TDSF叢書1

日本SFごでん誤伝

余桁分彌(現 藤倉珊)著

TDSF叢書発行委員会 平成元年8月20日発行

第一部 普通への夢



第4回  UFOの領空侵犯を告発せよ!

 前回取り上げた『地上天国の建設』の巻末にある霞ヶ関書房の書籍案内には『万世一系の原理と般若心経の謎』という本がのっていて次のように紹介している。

 空飛ぶ円盤は、数万年前ムウ大陸で無数にあげられたものが、今日尚成層圏で飛ん
でいるものが、時々空中に突入してくるのであるが、このロボットには法則の波長が
あって息吹されているから、地球人の波長の合う人が思念すれば姿を見せるのです。

 なかなか大胆な発想と前衛的な文体で好みではあるが、この後「般若心経の謎」がどういう風に付いてくるのか考えると不安である。それはさておき、UFOと宗教を結びつけた著作は別に珍しいわけではない。比較的多いパターンは

  1. UFOと宗教の結合、多くは宇宙人は救世主。
  2. UFOと古代史の結合、例えば、ピラミッドを作ったのは宇宙人。
  3. UFOと予言書の結合、宇宙人は警告を発している。
  4. 以上の組み合わせ。
 というところだろう。少し変わったところでは、UFO自作派とかCIA陰謀派などがある。
 しかし、今回紹介する『E.T.の地球攻撃を許すな!』はUFOの領空侵犯を指摘しているという点で数多くのUFO本の中、異彩を放っている。
 渡辺威男著『E.T.の地球攻撃を許すな!−もはやUFOには愛も希望も託せない−』は一九八三年にトクマブックスの一冊として発行された。四年前には駅の売店でも売っていたのを覚えている。メジャーな本であるから知っている人も多いはずだが、案外と言うべきか、当然と言うべきか、SFファンの大部分はこの手の本を見ると条件反射的に目をそらすため、僕の周りでは殆ど知られていなかった。しかも今回しらべたみたところ、残念なことと言うべきか、当然のことと言うべきか、既に書店の棚には見当たらなくなっているようである。と言うことから「と」の読者がこの本を知らないと仮定して先を進めることにしよう。
 先ず、本の帯に次のように書いてある。
「E.T.の冷厳で仮借なき地球攻撃を告発!!領空侵犯、不法着陸、無断調査、示威的軍事行動、無差別テロ・・・etc 」
 やはりこの領空侵犯という指摘が鋭い。盲点と言うべきかもしれないが、僕の知るかぎり初めての指摘である。ただし、異星人に地球の法律が適用できるかという難しい問題があるためか、本の中では深く追求していないことは残念である。
 この本は「UFOは侵略者であり地球人は星間戦争に備えなければならない」と主張する。しかし、そのために示した35の事例の解釈は我田引水極まるものであり、逆の意味でおもしろいといえないこともない。だがSFファンとして興味深いのは次のような科学技術に対する議論であろう。
 UFOを侵略者とみなす場合、「地球人よりはるかに進んでいる異星人にとって地球人が脅威になるわけがない」という当然の発想を説明しなければならない。UFO本の多くが宇宙人の性善説をとっているのもこの理由に拠るところが大きいと思う。
 ところが渡辺氏は「地球外の知的生物は人類の宇宙進出を恐れている」と断言する。彼はアメリカのUFO調査チームがスプートニクを丸木舟に例えたことの揚足をとったつもりで、丸木舟から豪華客船まで一万年以上かかったが、スプートニクからアポロまでは僅か十二年であると述べている。恒星間飛行の困難に比べたらアポロもスプートニクも同程度としか思われないが、著者はそんなことにかまわず、なんとダイダロス計画を持ち出してくるのである。
 ダイダロス計画については御承知のことと思うが、この本の紹介はちょっと変わっている。なぜか恒星間探査船を第1世代と第2世代に分けるのである。著者に拠ると、第1世代は障害物の情報収集に任務とする原始的なもので、第2世代は高度な人工知能を装備したものだという。この分類がどこから出て来たのかわからないが、ひょっとするとダイダロス計画の原論文に有るのかもしれない。恒星間旅行の本質とは、なんの関係も無いはなしのはずだが、著者はここに非常にこだわり、恒星間探査船の第1世代は必ず原始的で、ただ与えられたコースを直線的に進むものと決めつける。
 そして、著者の論理はここから暴走する!先ず恒星間には多くの障害物があることを述べ、ダイダロス計画の準備では不十分であるとする。著者が提案する方法は
  −強力なビーム兵器を多数装備し、またこれらとは別に数百メガトンの超大型水爆を搭載した“特攻”前衛船を多数配置しておき、必要に応じて障害物を爆砕してガス化してしまう用意が必要にならざるをえない−
という物騒極まりない手段である。この方法には疑問があるが、著者は次の結論を導く。

 かくて明らかなことだが、われわれの側には具体的な攻撃意図は全くない場合ですら、
異星人にとって地球人のこのような計画の実施は脅威となりうるのだ。もし、たとえば
バーナード星をめぐる惑星系に棲んでいるか、これを前進根拠地にしている異星人たち
がいて、惑星系内空間に多数の宇宙人工島を建設しており、有人宇宙船多数を飛ばして
いたとするならば、この種の探査船団の地球からの飛来は単なる脅威どころか事実上の
攻撃であることに疑問はない。秒速三万キロメートルで惑星系内を通過する各探査船団
の衝突コース上にあるすべての人工島や宇宙船は、容赦なく爆砕されガス化してしまう
ことになるのだ。

 つまり、異星人はダイダロス号の障害物対策を恐れるあまり、先制攻撃として地球にやって来て破壊工作その他(子供いじめを含む)をしていると言うのだからおそれいってしまう。いくら秒速三万キロメートルのスピードと言っても、有人宇宙船多数を飛ばしているほど技術に優れている異星人がそれを探知し、避けることが出来ないわけがない。それに人類が本当に恒星間宇宙船を発進させるときはこんな危ないことをするとは思えない。ダイダロス計画がこうも曲解されていると知ったら英国惑星間協会も驚くことであろう。
 著者紹介に拠ると、渡辺氏は東大卒、博士過程終了後(理論経済学だそうです。)長野大学などで教鞭を取るが、地球外生命体の侵略に危機感を覚え、教職をなげうち、本格的にUFO問題の研究に没頭という。こわい先生もいたものである。
 また彼はCETIの会会員かつ「日本の見えない大学」情報部長だというが、この「日本の見えない大学」という組織に情報部長以外の人がいるとは特に書いてはいない。しかし、もっと不思議なのは著者がなぜCETIの会会員なのかということだろう。
 御存知の通り、CETIとは異星人との(主として電波を用いた)通信を計画するグループであり、当の異星人がすでに地球に来ている、とする著者の立場とは全く前提が異なるはずである。ところが驚くべきことに、渡辺氏は電波天文学の権威で、日本におけるCETIの代表格である森本雅樹教授らを(たぶん)勝手に友人あつかいしたうえで、次のような詭弁のウルトラCをやってのける。

 地球の天文学者たちが、UFOの存在を無視したふりをして、何十光年も先の星に電
波望遠鏡を向けて星間通信の観測を続けていることは、異星人に対する一種の抗議の意
志と具体的要求の所在を示す公然たる行動として、私の立場からも高く評価できますよ。
断りなしに大気圏内に侵入し、勝手放題の行動をしているのはケシカラン。もしわれわ
れとどうしても接触したいのなら、いったん太陽系外に撤退し、電波を通じて丁重な申
し入れをしてこい。それが礼儀にかなった星間外交の手続きとわれわれは考えているの
だ−−というわけですよ。連中がそれに必ず応じるとは限りませんが、可能性が全くな
いとは思われません。

 これには驚いた。天文学者は「UFOの存在を無視したふりをして」あえて毎日苦労してUFOに無言の抗議をしているというのだ。天文学者に対し「事実を認める勇気がない」とか「CIAに脅されている」とかいう本ならよくあるが、ここまで奇怪な解釈は初めてである。まさにトンデモネーとしか言いようがない。こういう本が全国的に売れたらしいから昭和というのもいいかげんな時代だったんだなー。

 今回はもうひとつトンデモネー本を紹介しよう。去年ハレー彗星が接近するに伴い、書店店頭には確実に異変が起こり、さまざまなキワモノが出現したのだが、そのなかで僕が一番ひどいと思ったのがこれから紹介する『ハレー彗星の大陰謀』だ(有賀龍太著、56年ゴポケット)。余談だが僕はこのタイトルを見ると「ハレー彗星」が陰謀を企んでいるとしか思えない。
 それはさておき、内容は裏表紙に大体書いてある。さらに要約すると

 一九八六年、ハレー彗星が地球に異常接近する。また一九八二年、惑星直列が生ずる。この2つの現象がほぼ同時におきるのは千六百年に一回であるが、このとき人類はきまって半狂乱状態になる。その理由は2つの天体現象により太陽黒点に異常が起き、8サイクルの電磁波が生ずるためである。これは人間の脳波と同じサイクルであり、そのために人類は半狂乱状態になる。そのために一部のエリートによって地球脱出計画が密かに進められている。

 ということである。ここで僕が納得できない点の一つは、(2)の実例が「ゲルマン民族の大移動」と「ノアの方舟」であること。少なくても「ノアの方舟」は歴史的事実とは言い難いし、たとえ何らかの事実があったとしても、その原因は気象現象にあり、人類の半狂乱状態ではないと伝えられている。
 もう一つ納得できない点は、アメリカの一部エリートが地球脱出を計画しているというが、原因が太陽黒点にあるかぎり太陽系脱出でなければ意味が無いこと。著者はこの点を完全に無視している。(たぶん気がついていない。)さらに太陽黒点に異常が起きると8サイクルの電磁波が生ずることを科学的事実だと称するが、8サイクルと言えば波長三万七千五百kmという大変な超長波であり、どういうメカニズムで発生・伝達するのか僕にはさっぱりわからない。(根拠記載無し)

 このように基本設定?にかなり無理があるのだが、ストーリー?をざっと紹介しよう。三島由紀夫が割腹自殺したころ、「私」の友人Zが北アルプスで自殺した。Zは死の前にアメリカに留学してなにかを研究していた。彼の残した研究ノートにL5という記号がありこれが陰謀を解く鍵となった。というふうに始まる。
 ここでなぜ三島由紀夫が写真入りで出てくるのか僕には全く不明。ただ本当に三島の自殺したころというだけなのに・・・ひょっとしたらオカルトには三島由紀夫が付き物なのかもしれない。
 友人Zが残したL5だが当然ラグランジュ点のこと。なぜか著者は映画「二〇〇一年」を見て、気付いたと言っているが、面白いことにラグランジュ点は7つあると言っている。これはスペースコロニーを(不安定平衡点もかまわずに)地球の周りに7つも配置してしまった某アニメの影響であろう。

 さて話はナチスやDNAやテレパシーやドラッグがランダムに飛び出し、全く理解困難な論旨が続くのだが、要するに麻薬患者はテレパシーの能力が目覚め、その力によりNASAの陰謀を知るということらしい。妄想とテレパシーの区別をどうつけるのかは、もちろん明らかではない。
 とにかく結果としてT氏から受け取った秘密書類により陰謀がわかり、その末端組織であるL5協会と著者はアリゾナ州で接触することがクライマックス。そして接触し、どうなるかと言うと・・・実はどうにもならないのである。陰謀とか危機とかはどうなったのか全く説明されない。
 L5協会とは昔はわからなかったが、最近SDI支持をした民間団体ということで騒がれて、有名になってしまった団体のことであろう。秘密の陰謀組織とは、到底思えない。
 そういうところに科学知識皆無のオカルトライターが誤解したまま行って、相互に話が噛み合わないまま帰って来たというのが実際のことではなかろうか。まさに日本の恥!L5協会の人こそいい迷惑であろう。
 今回、紹介した二冊はいずれも古本で求めた。いくら僕でも、こんなもんに六八〇円と七三〇円を払うのは惜しい。しかし、どちらの本にも前の持ち主の書き込みがあるのには驚いた。真面目に読んでいる人もいるらしい。特に『ハレー・・・』には「神のミクロ的遺伝子−マクロ的は不必である」などと訳のわからん書き込みでいっぱいである。
 もっと恐いのは、この本には再版が出ていること。

  はたして人類に未来はあるか?などと言いながらトンデモ本の捜索は続く・・・
  奇説!怪説!また小説!




日本SFごでん誤伝連載第5回に続く


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