神風隊長復刻委員会委員長 南 要 著
(編集部註:本稿は94年夏発行の「強いぞ僕らの超合金ぜっ『と』」よりの抄録です。)
冒頭から、大変に見苦しいのだが、まず皆様におあやまりせねばならぬ事があります。
それは、『神風隊長.天界の美姫』の復刻が、又もや期限に間に合わなかったと言う事です。実際、最初の完成予定は、昨年の夏の筈でした。それが、昨年の冬、今年の夏とずるずる伸び、又もや完成しなかった事は、我ら復刻委員会メンバーの怠慢と無能以外の何物でも無く、全く弁解の余地はありません。
勿論、我々とて、その間、何もしていなかった訳ではなく、TDSFを始めとする諸氏のご協力の元、当時の雑誌の『神風隊長』関係のイラストを復刻した『神風隊長秘密画報』を昨年の冬には出版する等、活動は続けていたのです。
そこで、この誌面をお借りして、皆様に謝罪させて頂くとともに、何故、『神風隊長.天界の美姫』が遅れてしまったのか?その理由について、皆様に御報告させて頂く次第であります。
それは、一昨年の秋の事だった。ある日の真夜中、電話が掛かってきたのである。
酒を飲んだ勢いで、ぐっすりと寝ていた処を起こされた僕は、かなり不機嫌な調子で受話器を取った。
「ふぁい。南ですが..。(全く、今頃、何処のどいつだ!)」
「おお、南か!大変だ!」
電話の主は、僕の所属するファンダム、TDSFのメンバーであるK氏だった。普段、どちらかと言えばおっとりとした印象のあるK氏は、珍しく、ひどく興奮した様子だった。
「えらい事だ!とにかく、今度の日曜、すぐに上京してこい!(僕は、現在、関西在住なのである。)」
「はあ?Kさん、何言ってるんですか?大体、今、何時だと・・・。」
「うるさい!そんな事はどうでもいい!とにかく、天下の一大事だ!」
「そんな、大げさな・・・。まさか、Kさん、嫁さんに逃げられたとか?」
「違う!『神風隊長』だ!」
その一言に、それまで酔っぱらっていた僕の頭が、急に正気を取り戻した。
僕は、昭和17年から、帝国科学振興社と言う処から発行されていたSF小説、『神風隊長』シリーズを、著作権者が不明な為、無断で復刻して、TDSFの同人誌として、発表していたのである。
無論、それで儲けてやろうとか、SFファンの中で有名になってやろうなどという気は、少しもなかった。この『神風隊長』という小説が非常に興味深いものであったので、これは巷のSFファンに、是非とも紹介ねばなるまいと、正直、思ったのである。
この『神風隊長』と言う小説は、実は、E・ハミルトンの代表作とも言えるスペースオペラ、『キャプテン・フューチャー』の翻案物なのである。『キャプテン・フューチャー』が、1940年初出。そして、『神風隊長』が1942年出版と、年代的には、特に問題は無い。しかし、1942年と言えば、太平洋戦争のまっただ中なのである!この小説がいかに興味深いものであるかは、この事実からも判るであろう。
ま、まさか、神風隊長の著作権者が訴えてきたってんじゃ無いでしょうね?それとも、H書房が、版権云々と言って来たとか・・・。大体、あそこは『キャプテン・フューチャー』絶版状態にしてるくせに・・・。」
「そんなんじゃない!」
勝手に騒ぐ僕を、K氏が一喝した。
「『神風隊長』の新作が見つかったんだ。」
「し、新作!?」
僕は、この時点で、シリーズのうち『恐怖の火星鉄仮面』と『宇宙天狗党の驚異』の2作を復刻していた。当時の広告から『神風隊長』には、あと『危機を呼ぶ赤い帝国』と『太陽系赤魔団の逆襲』という作品があるという事が判っていた。見つかったのは、このうちのどれかに違いない。当然、僕はそう考えた。
「見つかったのは、『危機を呼ぶ〜』、『太陽系〜』どっち?」
「いや、どちらでもない。」
意外な答えに戸惑う僕に、K氏は言った。
「『神風隊長.天界の美姫』。これが題名だ。」
「『天界の美姫』!?そんなもの聞いた事ないですよ!」
「だから、大変だっていってるだろうが……しかも……」
K氏は、一旦言葉を切った。
「これ、何処で見つかったと思う?」
「ど、どこって、古本屋とか、どこぞのコレクターの放出品とか……。」
「聞いて驚くなよ……。」
K氏は、又、言葉を切った。全く、人を焦らすのが、そんなに面白いのだろうか?
「ええい!とっとと言って下さいよ。」
もういい加減熱くなっる僕に、K氏は、ぼそっと言った。
「アメリカだ……。」
「はあっ!?」
僕は思わず聞き返した。
「アメリカって、まさか、アメリカ合衆国のアメリカですか?」
今、考えると何とも間抜けな受け答えであった。
「そう。アメリカだ。『神風隊長 天界の美姫』は、アメリカで見つかったんだ!」
僕は受話器を握った侭、その場で絶句した。
と、言う訳で、僕は、次の日曜日、早速、東京へと出向いた。往復、2万5千強の交通費は、水呑み会社員の身にはかなり痛いのだが、事が『神風隊長』と言うのなら、そんな事には構っていられない。
僕が、待ち合わせ場所であるお茶の水の某喫茶店に着くと、K氏と、もう一人、僕の知らない男の人が待っていた。只、面識こそなかったが、そのK氏の連れが、いわゆるヲタクだという事は、瞬間に判った。(もっとも、むこうも僕を見て、瞬間に判ったんだそうである……。)
彼は、Uさんといって、K氏の大学時代のSF研の仲間で、現在は、S県で教職に付いているのだそうである。今回の『神風隊長』の発見は、Uさんの手によるものらしい。
挨拶もそこそこに、僕はK氏に言った。
「で、『神風隊長』ってのは!」
K氏は、静かに頷くと、鞄の中から、一冊の本を取り出し、おもむろに、テーブルの上へと置いた。
「これだ……。」
それは、かなり傷んだ本であった。いや、かなり傷んだなぞという程、立派な状態ではなかった。表紙は茶色に変色し、所々に何やら判らぬ滲みがあり、題名や表紙絵等は、殆どかすれて見えはしないし、裏表紙はちぎれている。中の紙も真茶色に変色し、ぼろぼろの状態である。おそらく、使用した紙の質も、当時の用紙事情から見ても、最悪の物であったのだろうが、それにしても、酷い。ちょっとでも触ったら、ボロリと崩れてしまいそうなのである。
僕は、そっとその本を手持つと、じっとその表紙を見た。確かに、そこには絵があり、そして、その絵の上には『神風隊長 天界の美姫』の文字がどうにか見えた。
「これは、一体……。」
僕は、思わずそう呟いた。その呟きを待っていたかの様に、Uさんが話し始めた。
読者諸君は、世界SF大会(ワールドコン)というものをご存知だろうか?年に一度、世界の何処かで開催される(北米大陸の場合が多いが)SFファンのお祭りである。近年は、日本からの参加者も多く、実はUさんも、この年の第50回大会(於オーランド)に参加したのである。(ちなみに第一回は、1939年。但し1942年〜45年までは、太平洋戦争で中止となっている。)
さて、世界SF大会会場で、Uさんは色々と楽しんで来た訳なのだが、その話は置いておくとして、大会最終日、一人で会場を歩いていたUさんに、一人のアメリカ人青年が、かたことのたどたどしい日本語で、声を掛けてきた。
「アナタ、ニホンノカタデスカ?」
背がヒョロリと高くおとなしそうなその青年は、「そうだけど」とUさんが答えると、うれしそうにニッコリと笑い自分のショルダーバックから一冊の古ぼけた本を取り出した。
「アナタ、コノ本、シッテマスカ?」
それこそが、『神風隊長 天界の美姫』だったのである。これには、Uさんも、たまげたらしい。
「神風隊長!!」
驚くUさんに、青年は目を輝かせると叫んだ。
「オー!アナタ、コノ本、シッテイルノデスネ!」
青年は、今にもUさんに抱きつきそうな勢いで、Uさんの肩に手を掛けた。
「ワタシノ祖父、コノ本、ニホンノヒトニカエシタイト、ズットオモッテマシタ。デモ、祖父、今年、シンデシマッタ。ワタシ、祖父ノ願イカナエテヤリタイデス。オー、マイ ゴッド!神ヨ、アナタノ御心ニ感謝イタシマス!」
目に涙を浮かべながら、興奮し叫び続ける青年を、Uさんは、唖然として見つめた。
どうにか、青年を落ち着かせ、Uさんは、その彼の話をよくよく聞いてみた。一体、この『神風隊長』の本を持っていたという、彼の祖父とはいかなる人物なのか?なぜ、彼の祖父は、『神風隊長』を所有しており、それを日本人に返そうと願っていたのか?
片言の日本語と、英語の長いやりとりの末、判ったのは、こういう事であった。
この青年の祖父、ドナルド・カーター氏(ちなみにこの青年は、ジョナサン・カーターという名前であった)は、少年の頃からのSFファンだったそうである。E・R・バロウズや、A・メリットに始まり、E・E・スミス、J・キャンベル、E・ハミルトン等を貪る様に読み、パルプ誌を買いあさり、イラストをスクラップし、更には、幾度か小説を持ち込んだ事もあるそうである。残念ながら、これは物にはならなかったそうであるが……。
そんなSF少年から、SF青年になったドナルド・カーター氏は、太平洋戦争が勃発すると、やがて、海兵隊へと志願した。太平洋各地を転戦したドナルド・カーター氏の部隊は、1945年2月、硫黄島に上陸した。おおよそ4週間の間の闘いは、壮絶を極めたが、物量、装備ともに優れた米軍の前には、日本軍は玉砕の他に道は無かった。
既に、硫黄島の闘いも終盤を向かえたある日。カーター氏の部隊は、死に物狂いの日本兵による突撃を受けた。俗に言われるバンザイ突撃という奴である。火力に勝るカーター氏の部隊は、突撃して来る日本兵を、次々と撃ち倒した。そして、日本兵は、結局、一人残らず撃ち殺された。
カーター氏を始めとする米兵には、この日本兵達の行動は理解出来なかった。撃ち倒しても、撃ち倒しても突撃を敢行して来る日本兵。死を恐れぬのか、それとも・・・。「何とも不気味で、人間とは思えない黄色い猿」。これが、カーター氏の偽らざる日本人感であった。
彼らは、戦闘を終えると、今、倒した日本兵達の持ち物を調査し始めた。カーター氏が調査したのは、自分と年の変わらぬ、まるで、少年の様な兵隊であった。丸顔に丸縁の眼鏡。おとなしそうな顔立ち。とても、今、自分目掛けて突進して来た悪鬼の様な日本兵とは思えなかった。
「全くジャップってのは判らねぇ・・・。」
カーター氏は、その少年兵の、軍服の胸の部分から、何か、本らしき物が覗いているのに気が付いた。少年兵は、その本を大事そうに抱え込んでいた。カーター氏は何気なくその本を手にとった。その少年兵は、過酷な戦場の中、肌身離さず持ち歩いていたのだろう……。本はボロボロになっており、そこそこに泥とも血ともつかない滲みがついていた。表紙には、日本語と、かすれて判らぬ何かの絵が書いてあった。
「黄色い猿でも本を読むのか!」
からかい半分で、カーター氏は、パラパラとその本をめくった。当然、氏に日本語は判らない。彼は、その本を一通り見たら、捨てるつもりであった。ところが、ある頁に至って彼の動きが止まった。彼はその頁を見た瞬間、体全体が凍りつく様な衝撃を感じたのだ。
それは、一枚の挿し絵であった。そこに描かれているのは、間違い無く、一台のロケット。宇宙ロケットが、轟然と炎を吹き出し、輝く星々の中を突進している絵であった。
「こ、これは!?」
その絵のタッチは、彼が今までに見た事も無いものだった。しかし、それは、紛れも無く、彼が愛し、夢中になった幾多のSF雑誌のイラストと同じ何かを持っていた。
彼は、夢中になって頁を捲り、何枚かの挿し絵を見つけた。未来都市?ロボット?それがどういう話なのか、どういう状況を描いているのかは、正確には判らなかった。
だが、それが自分の夢見ていた世界と同質な物である事は間違いなかった。今まで見た事が無く、それでいて、確かに自分が夢見ていた物と同じ世界が、そこにあったのである。
「ジャップが、SFを読んでいる……。」
カーター氏は、もう一度、地に横たわっている少年兵の顔を見た。その瞬間、氏の両の目からは、とめどなく涙が溢れ出てきた。もう、氏にはそれを停める事は出来なかった。
「憎い、野蛮な日本人……。だけど、だけど、こいつは俺と同じ種類の人間だったんだ!こいつは俺と同じ夢を見ている仲間だったんだ……。そして、あの東洋の小島にも、きっと同じ仲間が沢山いるに違いない……。」
つい先程まで殺し合っていたこの「野蛮な黄色い猿」が、自分と同じSFファンだったと気が付いた時、カーター氏の心に中を、何とも言えぬ虚しさと、怒りが満たした。
もし、戦場以外の場所でこの日本兵と出会っていたら、きっと二人はいい友達になったに違いない。自分はアメリカのSFを、彼は日本のSFを、言葉や感覚は違っているかも知れないが、きっと愉快に話し合えたに違いない。それなのに……。
カーター氏は、仲間の兵に呼ばれても、全く気がつきもせず、その場へと立ち尽くしたのであった。
やがて、終戦を迎え、カーター氏は本国へと帰った。あの少年兵の持っていた本とともに。彼は、何度もその本を持って、日本へ行こうと計画したらしい。しかし、諸般の事情で、それは実現しなかった。
そして、年老いて病床についた氏は、孫のジョナサンに向かって言ったのだそうだ。
「この本を、この本を日本の仲間の元へと返しておくれ……。」
ジョナサン君は、ワールドコンに日本人がやって来るという話を聞いて、祖父の願いを果たすべく、ここにやって来たのだ。
そう、その本『神風隊長.天界の美姫』を持って……。
この話を聞いて、僕は、しばしの間、絶句した。そして、是が非にでも、「この本を復刻し、多くのSFファンが読める様にせねばなるまい。」という堅く決意した。
ちよっと、おおげさかも知れないが、本当にその時はそう思ったのである。それは、K氏や、Uさんも同じであった。事実、Uさんは、帰国するなり、某大手出版社の知り合いに、この本の復刻を打診して見たと言う。しかし、あまり商売には結びつきそうも無いとの事で、その企画は却下されたそうである。
「やりましょう!」
僕は、言った。
「そう……。やらねばなるまい……。だが……。」
K氏は大きく頷きながららも、顔をしかめた。
「よく見て御覧。その本、完全な状態では無いんだよ……。」
そう言って、K氏は、『神風隊長.天界の美姫』を裏返した。
裏表紙が取れているのは、最初から判っていた。が、なんと、この本、後半部が途中から無いのである!話によれば、硫黄島からアメリカ本土へ輸送する際、ばらけて後半部が紛失してしまったらしい。
「しかし、前半部だけでもやりましょう。もし、これが話題になれば、何処からか、完全本が発見されるかも知れません。とにかく、今はやるべきでしょう。」
その後のTDSFの例会で、この企画は満場一致で承認され、今までの経験から、この復刻は、僕、南要と幾人かのメンバーに任される事となった。
しかし、この本の復刻は、予想外の難事となった。何しろ、保存状態は、最悪である。弁明するのならば、それは、カーター氏の責任では無い。何しろ最初、カーター氏が手に入れた時から、既にボロボロだったのであるから。とにかく、字はかすれ、あるいは、滲みや破れで判読不可能な箇所が続出した。まあ、単語や一字程度の破損はどうにか判る。が、酷い処は、数行、場合によっては、1,2頁、欠落している処もあるのである。それに輪を掛けて、当時の印刷事情と用紙事情である。カーター氏を感激させたイラスト群も、カラーな筈の表紙や口絵の色も、殆どめちゃくちゃな状態なのだ。なにしろ、いつも口絵や挿し絵の補修をお願いしている長谷川正治先生が今回の原画の状態を見て、「本当にやるのか?」と仰しゃった程である。勿論、それでも、長谷川先生は、この困難な仕事を快く引き受けてくださったが。
まあ、そんな状態で、今年の春、予定よりもかなり超過して、不完全ながら『神風隊長 天界の美姫』は、完成寸前の状態となったのである。
しかし、僕達復刻委員会のメンバーは、かなり複雑な気持ちであった。勿論、後半部のクライマックスシーンが無いのは判っている。まあ、それは仕方の無い事である。が、今回、頁や行の欠落を補う為、我々が手を入れた部分、果たして、この部分が、本当に妥当であるのか?作品、本来の味わいを殺してしまってはいないか?いや、実は解釈を間違っていて、全く別の物と化しているのではあるまいか?我々としては、非常に心配なのである。しかも、読み直すに連れ、自分達の文章表現の稚拙さが目につき、もう一度やりなおしたい衝動にかられるのである。
そこで、僕は復刻委員会の総意として、今夏の刊行を再び、延期する事を申し出た。余りに不完全な形で発表するのは、読者諸氏に対して、失礼だと思ったからである。
しかし、「かなり期待してくれている方がいるのに、これ以上刊行を延ばす訳にはいかない」という編集長の判断により、比較的補完部分の少ない、ほんの導入部のみ、復刻の経緯とともに、会誌へと掲載するという非常手段を取る事となったのである。
と、いう様な次第で、以下、本当にさわりでは、ありますが、『神風隊長 天界の美姫』の始まりであります。
しかし、我々としても、『天界の美姫』の完全刊行は、是非ともやり遂げたいのです。もしも、これを読まれた方の中で、『天界の美姫』の情報をお持ちの方が、御座いましたなら、当方へと御一報下さいませ。又、他の『神風隊長』、又は『空想活劇文庫』、『帝国科学振興舎』の情報をお持ちの方も、お知らせください。
上記の文章を書き上げ、ほぼ編集が完了した時点で、どえらい情報が入りました!
ジョナサン.カーター君からのエアメイルによりますと、今年、アメリカで公開されたる事となった、GHQの当時の日本からの押収文書類の中に『天界の美姫』らしき物が入っている、といいます!
ただちに、事の真偽を確かめるべく行動を開始しましたが、いまだ、詳細は不明です。とりあえず、御報告まで・・・。
『神風隊長 天界の美姫』 暫定ベータ版(1994年12月30日発行)より