡機に向かった。やがて、その画面に先程の若い少尉の姿が映し出された。
 「少尉。一体、何が起こったのか。」
少尉の顔はいやに紅潮していた。少尉は興奮しながら報告した。
 「銀座に正体不明の怪鉄人が出現。現在、街を破壊しながら警官隊と交戦中との知らせです。近衛師団の特別部隊が現場に急行中。」
 少尉の報告が終るや否や、神風隊長は脇に置いていた備前長船を掴み、部屋から飛び出して行った。後に佐衛門博士と山県少将、高倉局長が続いていった。

三.怪鉄人、現わる

 銀座。そこは我が太陽系の中で、最も華やかな場所である。硝子、大谷石、天王星産の純白の大理石等々、各種の材料を使い、最新の建築技術を駆使して建てられた数々の商店、そこに並べられた太陽系中から集められた珍奇な品々。あらゆる工夫を凝らし、人々の心を奪う最新の遊戯場等々。
 往来には空気の力で浮き、滑る様に走る浮遊車や、浮遊市電が忙しそうに走り回り、空には自家用飛行船が飛びかっている。更に「太陽系演劇陣総出演。総天然色大型立体映画『大忠臣蔵』近日公開。」、「宇宙一の文化の泉、金星堂大百貨店」等の広告文が空中電飾により、次々と、大空に描かれては消えていく。
 車道の両側の自走歩道や、店の中にはいつも多くの人々があふれかえっている。亜細亜人、白人、南洋の黒人等の地球人はもちろん、赤い肌の火星人、青白い金星人、小柄で黄色い水星人、果ては白い長い毛に被われ、いかめしい強制冷却機を背負った冥王星人まで、まるで太陽系に住む人種の博覧会と言った趣であった。
 丁度、時分は正午過ぎ。街が一番賑わう頃である。自走歩道に乗りながら、空中の電飾を眺めていた一人の紳士が、ふと、何かをみつけた。
 「おや、あれは何であろう。」
向こうの空から何かが飛んでくるのである。
 「ああ、きっと何かの飛行船でしょう。」
紳士の隣にいた金星人が釣られて空を見た。
 「いやいや、そうではないぞ。」
その何かは飛行船の様にゆったりとはしていない。もの凄いスピードで、ぐんぐんこちらに近づいてくるのだ。どうやらロケット噴射をしている様だ。
 「軍隊のロケット機であろう。」
 「誘導爆烈弾ではなかろうか。」
 いつの間にか道行く人が次々と空を見上げていた。その間にも物体は近づき、その形がはっきりしてきた。
 「おい、人間だぞ。」
 「違う。あれは鉄人だ。」
 飛んでくる物は確かに人型をしていたが、その全身は黒光りする金属で造られ、数多くの鋲が打たれている。鉄人はその足から轟々とロケットの炎を吹き出し、遂には人々の混雑する十字路の上へとやって来た。今や、道行く人々も、車もその歩みを停め、交通整理の巡査でさえ、ポカンと空を見上げている始末だ。
 「やや、降りてくるぞ。」
 鉄人はクルリと足を下に向けると、ロケット噴射を巧みに調整しながら交差点の真ん中へと降下し始めた。高さおよそ八尺。四角い頭に四角い体。顔には丸い目の形をした硝子がはめ込まれており、両耳にはアンテナが付いている。
 回りの人々はざわざわするのみで、遠巻きに鉄人を眺めては囁きあった。
 「何かの宣伝ではないかしら。」
 「何処かの国の物であろう。」
 やがて、交通整理をしていた巡査がゆっくりと鉄人へと近付いていった。
 「ああ、貴様は何処の何者であるか。ここは天下の往来である。速やかに退去し給え。」
 巡査がいくら問いかけても、鉄人は何の反応も示さない。只、立ちつくすのみである。
 「ここを立ち退けと言っておるのだ。もしも立ち退かぬならば、痛い目にあうぞ。」
 痺れを切らした巡査が電気警棒を振り上げ、もう一歩、鉄人に近づこうとした時、それまで何の反応もなかった鉄人の目がギラリと光った。
 突如、鉄人の腕が巡査の方へと伸び、巡査は逃げる間もなくその鉄の指に掴みとられた。巡査は必死で体を動かそうとしたが、鉄人の力は相当に強いらしく、ビクとも動かない。鉄人は巡査をゆっくり持ち上げ始めた。巡査の体が徐々に宙に浮く。やがて、鉄人は巡査の体を地面へと叩きつけた。鈍い音がしたと共に、哀れ巡査は只の肉塊と化した。
 それを見ていた人々は、暫し、呆然と立ちつくしていたが、ハタと我にかえると、まるで蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い始めた。辺りは全く手の付けられぬ大混乱に陥った。
 怪鉄人はゆっくりと歩き出すと、側にあった浮遊車に手をかけた。
 「ウオオオオオン。」
 怪鉄人は一声唸ると、浮遊車を軽々と持ち上げ、目よりも高く差し上げた。何と言う怪力であろう。怪鉄人は浮遊車をまるで、空箱でも放るかの様に、近くの商店めがけて投げつけた。もの凄い音と共に、硝子扉が木っ端微塵に砕け散り、柱は折れ、壁は崩れ落ち、美しく飾り立てられていた店先は、見るも無残な姿となった。
 「ウオオオオオン。」
 怪鉄人が唸る。それは大地をも震わせるかの様な叫びだ。怪鉄人は再びのしのしと歩き出すと、当たるを幸い、手当たり次第に破壊を開始した。外灯は折れ曲がり、浮遊車は叩き潰され、商店は崩れ落ちる。怪鉄人の数倍もの大きさの浮遊市電でさえも、まるで玩具の様にひっくり返される。轟音と悲鳴が辺りをつんざき、太陽系第一の繁華街は今や、まさに阿鼻叫喚の地獄と化した。
 警笛がこだまする。急を聞いて駆けつけて来た巡査隊だ。巡査長の号令一下、巡査隊は逃げ惑う人混みを抜け、さっと展開すると、腰の力線ピストルを抜いた。
 「全員、撃ち方始めえ。」
 巡査隊は怪鉄人に向かって猛烈な射撃を開始した。力線ピストルの銃口から稲妻にも似た光が迸しり、怪鉄人の体に次々と命中する。鋼鉄板をも貫く強力な破壊力線だ。
 しかし、怪鉄人の体はびくともしない。一体、どの様な物質でできているのか、その威力を誇る破壊力線でさえも、その体に一つの傷もつけることが出来ないのだ。
 「ウオオオオオオン。」
 怪鉄人は更に大きく唸りを上げると、今度は巡査隊へと突進を開始した。
 「退けー退くのだー。」
 巡査長が叫ぶ。しかし、時既に遅く、巡査達は次々と薙ぎ倒されていく。怪鉄人にかかれば人間など、象の前の蟻の様なものである。ついに怪鉄人は口角泡を飛ばし、部下を指揮する巡査長の前まで迫った。
 「ううむ。最早これまでか。」
 巡査長は腰の電気サーヴェルを抜くと、決死の覚悟で身構えた。
 ドカァーン
 突然もの凄い音がしたかと思うと、巡査長に迫っていた怪鉄人の体がぐらりと揺れた。 何かが怪鉄人の体に命中して破裂したのだ。怪鉄人はくるりと向きをかえた。
 そこには魔可不思議な物が立っていた。高さ五尺程の鉄の円塔に、これも鉄で作られた両手両足がくっついており、円塔には小さな窓がついている。その物体が手に持った無反動爆裂銃で鉄人を攻撃したのだ。
 「おお。人間タンクだ。近衛師団の人間タンクが来てくれたのだ。」
巡査長が叫びを挙げた。
 人間タンク。それは我が宇宙軍の最新兵器である。それは簡単に言うなら、最新の科学で造られた一種の甲だ。兵士は人間タンクの中にすっぽりと入る。人間タンクはその中の特殊な仕掛けにより、中の人間の動く通りに動き、更にはその力を数十倍にも強力化する事が出来る。全身は丈夫な金剛鉄で造られ、かなりの銃撃にも耐えられ、背嚢には大型擲弾筒を装備し、更には仕組まれた小型噴射管で五間位の高さまで跳躍出来ると言う大変に素晴らしい甲である。昭和一八、九年の頃の戦車等、一体の人間タンクで十台や二十台は簡単にやっつけられるだろう。まさに百人力の秘密兵器なのだ。
 無反動爆裂弾の直撃を受けても平気な怪鉄人を見て人間タンクはやり方を変えた様で、無反動爆裂銃を随行している整備兵に渡すと、いきなり背嚢の噴射管を噴かし、猛烈な速度で怪鉄人めがけて突進した。体当たりで勝負しようと言うのだ。怪鉄人もその勝負を受けたとばかりに両手を拡げ、その場に仁王立ちとなった。
 ぐわわあん。
 鉄と鉄がぶつかり合うもの凄い音が辺りに響いた。
 人間タンクの猛突進にさすがの怪鉄人も吹き飛ばされただろうと思われたが、さにあらず。反対に撥ね返されたのは人間タンクの方であった。悠然と立つ怪鉄人は、地面に転げた人間タンクを掴み上げるとぶうんと振り回し、人間タンクを瓦礫の山と化した商店へと叩き込んだ。
 がらがらぐわあん。しかし、それでも人間タンクは頑丈だ。瓦礫を払いのけるとすっくと立ち上がり、その背嚢に取り付けてある擲弾筒を取り出した。先程の無反動爆裂銃とは違い、その威力は野戦重砲にも匹敵するという強力爆薬を発射する。その余りの威力の為にに今まで使用を控えていたのだ。人間タンクは擲弾筒の狙いを怪鉄人に定めた。
 一方、怪鉄人は少しも動かずに人間タンクを見据えていたが、人間タンクが擲弾筒をを取り出すや、その目を爛々と輝かせた。と同時に怪鉄人の胸が観音開きにぱかりと開き、そこから二本の砲身がにょきりと顔を出した。
 「ウオオオオオン。」
唸り声を挙げると、胸の砲口から目もくらむような白熱光が放たれた。
 人間タンクの擲弾筒よりも一瞬早く発射された白熱光は、忽ち人間タンクの全身を包み込んだ。すると何としたことであろう。金剛鉄で造られ、燃えさかる炎の中でも活動できる筈の人間タンクの体が真っ赤に熱せられたと思うと、どろどろと溶け始めたではないか。
 「うああっ。」
人間タンクの背中の蓋がぱかりと開き、全身火だるまとなった兵士が飛び出した。その間にも人間タンクは只の溶鉄の塊と化していく。
 強敵を倒した怪鉄人は再び進撃を開始した。

 「ううむ。こいつは手強いぞ。」
暫く前に現場に到着し、怪鉄人と人間タンクの戦いを見ていた神風隊長が唸った。
 「何という威力の怪物であろう。」
山県少将も、人間タンクのやられ方を目の当たりに見て、あっけにとられている。
 「このままでは銀座は全滅してしまいますぞ。何か良い知恵はないものか。」
高倉局長が地団駄を踏む。その間にも怪鉄人は破壊の限りを尽くし、あらゆる物を瓦礫と鉄屑へと変えていった。巡査隊も近衛師団も為す術もなく、避難民の誘導にあたるのみであった。
 「かくなるうえは、重砲隊による攻撃か、航空隊による爆撃しか手はあるまい。」
山県少将の言葉に高倉局長が反論する。
 「そんな事をしたら、民間人にあたえる被害が甚大ですぞ。」
 「しかし、他にどんな手があるというのかね。」
 二人の言い争いを側で聞いていた神風隊長がすくっと立ち上がった。そして、何かを決意したかの様に大きく頷くと、頭に日の丸の鉢巻きをきりりとしめ、備前長船を手に、怪鉄人に向けて静かに歩み始めた。
 「若!」
それに気付いた佐衛門博士が慌てて声をかけた。神風隊長は振り返ると、にこりと微笑んだ。
 「僕が奴の相手をして時間を稼ごう。なあに、奴にも弱点の一つぐらいあるだろう。それに、もうすぐ強い味方が来てくれる筈だ。」
 「隊長やめ給え。むざむざ殺されに行く様なものだぞ。」
 「無茶だ。君が倒れたら、この太陽系はどうなるのだ。」
 隊長の身を案ずる山県少将と高倉長官の声を背後に、神風隊長は怪鉄人へと歩みを進めた。隊長は怪鉄人の前方へと進み出ると、備前長船をすらりと抜いた。陽光が白刃にきらりと光る。
 「怪鉄人よ。貴様が何者かは知らぬが、これ以上の狼藉は許せぬ。我が名は桜木日出雄。私が相手になろうではないか。」
 神風隊長の涼しい声が辺りに響き渡った。
 「ウワッハッハッハッハッ。やはり出てきおったな。神風隊長。」
 割れ鐘のような声が突如響いた。何と言う事か、怪鉄人が喋っているのだ。
 「私は偉大なる火星鉄仮面の使い。火星大王の番人也。太陽系を私利私欲で支配する地球人共に天誅を下すべく推参したのだ。良く聞け神風隊長。我の前では貴様など、只の匹夫にすぎぬ。むだな抵抗はやめて、我等が軍門に降るがよい。」
 「おお!奴は火星鉄仮面の仲間だったのか。しかも、火星大王の番人だと言うておる。」 山形少将が叫んだ。
 「いやいや、奴が自分で喋っているのではありますまい。おそらく誰かが何処かで遠隔操作で喋っておるに違いなかろう。局長、電波局に依頼して、何か怪電波が出ていないか調べてもらってはくれまいか。」
 「よし、心得た」
 高倉局長が佐衛門博士の頼みに後方へと走っていった。
 「それにしても、奴等は何をしておるのじゃ。隊長の身が危ないと言うのに。」
 佐衛門博士は心配そうに呟いた。

 怪鉄人はじりじりと神風隊長へと迫っていった。神風隊長は愛刀を正眼に構えたまま、ぴくりとも動かない。必死で怪鉄人の隙をうかがっているのだ。狙うは怪鉄人の目。そこならば打ち破る事も出来る筈だ。隊長はその一撃に勝負を賭けていた。怪鉄人が間合いを詰めてくる。あと数歩。その時が勝負だ。隊長の気が研ぎ澄まされ、全ての力が備前長船の切っ先に集中される。
 「待て待てい!」
 重苦しい静けさが突然に大音響で破られた。声の主はその凄い勢いで走ってくると、神風隊長と怪鉄人の間に割って入った。
 「おお、多力王。」
 神風隊長の顔がぱっと明るくなった。
 声の主は神風隊の一員、多力王であった。身の丈七尺。全金属性の鉄人だ。円い頭にきらりと光る光電管の目。人造電気脳で人並み以上の頭脳を持ち、力は他に並ぶものはない。彼は羽田の宇宙港にてもう一人の仲間、燕と旭光艇の留守番をしていたのだが、報せを受けてやって来たのだ。
 「さあ隊長。某が来たからにはもう御安心を。こんな屑鉄野郎など、あっと言う間に討ち取ってくれますぞ。」
 多力王は腕をぐるんぐるんと回し、怪鉄人に挑みかかった。怪鉄人も負けてはいない。多力王と怪鉄人はがちっと組み合った。お互い力では全くひけをとらないらしく、二体の鉄人は組み合ったまま動こうともしない。時たま、ぎしぎしと金属のきしむ音が聞こえてくる。
 「ううむ。こいつは何とも強い奴だ。しからばこうだ。」
 多力王は更に満身の力をこめた。多力王の体内の無限力発動機が破裂しそうになる程、力を絞り出す。すると、どうであろうか。怪鉄人の体が次第に押され始めたではないか。みしみしっ、と怪鉄人の体が不気味な音を立て始めた。力では叶わじと思ったか、怪鉄人がいきなり力を抜いた。不意に相手の力が弱まったので、思い切り力をこめていた多力王は勢い余って前につんのめりそうになった。そこへすかさず怪鉄人が足払いを喰らわす。
見事、多力王はその場に素転んだ。その隙に怪鉄人は多力王より飛びのいた。
 「仲々、味な事をやりおるわい。」
 多力王はそろりと立ち上がった。
 「だが、二度とその手は喰うまいぞ。」
 多力王は再び怪鉄人へと突進した。
 怪鉄人の目がギラリと輝き、胸の扉が開く。そして、例の白熱光が放たれ、多力王の全身を包む。
 だが、見よ。多力王は少しもひるみはしない。さしもの白熱光も、多力王のからだの表面に火花を散らすのみである。
 「我が輩の無敵金属の体にそんな物が通用するものか。」
 多力王は突進を続けると、勝手が違い戸惑っている怪鉄人の懐へと飛び込み、あけ放たれたその胸へとその鉄拳を叩き込んだ。
 ぐわしゃあん。
 怪鉄人の体中に火花が走り、歯車や発条が辺りに散らばる。怪鉄人は全身から煙を噴いてグッタリと倒れ込んだ。多力王は更にその体を目よりも高く差し上げると、
 「さあ、こいつがとどめだ。」
と、満身の力を込めて地面へと叩きつけた。これでは、さすがの怪鉄人もたまらない。手足はもげ、体はばらばらに分解し、部品が四方八方に飛び散った。
 「うおおおお。」
 多力王が勝利の雄叫びをあげた。
 「多力王。おまえのお陰で助かったよ。」
 神風隊長が多力王の体をぽんと叩いた。
 「なあに、隊長。この多力王様にかかればどんな奴でもこの通りですよ。」
 多力王は自慢気に自分の胸をどんと叩いた。
 「うむ。お前の力自慢は良く判る。しかし、ちょっとやり過ぎだぞ。」
 「へっ!?」
 多力王が首をかしげた。
 「何の事です?」
 「このうすらとんかちのブリキ頭。隊長の言っている意味も判んねえってんだから困ったもんだ。」
 背後からの不意の声に多力王が振り向くと、そこには一人の男が立っていた。身の丈六尺。黒装束に身を包み、切れ長の鋭い目に、不敵な笑いを浮かべる口元。何とも異様な事に、この男の顔には一本の毛もなかった。頭髪はもちろん、眉、睫毛、髭に至るまで何もないのだ。
 「燕!貴様に一体、何が判る。」
 燕。彼も神風隊の一員である。人間離れしているのも道理。彼は研究室で造られた合成樹脂製の人造人間なのである。その軽い体を生かし、彼は甲賀流忍術を会得しており、軽業や変装にかけては太陽系で彼の右に出るものはいない。
 「だから多力王。手前はうどの大木だってんだよ。大男、総身に知恵がまわりかねってんだ、手前みてえな奴を。えっ。いい気になって怪鉄人をこんなにばらしちめえやがってよ。このスカタン。これじゃあ手掛かりを探そうったってどうしようもねえじゃないか。えっ、この唐変木。」
 燕は早口で一気にまくしたてた。
 「何を!お前、我が輩が大活躍したのを見て妬んでいるのだろう。大体、お前は戦いもせずに、今ごろ、のこのこ出て来おって何をほざくか。」
 「けっ。大体、俺ぁ育ちがいいからそういう仕事にゃあ向いちゃあいねえんだよ。その点、てめぇは鍛冶場でトンテンカンと造られたんでこういうドタバタにはうってつけだ。俺みてえに頭を使う柄じゃねえんだ。」
 「二人ともいい加減にしないか。」  二人の間に神風隊長が割って入った。
 「けんかしている暇があったら、怪鉄人の部品をとっとと回収するのだ。」
 二人はすごすごと、辺りの探索を開始した。
 「神風隊長。」
山県少将が話しかけて来た。
 「一体、この怪鉄人は何処から来たのだろうか。まさか、火星からではあるまいに。」
 「そう、敵は既に帝都に侵入しているに違いありません。よく調べて見ないと何とも言えませんが、おそらくこの怪鉄人は無線操作で動いていたものでしょう。奴等が帝都に侵入した目的は只、一つ。火星最大の秘術、火星大王の秘密を手に入れる為。」
 「火星の雫か。」
 「その通り。そして、この騒動が我々の注意を引く為としたら……。少将!火星の雫は大丈夫でしょうね。」
 「うむ。あの部屋は部外者以外は絶対に入れん。もっとも、例のシ・クロロイ氏が居るがね。」
 その時、向こうから高倉局長が息せき切って走って来た。
 「局長。どうしたのです。顔が真っ青ですよ。」
 「おお、局長。怪電波の手掛かりは何かありましたかな。」
 「あっああ。それはあったのだが……。」
高倉局長は唾をごくりと飲み込んだ。
 「それどころではない。一大事だ!」
 「何かあったのですか。」
 「つい今しがた、遊星巡査局の火星局から電報が届いたのだ。今朝方、新火星市の郊外の運河で、シ・クロロイ火星外務次官が死体で発見されたのだ。」

---<以下、連載第二回に続く>---


恐怖の火星鉄仮面(1991年8月発行)より


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