余桁分彌(現 藤倉珊)著
TDSF叢書発行委員会 平成元年8月20日発行
最近どうも、これぞというトンデモ本にお目にかかれない。もちろんトンデモ本のネタが尽きるわけはないのだが、『ヤマトメシア』や『ノストラダムス・メシアの法』といった衝撃を感じさせるものがないのだ。また「これは怪しそうだ」という本もないではないが、読む時間がなかったり、関連資料が不足だったりして原稿になりそうなものがない。
しかし、僕もトンデモ本の必殺紹介人と自分で言っている男だ。こんなことでは休載しない。前々回に評判がよかった『僕のごでん誤伝日記』と似たようなものをやる。これでこてん古典と同じだ。どうだ。参ったか。
●17億年前の原子炉のこと
佐治芳彦氏といえば『謎の竹内文書』などのシリーズが有名で、トンデモ本作者とは思うが、メジャー過ぎて本コラムで扱うことはないと思っていた。しかし最近の作『日本超古代史の謎』(日本文芸社:昭和59年)でちょっと面白い説を見つけたので紹介する。
西アフリカのガボンのオクローにあるウラン鉱山の同位体を調べてみると約17億年前にウラン鉱脈が自然に連鎖反応を起こして原子炉になっていたという事実があるという。オクロー現象という名前でSFファンにも広く知られている話だ。
ところが、佐治芳彦氏はこれをもとに「17億年前に原子炉があった」ゆえに「17億年前に原子炉を作れる文明人がいた」と主張する。これには本当にビックリした。これも常識を破る発想ではある。先カンブリア紀とアトランティス文明を同列に扱う神経には本当に参ってしまう。
原子炉が天然のものではないという根拠に「減速剤として不純物が一万分の2〜3%の純水でなければならない」などと言っているがこれはウソ。このあたりのことはブルーバックスからでているズバリ『17億年前の原子炉』(黒田和夫著:昭和63年)に詳しい。
ところが、この本は佐治氏の本とはまた別の意味でトンデモない本なのだ。この著者はオクロー現象の発見以前から天然原子炉の可能性を指摘していた偉い方らしいが、論文を引用してくれないとか、研究費を切られたとか、学会で四面楚歌になったとか、弟子が裏切って攻撃してきたとか、切実なことでも普通は書かないようなことがバシバシ書かれていることがおもしろい。
●へんな本を買うひとがぼく以外にもいるということ
通信販売の古書目録で、『社会主義者になった漱石の猫』という本を見つけた。さっそく書店に注文したが、店主曰く「ものスゴく注文が来てます。」とのことで入手不可能。もちろん、この本は『こてん古典』の第22回で紹介されている本だ。いや、紹介されているというよりは−内容の80%ぐらいが社会主義の啓蒙書でおしいかな小説的興味に欠ける−と酷評されているのだ。それでも、欲しいという人が、こんなにいるとは全く驚くほかはない。もう古本マニアは行かなくなったSF大会は別にして、いったん『こてん古典』に名が載ったら、もう最後だ。どの本でもマニアが殺到し、もう入手不能になってしまう。『こてん古典』に名が載ったからと言って必ずしも重要な本であるわけではないことは自明の理であろうに。まったく誰が買ってしまったのだろう。
●『「立春の卵」と「コロンブスの卵」』のこと
これは前にちょっと名を出したトンデモ本だが、この本によると昭和22年、上海で始まった立春立卵騒動に対して日本では中谷宇吉郎、藤原武夫そして津野正敏の三人の科学者が科学的研究を行ったという。この中で津野正敏は高知県立窪川高校の教師であり、失礼ながら他の二人に比べると格下であるのだ。ここで津野正敏と、この本の著者、津野正郎との関係は、というと全く触れていないのだが、どうも親子としか思えない。
つまり立春立卵は親子二代にわたる執念の研究なのだ。このことに気がついたとき僕は恐ろしさに震え上がってしまった。トンデモ本は暗黒面への扉でもあるのだ。
●歯医者さんが書いたSFのこと
長編SF『海底に咲く花』という本を知っているだろうか。なんか似た題名のジュブナイルSFの名作があったような気がするが、関係はなかろう。この本、富山の古本屋で入手したのだが、困ったことに奥付がない。たぶんカバーにあったのだろうが、入手時にカバー無だったので正確な発行年月日と出版社はわからない。あとがきの日付から判断して、昭和54年だろう。
作者は市来英雄という人。イチキヒデオと読む。当時、四十歳の歯医者さんである。ここで、なぜ歯医者さんが出てくるかというと、驚いてはいけない、この本の副題はSF・虫歯予防大作戦というのだ。
内容を一言で説明すると、口の中で『ミクロの決死圏』して虫歯を治す話だ。これで、タイトルがなぜ『海底に咲く花』なんだろう。ちょっとひどい。
このミクロの決死圏的虫歯治療は21世紀の海底都市マリンフラワーで行われ、海底都市の描写も多いから、わからないでもないが、『海底に咲く花』とくれば、どうしたって、これが虫歯予防啓蒙小説とは思えない。ずるい、汚い、インチキと普通の人なら言うかもしれないが、トンデモ本収拾家としては収穫である。
さて、舞台は海底都市、ここに世界連邦最大のVIPたるミスターXが視察に訪れる。だがミスターXは突然の病に倒れてしまう。その原因は虫歯であった。
そこで海底都市の研究所で新たに開発された「極超小型ミクロロケット」スーパーオーラル一号の出動になる。ミクロの決死圏ではあるが、スーパーオーラル一号は大きさ〇.一ミクロンの遠隔操縦船であり、人間が縮小して乗り込むわけではない。スーパーオーラル一号はX氏の口のなかで虫歯の原因たるプラーク怪獣(プラークとは口の中のゴミ)と戦い、ミスターXの口と体の健康を回復させる。虫歯から入りこんだ細菌が全身の病気をおこしていたのだ。
しかしミスターXの暗殺を理由もなく狙う謎の怪人ミスターキラーは密かに工作員を放っていた。破壊工作のため、スーパーオーラル一号の針路が狂ってしまう。目的地は脳。もし脳に入りこんだらいくらスーパーオーラル一号が小さくても血管を傷つけミスターXは死んでしまうのだ。
もちろんスーパーオーラル一号は無事に回収され、ミスターキラーとその一味は秘密基地ごと世界連邦政府のレーザー衛星の攻撃を受けて全滅してしまう。(どうして世界連邦がこんな物騒な兵器を持っているかというと、UFOなどへの備えなのだそうだ。)ミスターXも歯みがきを始めるようになり、めでたしめでたしで終わる。うーん。
いかにも『ごでん誤伝』向きの怪作だなあ。ところで、最近のニュースによるとシリコン加工技術を使ってミクロン単位の大きさの機械が作られるようになったという。この分野が発展すればミクロイドSやスーパーオーラル一号みたいなことが本当にできるようになるかも知れないわけだ。この作品も今は忘れ去られているようだけど、そのうちに予言が的中した本になれば、一躍注目されるようになるかもしれないではないか。
●メトロポリスのこと
創元推理文庫から『メトロポリス』が出た。SFマークではなく帆船マークであるところが好感がもてる。
しかし、この本を見ていたら同僚から「これ、この前、映画になったヤツだろ。あの、最強の警官とかいう」と話し掛けられた。どうしたらロポコップと間違えることができるのか想像もつかない。よく考えてみると表紙は、なんとなくロボコップと思われてもしかたがない。暴動を起こした労働者達の前にロボコップが現れ、一方的に打ち殺していく−なんて映画を考えてしまった。
昔、どこかのファンジンでメトロポリス=地下鉄警察,というアイデアで書かれた作品を読んだことがあるが・・・
●大正十六年と昭和六十四年
昭和が終わってしまった。昭和63年ぎりぎりまで、昭和64年が架空年号になるかどうかはコレクターの間では一大関心事だったに違いない。大正天皇の崩御は急であったため、大正16年発行の雑誌はかなりあり、専門に集めている人すらいる。『こてん古典』でも大正十六年の<科学画報>を注目している。昭和64年が架空年号になれば、かなりのコレクターアイテムになるであろう。
結果的に昭和64年は存在したが、それよりも困ったことは大多数の雑誌は卑怯にも元号記載をやめてしまった。結果的には昭和64年は存在し、昭和64年1月20日のような架空年月日発行の雑誌も一部にはあるものの、大正16年発行ほどのインパクトはない。少し残念なことである。
●あの学天則の西村真琴氏が『こてん古典』に出ていること。
西村真琴は『帝都物語』で一躍有名になった日本最初のロボットの製作者であり、俳優の西村晃氏の父親である。『帝都物語』の映画では西村晃氏が父親の西村真琴博士を演じて大いに話題になった。
ところが彼の書いたSF作品が『こてん古典』で紹介されていることが驚くほど知られていない。それは『五十年後の太平洋』という作品で第13回で紹介されている。それだけではなく(文庫版では)ロボット研究の第一人者と紹介されているのだ。
第42回では学天則の名こそ記していないが、石川喬司氏のアンソロジイ『四次元の殺人』の解説を紹介し、西村真琴氏が俳優の西村晃氏の父親であることも書いてある。それなのに僕の知っている限りでは、学天則の開発者が『こてん古典』で紹介されていることを誰も気がついていないようだし、なぜか荒俣宏氏も引用しない。
最も横田氏の評価は「必要以上に手法に凝りすぎてしまって、内容には乏しいようだ」というきびしいもの。記憶に残らなくても無理はないかもしれない。
考えてみると、この評価は学天則というロボット自体についても言えるのだ。やはり横田さんは鋭い。
●『封神演義』がおもしろいこと。
話は全く変わるが、中国の小説のうち、とくにSF的でスケールが大きく、おもしろい作品といったら『西遊記』をおいて他にはあるまいと思っていたのだが、最近『封神演義』が講談社文庫から訳され、あっさり考えが変わってしまった。「中国三大奇書を超える」などと惹句にあったが、まさか本当とは思わなかった。もし読者のなかで未読の人がいたら、『ごでん誤伝』なんか読んでいないで、すぐに『封神演義』を読むことをお勧めする。この項は冗談などではない。本当に日本SF史に残る事件ではないだろうか。
もう一つ、孫悟空の話題。孫悟空が不毛を意味する石から生まれたというのは、ハッハッハッそうですか、という冗談かと思っていたが、これはマチガイだったようだ。
『アジアの宇宙観』という講談社から四千八百円というおそろしい定価で出た本を見ると、中国においては石は宇宙卵であり再生のシンボルでもあるという。(同書百九十四ページ、中国人の宇宙観−卵と石のある風景−中野美代子氏)
『西遊記』の評価のようなことでも意外なことが、まだまだいくらでも出てくる。なかなか世の中は奥深いものだ。『封神演義』についても、なんでこれが今まで日本に紹介されていないのか不思議でならない。九尾の狐の話は伝わっているから全く伝わらなかったわけではないはずだし、SFにも何かの影響を与えているかも知れない。ごぞんじのかたがあったら、ご教示いただきたい。