余桁分彌(現 藤倉珊)著
TDSF叢書発行委員会 平成元年8月20日発行
スケバン刑事III少女忍法帖伝奇を例に出すまでもなく今、ニンジャがブームだという。しかし、あのニンジャムービーというやつは一体なんなんだろう。トンデモナイSFを軽く超えてスゴイ。
某ニンジャムービーのムックの中で「ヘンなアメリカン忍者が横行する中、これは正統派のおすすめ品」と評されている『ニンジャII、修羅の章』というのはマトモかと期待したが、なんと冒頭いきなり金閣寺が写り、TOKYO JAPAN とテロップが入るというむごさである。
いわんや、「荒唐無稽という文字さえ恐れをなして逃げていくほどの、とんでもないご都合主義、恥し気のまったく感じられないイタダキ精神、いったい何を考えているのだろう。」とまで評される『クラッシュ・オブ・ザ・ニンジャズ』とか『バイオニック・ニンジャ』などの内容は想像するだに恐ろしい。なんでこれほど酷い国辱映画が許されるのだろうか。などと考えていたらサムシンググッド社の広告が目についた。
「NINJAは適当を許してくれる」うーん、そうだったのか。
さてこーゆうくだらない冗談を書くからにはNINJAの本を紹介するのかと思った人は大間違いで、今回はNATTOの本を紹介するのだ。気の早い人は北大西洋条約機構、NORTH ATLANTIC TREATY ORGANIZATIONと関係あるなにかかと思われるかも知れないが、日本SFこてん古典をリアルタイムで読んでいた人には、これがナットウ−あたたかいごはんの上にかけて食べる納豆のことだとすぐにわかるはずである。
調べてみて意外だったが、SFマガジン二〇四号に掲載された日本SFこてん古典第三十一回「古典SF Q&A・3」にはNATTO大三角形の話がちゃんと載っているのに、今回単行本で探してみたらどこにも載っていなかった。古典SFとは何の関係もない話だから落としたのだろうが、実に困った話だ。SFマガジン二〇四号を読まない人にNATTOと書いたら、反関西の秘密組織と思われてしまうかも知れないではないか。
さて今回紹介する本は、その名を『なっとうの神秘』という。著者は永山久夫といい、たべものについてはこの他にも数多くの著書がある。現在入手しやすいものでは旺文社文庫から『たべもの超古代史』など五冊出している。(連載当時のこと。現在、文庫ごと絶版)この本は昭和52年にアロー出版社から発行されていて、「健康の秘密兵器なっとうのすべて」という副題がついている。これでこの本が健康法の本であると思い込んだ人が多いだろう。だが、ちょっと待ってほしい。第1章の題が『古代なっとうの謎』で、その第1項が『なっとう菌の超能力』であっても、ただの健康法の本でかたずけられるだろうか。
僕が、この本を入手したいきさつは少々長くなるが、何がきっかけになってトンデモ本に辿り着くか分からないという実例を示す意味で書いておこう。
数年前、僕はSF研の後輩で農芸化学科の男と話していると、どーいう訳か思い出せないが、とにかく納豆の話になった。ここで随分と、意外な話を聞くことになった。
「あの納豆のネバネバですね。あれはD型アミノ酸から出来ているんです。」
「エー、まさか!」
アミノ酸には光学異性体があり、かつ生命を作っているアミノ酸はL型のみであることはSFファンの間でも、ほぼ常識として知られている話である。それに真向から歯向かう話が納豆から出てくるとは!
詳しく聞いてみると、確かに普通の蛋白質を作っているアミノ酸は、L型のみから成っているが、それ以外のところ−ネバネバとか細胞壁の部分とか−にはD型アミノ酸が含まれていることは、決して珍しいことでは無いそうである。特に納豆の場合、細胞の周りをD型アミノ酸からなるネバネバで包むことによって他の微生物から自分を守っているのだというのである。
この話は他の人にも聞いてみたが、生命起源のD型アミノ酸があり得ることは、その分野の人には常識的な話で有るようだ。それはともかく、彼は納豆菌の強さについて『なっとうの神秘』という本があり、研究者の間で知られていることを教えてくれた。それ以来、僕はその本をかなり探しまわったのだが、見つけることは出来なかった。ところが意外にも、某市民図書館で検索したら、あっさりと見つかってしまった。わからなかったも道理、生物学ではなく健康法の本だったのだ。しかし、出版社は健康法の本を書かせたかったようだが、内容はそれを遥かに超えて凄まじい。第2次世界大戦中ドイツ軍はUボートに納豆を積み込んで戦ったとか、赤痢やチフスも納豆を食べれば罹らぬとか、かなり過激な内容である。まあ農芸化学の教授がこの本を褒めたそうだから多分本当の事であろう。(ぼくは権威には弱い方で、教授が言ったと聞くとすぐ信じてしまう。)
しかし、第1章『古代なっとうの謎』の中で「謎の女王卑弥呼の美容食」という項だけはちょっと疑問がある。なにしろ、邪馬台国の卑弥呼が納豆を食べていたというのだ。
卑弥呼は、邪馬台国の女王であると同時に、鬼道で近隣の群小国家を威圧する、おそ
ろしい霊媒でもあった。(中略)薄暗い部屋にとじこもりきりのような生活をしていれ
ば、運動不足になって消化器官のはたらきが低下し、便通が異常になりやすい。便秘ほ
ど超能力の障害になるものはない。(中略)とくに重視したのは大豆発酵食品ではない
だろうか。大陸との交流もひんぱんにあったから、中国の唐納豆もとうぜん入っていた
とみてよい。(中略)唐納豆よりは、はるかに簡単にでき、しかもやわらかな糸引き納
豆の方をもっぱら愛用したのではないだろうか。(中略)卑弥呼の美肌と長生きの秘密
は、糸引き納豆を主とする発酵食品と新鮮な生野菜にあったのではないかと、筆者は推
測している。
はっきり言って古代史の中で全く謎である卑弥呼をつかまえて、好みは糸引き納豆か、唐納豆かを
論じているのは強引を通り越して妄想に近い。だいたい−便秘ほど超能力の障害になるものはない−
とはどういう意味だろうか。しかし、著者の邪馬台国と納豆へのこだわりは激しいもので、卑弥呼納
豆食説を信じて疑わない。
ことわっておくが、この本はこれまで「ごでん誤伝」で取り上げてきた大部分の本とは異なり、基
本的にはマトモなものである(と信じたい、少なくとも物理的な矛盾はない)。なにしろ農芸化学の
教授がほめたと聞いているのだから。(繰り返すが、僕は権威には弱いのである。)だがこの著者が
納豆へ寄せる愛情が余りにもストレートに表現されるので普通の神経ではかなり戸惑ってしまうのだ。
そのもっとも極端な例は第五章「なっとうの驚異と薬効57」の第二項「人類は滅びても、納豆菌は生
き残る」だろう。この項で主張していることは、要するに
と言う単純な三段論法なのだが、問題は著者がこれをたいそう喜ばしいことのように書いている事だ。僕は納豆を好んで食べる方だが、それでも人類は滅びて納豆菌が生き残ると言われても全然嬉しくはない。ここらがこの本のごでん誤伝たる所以なのだ。(もっとも「うる星やつら」のLD五十枚組みを地下シェルターに持ち込み、これで人類は滅びてもうる星は生き残ると信じて悦に入いる人間は僕の周りにかなりいる。)
この本には他にも九十種を数える納豆の料理法(その中には納豆ハンバーガーとか初恋カナッペとかがある。)、全国五十ヶ所に近い納豆風土記など見逃し難い所が多いが、きりがないので第五章、第五十七項「未来の納豆」を紹介して終わる事にしよう。ここで紹介されるのは〔米納豆〕という大胆なアイデアである。
これは玄米に納豆菌を作用させ、納豆状にして食べようというものである。こうすれば米の栄養分を百パーセント活用できるし、炊飯の手間もいらない。まさにセンス・オブ・ワンダーにあふれたアイデアである。食料問題を扱ったSFは数多いが、米の納豆化というアイデアは、僕の知る限り、未だない。未来人が糸を引きながら米を食べる姿は、考えようによっては、ウドンよりもいいかもしれない。(ハリソン・フォードが屋台で糸ひき納豆を食べる姿を想像すると楽しい。)
〔追記〕この著者は昭和63年2月に、今度は『きな粉健康法』という本を出している(双葉社)。まあ、同じ大豆からできたものには違いないが、。聖徳太子がきな粉を食べて活躍したなどと平気で書いてあるのを見ると、いい加減にしろと言いたくなる。
では、みなさんも健康には気をつけて。