TDSF叢書1

日本SFごでん誤伝

余桁分彌(現 藤倉珊)著

TDSF叢書発行委員会 平成元年8月20日発行

第一部 普通への夢



第7回  つーるとかーめがすーべったー

 このまえの『と』の編集会議のときだ。
「『北斗の奇跡』という本をもう見たかい。」
 編集長にこう言われて僕はあいまいに「あー」と答えた。そんな本、全然知らなかったが、仮にも「怪しげ本よろず請負」の看板のもと、ごでん誤伝などを連載している立場では正直に「いいえ、今日は本屋を廻って来なかったので・・・」などとは決して言えない。
 しかし、さすがに編集長。もう答えを察してか、袋から一冊の本を取り出した。
『北斗の奇跡−北斗供養護摩の秘法−』帯の背に「あなたを幸せに導く」と書かれている。
 一見して、宗教関係のトンデモ本だとわかる。
「あー、なんだか北斗の拳みたいな題ですねー。」
と僕がいうと編集長は頷いて、喫茶店内だというのにも構わず、第六章の冒頭を読みだした。

   一指を以て天空を貫き 魂の根源まで到達す
   これぞ「北斗の最大の秘義」にして
   汝等もし超生を得たくば 一指の開眼を得べし
   これはかつての数多くの求道者が捜し求めた奥義なり

「どうだ、北斗の拳そっくりだろう。」
「なるほど、確かにすごいですねー。しかし、宗教ものはこのまえ一回やりましたから、一寸これをネタにはしたくないですね。それにこの本、出たばっかりだし・・・」
 しかし編集長はきっぱりと言った。

「 帰 っ て 直 ぐ こ れ を 原 稿 に す る ん だ 。 」


 と云う訳で、編集長から定価九八〇円の『北斗の奇跡』(徐錦泉著、東方出版S62年)を借りて来たのだが、当然のことながら、この本には北斗神拳に関することは全く書かれていない。まあチャクラの解説と中国拳法では「気」を利用しているということに触れている部分が、強いていえばこじつけられないこともないが、これだけではとても北斗の拳と結びつけるわけにはいかない。
 うーん。困ったと思っていると第四章の題が「カゴメ、カゴメ」となっていることに気がついた。無論、トマトジュースのことではなく、わらべ歌のカゴメである。なんで古代中国、古代インドの秘法をあかすと称している本に日本のわらべ歌の説明が載っているのだろうか。

 実は、この本によるとカゴメ、カゴメのわらべ歌は神からの謎かけであるとしているのだ。カゴメのわらべ歌は、意味不明のうえ、なんとなく不気味であり『帝都物語』や『みじめ、愛とさすらいの母』、さらには『お六一座冥府開帳』などの作品で効果的に使われていることは今さらぼくが書くまでもない。しかしノストラダムスの大予言的な解釈は僕には初めてだ。それに仮に神様からの謎かけであるとしても、どうしてそれが日本のわらべ歌であるのだろうか。著者によると神からの謎かけ(カゴメのわらべ歌)の答えが北斗供養護摩だというのだが、日本のわらべ歌で謎をかけて古代中国の秘法で答えを示すとは神様もずいぶんまわりくどいことをするものである。
 だが、このわらべ歌の解釈がちょっと面白いので紹介してみよう。

(わらべ歌)(神示)
カゴメ カゴメ 篭の中の鳥は
 何時何時出会う
夜明けの晩に
 鶴と亀がすべった


後の正面だあ〜れ
カゴメ カゴメ 篭の中の鳥なる衆生等は
 何時何時 道(救霊の道)に出会う
白陽の夜明け 末法の晩に
 鶴と亀(北と南が)すべる時に
地軸は移動し 水火風の災い来る
 救いの主は汝の後に立ちて正面を点
後の正面 それは だあ〜れ(吾なり?)

 しかし、この解釈はなかなかすごいではないか。カゴメが篭目−六芒星であることは他でも指摘されることらしいが、<鶴と亀がすべった>の意味が極移動を意味するとは面白い。著者は(当然と言うか、なんと言うか)地磁気の逆転と地球そのものの逆転を混同しているのだが、極移動の原因として「氷帽オーバー転覆移動説」をとっている。これは極の氷が増えすぎるために地球のバランスが崩れるというもの!一部を引用すると−あたかも定員オーバーのボートがバランスを崩してひっくり返るようにこの地球もひっくり返ってしまう−などと書かれている。地球がいったい何に対してひっくり返るのか深く考えてはきっといけないのだろう。
 なお極移動説の応援?としてヴェリコフスキーなどの説を持ち出していることも付け加えておく。

 なお「鶴と亀」を北と南と解しているのは次の理由に拠る。古来より、東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武を配置する。玄武とは亀である。故に亀は北を表す。朱雀とは鳥であり、鶴に通ずる。故に鶴は南を表す。
 ふーん。すると亀仙人がつかう拳法は北斗神拳、鶴仙人がつかう拳法は南都聖拳だったのか。(編集長の希望どうり北斗の拳につなげたぞ。)

 さて、これだけスケールが大きい?破滅を予言し救いを訴えるこの本の目的は結局は、「北斗七星護摩」の祈祷を勧めることにある。中国五千年の秘法と帯に書いてあるわりには「この北斗七星護摩の護摩符、護摩木が祈祷されるようになったのは、昭和六十一年の六月二十九日からです。」というから著者独自のものらしい。
 護摩符、護摩木の入手先について記してはいないが、著者が製造、販売しているのは、間違いないことだろう。このあたりの手口については、ズバリ「新興宗教の正体」(あっぷる社)という暴露本もあるのだが、これはごでん誤伝の対象ではない。

 その御利益の体験談として、体験(一)「子宮筋腫が治った」、体験(二)「親子関係が良くなった」、体験(三)「合唱コンクールで入賞」・・・
など十一の実例が挙げられているのだが、極移動の予言までしているわりには急にスケールが小さくなってしまうのは何故だろう。
 カゴメのわらべ歌の解釈を扱ったSFとしては荒巻義雄氏が徳間から出している長編推理伝奇SF『古代かごめ族の陰謀』という作品があり、この童歌は北方の鶴トーテム族と南方の亀トーテム族の統合を表しているという仮説を紹介しているが、これまた『ごでん誤伝』の対象外である。(つるとかめがすーべった、を鶴と亀が統べったと解しているのだ。北と南が逆なのは、どっちが正しいのだろう。)

 なお、僕の一番好みの「鶴と亀がすべった」の解釈は別役実『鳥づくし』の中に述べられている解釈である。この本は日本に於けるトンデモナイ本の最高傑作ではないかと僕はおもっているのだが、『ごでん誤伝』では取り上げる対象として「あきらかに著者が意図したこととは異なる視点からみて評価できるもの」という自分で定めた制限があり、『鳥づくし』は明らかにこれに引っ掛かってしまうのだ。(思索社から出版された『鼻行類』という本もトンデモナイが、やはりこの制限に引っ掛かる。残念。)
 紹介こそ出来ないが『鳥づくし』と『鼻行類』は(もし『と』を見るほどの物好きであれば)けっして買って損をする本ではない。別になにももらったわけじゃないが、ぜひおすすめする。
 では、また来月。

(編集長へ、北斗の拳病ははやく治したほうがいいですよ。)




日本SFごでん誤伝連載第8回に続く


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