TDSF叢書1

日本SFごでん誤伝

余桁分彌(現 藤倉珊)著

TDSF叢書発行委員会 平成元年8月20日発行

第一部 普通への夢



第3回  恐れ多くも「地上天国の建設」具体案!

□ 神がかり本はちょっと恐い。

 さて、3回目になるのにちっともSFにならないこのシリーズ。申し訳無いが、まだまだSFにはなりそうもない。と言うよりもはじめからSFにするつもりなど全く無いのである。なにか古典SFについて、ちょっと書いてあるかもしれないなどと考えて読んでいる人がいるかもしれないが、そういう人にはお気の毒としかいいようがない。この先、まず古典SFはおろかSFの話になる可能性さえ〇・〇〇一%あるかないかだから無駄な希望は持たない方がいい。しかし読みはじめたものは仕方がない。もうあとの祭り、2回まで読んだものは3回も読む。この原則をまもらぬ者には必ず恐ろしい祟りがある。そこで、ごでん誤伝の祟りに苦しむ魂を救うため今回は宗教物を取り上げることにしよう。
 実はこのシリーズを始めるときに「宗教」がらみの本は扱わないつもりだった。理由は祟りがあるからではなく「トンデモナイ」ものが多すぎるのだ。神田三省堂の4Fの宗教のコーナーなどに行くと 「死んでも生きられる」 などと過激な文句が帯に書いてある丹波哲郎氏の本とか、釈迦・キリスト・老子・マホメットなど世界中の神様・聖者がそろって推薦文を書いている本とかがズラリと並んでいる。いくら僕がゲテモノコレクターといっても、この世界に足を踏み入れたら最後、一生抜けられぬどころかアッサリ死んでしまうのが目に見えている以上避けざるを得ないのだ。
 しかしである。「宗教」、特に新興宗教がゲテモノ本の宝庫であり、避けて通ることが出来ない分野であることも間違いない。そこであえて一冊、きわめつけのゲテモノを紹介することにしよう。
 その本の名は天照国彦著『地上天国の建設−その具体案解説−』と言う。

□ 前衛的宗教家の建設的提案!?

 この本のサブタイトルを見るとたいていの人は驚く。普通、宗教というと主に来世での幸福を取り扱い、比較的困難な現世における幸福は、あんまり保障しない。いくつかの新興宗教では御利益先取りの形を採り、病気を治したり、商売が繁盛したりといった奇跡を起こすものもあるが、少数の聖者による小規模なものであり、いってみれば(試供品)に過ぎない。さらに予言の形をかりて世界の改革を訴える宗派もないわけではないが、あくまで神様などの力による変化であって、自らの力による改革ではないし、改革後の具体的なプランを示しているものはまず無かろう。
 ところが、この本『地上天国の建設』は違う。具体案とはどの程度ものを言うのかというと、流通省の新設とか、教育法の改正などの内閣改造から、国民住宅の間取りに洗濯と物干し用に二メートル幅のベランダを付けることとか、物価庁が決めるコーヒーの給与点数は約百点など、細かいことまで詳しく述べているのである。それも信仰の力をあてにした社会設計ではない。ではどういうものかと言う前にちょっとこの本自体について述べておこう。
 この本、天照国彦著『地上天国の建設−その具体案解説−』は昭和51年に中野区にある霞が関書房から発行された。この出版社を僕は全然知らないが、挟まっていた図書目録によると他にも『ローム大霊講話集』とか『ヒマラヤ聖者の生活探究、全五巻』などの本を積極的に出版しているらしい。
 僕がどうして千五百円も出してこの本を買ったかというと、池袋芳林堂で目に付いたこの本のページを開くと偶然次のような個所に当たったからである。

 (前略)光りの分子、光子は中性微子陰性と反中性微子陰性の、愛のホームであり、
これが万物の大元祖であり、阿彌陀さんの光明のエネルギーである。それから電子は、
多数の光子群の素晴らしいダンス・パーティであり、ミュー中間子は、多数の陰性と
陽性の電子が、仲良く手をつないで踊り廻っている美しい廻転舞台である。
 それに対してパイ中間子は、ミュー中間子より大型であるが、この舞台は廻転しな
いので、多数の電子と陽電子が円筒状に群がって、各々一定の場所で踊っているので
これを坊主粒子という(後略)

 宗教と素粒子物理を強引に結びつけたものは『あなたの魂は素粒子発光体』など数多いが「坊主粒子」という用語を使ったものは初めてである。ほとんどこの坊主粒子という言葉に引かれて衝動買いしてしまったというのが正しい。

 しかし、この本の真の恐ろしさはこの物理理論にあるのではない。まず著者の天照国彦であるが(当然、筆名である)、著者略暦によると27歳で阿彌陀法眼54歳で無上正遍智、70歳で再臨のキリスト弥勒に変身、などと書かれている。出版当時72歳だったという。この本は基本的には弥勒を中心に救いを書いているから、まともな仏教の系列に属するように思うかもしれないが、実は弥勒というのは著者自身のことであるから注意が必要である。著者自身は自分を弥勒のほか大国主、大黒天、山幸彦、彦火火出見、浦島太郎、岩余彦、空海などであると主張している。
 ついでにヒロインの方は美三子、竜宮の乙姫、弁財天、、木の花咲耶姫、沼名河姫、弟立花姫、シオンの娘、純潔関日白淘宇都姫命大神、など数十の名を持つと言う。
 なんで、仮にも宗教の本にヒロインがいるのだろうかと言うと、実はこの本は著者の意図に関わらず、ポルノ小説として読めるのである。というのは、この本で地上天国の基盤は性生活であると説いているからである。新しい観点といえないこともない。密教で立川流とかいうものがあるそうだが、本書とは無関係のようだ。
 弥勒が性行為を通じて、地上天国を築くということは、前に書いたように著者が弥勒その人であるから著者がセックスしまくるということであり、実際この本では、そのような行為が主に書かれている。
 問題があるとすれば、著者がこの時点(弥勒に、つまりセックスによる救いに目覚めた時点)で七十歳の老人であることだろう。このあたりのことは第四話「神の子に成る道」に記されている。引用すると

 (前略)ところが七月二十八日の夕方頃、当時棲んでいた深江の浜へ散歩に行って、
タグボートをつなぐ、鉄柱に腰を下して休み、静かな水面を眺めながら思い出すまま
に「岩長姫命大神大慈母様」と十回位唱えたであろうか。
 その時急に私の一物が、むくむくと頭をもたげて強くいきり出し、それと同時に全
身に烈しい元気が漲って来たので私は大いに驚いたが、それと共に殆ど無意識的に、
ようしこう成れば、今後二十年でも三十年でも、せいぜい長生きして、岩長大母にこ
の御恩返しをしたい、と思い立った。

 教祖に神が降りるというのは新興宗教のパターンだが、「一物が、むくむくと頭をもたげて強くいきり出し」とは、なんともすごい。これ以後、すでに老妻に逃げられていた弥勒(つまり著者)は美三子という孫娘位の年の娘と「猛烈な交合訓練」に励むのである。それが弥勒になる道に必要だからであるが、非常に楽しいことであるとも書かれている。この本によると交合訓練の主な相手である美三子とは

美三子は身長一六三センチ、バスト九六センチ、ウエスト五八センチ、ヒップ一〇五
センチという、特別製の素晴らしい肢体の持ち主であり、彼女の黒い瞳はいい知れぬ
濃艶な深い潤いの色に満ち溢れて(中略)彼女のヒップはとても美しくて豊満で、そ
こには何ともいえぬ濃艶な妖気が漂っており(以下略、この調子で約一ページ続く)

なのであるが、そのすぐ後に

けれども、どんなに美しい娘でも毎日接していると、次第に刺激が薄れて来るので、巧く行かなくなるのである。

 と書かれている。かくて「妹分の香具夜姫を呼んで応援させる事となった。」とある。それでもダメだと「今度は香具夜姫が自分のお友達であるという娘達を、次から次と何人も呼んできて、私に与える様に成った。」というから、もはや乱行パーティ。
 なぜ、ここまでやるかというと、「名人になるには、どうしても一日に二十回行わねばならぬ」ためだそうである。(根拠不明)ところが、さすがに弥勒?七十過ぎというのに一日に三十五回まで達したそうである。はっきり言って頭がいたい。
 もっときわどい引用もしたいのだか、「と」の品位を落としては済まないので止めておく。もう、「地上天国」の構想はわかったと思うが、要するに国民全部がやりまくれば欲求不満も犯罪も住宅問題も無くなるというものである。なにしろ一夫婦当たりの必要面積を三平方メートルで計算しているのだから堪らない。

 まだまだ紹介したい部分は多いのだが、あえて全貌を知りたいという人も居るまい。はっきり言って理論面ではこの本、支離滅裂である。

 浦島太郎はホスセリの命であり、玉手箱を開く御霊である。そして浦島太郎は岩長
姫命の化身である竜宮の乙姫と結婚したのであり、四国の金毘羅大権現は浦島太郎で
ある。そこで、金毘羅大権現の浦島太郎実は大国主が、玉手箱「契約のヒツギ」を持
って熊野にくる。これを「コンピラ舟々、追手に帆かけて、シュラシュシュシュ」と
歌にのこしているのである。

 などとは、どう解釈したらいいものか。君、どうする!とでも書いて誤魔化しておくしか、しかたがない。
 巻末の「出版社のことば」にはこう書かれている。

 この書の著者は七十二歳の老体ながら一物を勃起させてその処置に困っておるよう
でもあり、又、愛人美三女子との間のセックスの猛訓練が行われて案配しておるよう
でもあるが、私は昭和二十年以降未使用のまま蓄積せられている精子の放射を青年読
者夫妻に代行して貰わねばならぬことになってしまった。

 著者が著者なら、出版社も出版社。なにがなんだかわからん内に今回はおしまい。 これも宗教ネタに手を出した祟りであろうか。




日本SFごでん誤伝連載第4回に続く


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