南 要
1990年8月
それは去年の夏、お盆休みで帰省した時の事である。たまには墓参りでもと言う事で父方の実家へ行くと、たまたま叔父が数年前に他界した祖父の持ち物整理をやっていた。
この祖父さん、昔から余り役に立たない物を集めるのが好きで、本等もかなり持っていたのである。しかも、どんなにいらなくなった物でも捨てるのが嫌だったらしく、本当に訳の判らぬ物までとってあったらしい。その殆どは既に処分してしまったという事だが (メンコ、ビー玉、漫画本の類がかなりあったという)、今回は物置きの奥に突っ込んであった一部の本がその対象であるらしい。
「もし、欲しいものがあったら持ってていいぞ。」
叔父にも言われ、僕も手伝いながら、何か面白い物はないかと探していた。大体は大衆小説や実用書の類で半ば飽きかけて来た時、僕の目に「火星」の文字が留まった。SFファンの直感と言う奴で、何かこの本にはありそうだとピンと来て、僕はその本を手にとって見た。
「神風隊長
恐怖の火星鉄仮面」
これがこの本の題名である。題名から見るとSF系統の作品の様だ。作者は江戸門晴美、全然知らない。出版元は帝国科学振興舎。これも知らない。発行は昭和一八年一二月とある。
頁をめくると、カラーの口絵があった。何とも凄い絵である。旧軍の飛行服を着て、日之丸の鉢巻きをした若い男が日本刀を振りかざし、四角を積み重ねた様なリベットだらけのロボットと戦っている。その下に、
「火星鉄仮面の下僕と名乗る怪鉄人は、じりじりと神風隊長に迫ってくるのであった」
等と書いてある。
まあSFには違いなかろうし、何かの話のネタか同人誌の穴埋めぐらいには使えるだろうと持って帰ったのであるが、何分、旧かなづかいの洪水が面倒臭くずっと放っておいたのである。
ところが、この正月休み、ものの見事に風邪をひいてしまい、三ケ日寝てるしかないという事態になってしまった。仕方ないので本でも読もうかと思ったが、生憎にも読みかけの本はアパートに忘れてきてしまっていた。そこで、夏休みから実家へ放りぱなしの「神風隊長」の登場となったのである。どうせ、ろくでもない代物だと思っていたら、なんとこれが正にとんでもない代物だったのである。
別に話が面白いとか言うのではない。まずその設定を見てみると、舞台は皇紀三〇〇〇年(西暦二三四〇年)の太陽系!何と日本が太陽系の指導者となり、「太陽系共栄圏」なるものが出来ている。こういうのは当時の日本のSFにはない設定だ(あるかも知れないが、細かい事はいいっこなし)。更にそこには星間パトロールならぬ遊星巡査局があり、宇宙軍憲兵隊やら、宇宙連合艦隊まであるのである。ところが、そういう機関でもどうしても解決できぬ事件が起きる時がある。そういう時に、勅命、あるいは太陽系共栄圏政府首相によって、北極の大照明塔が点灯され、月から我らが神風隊長が出動するというのが大筋。神風隊長の一党には、怪力鉄人の多力王(たちからおう)、合成人間の燕(つばくろ)、大科学者の来戸佐衛門(らいと さえもん)といったメンバーがいる。彼らが涙滴型のロケット旭光艇に乗って、太陽系狭しと大活躍するのである。
と、ここまで書けば、何でこの作品がとんでもないのかお判りであろう。どう考えてもこれはエドモンド・ハミルトンの<キャプテン・フューチャー>なのである。但しストーリーはオリジナル。つまり、<キャプテン・フューチャー>の基本設定をそのまま日本向けに書き直しているのである。大体、作者が江戸門晴美。これ、エドモンド・ハミルトンのもじり以外の何物でもない。
<キャプテン・フューチャー>の初出が一九四〇年(昭和一五年)。どんどん日米間の溝が深まり、翌年には日米開戦という時代である。太平洋戦争の真只中に、一体どうやってアメリカのパルプ誌が日本人の手に渡ったのだろうか。それは今となっては皆目判らない。しかし、当時、こんなパルプ誌のSF(しかも敵国の)に興味を持ち、紹介しようとした人がいた事には間違いない。しかも、この人、他にも書いていて、この本は神風隊長シリーズの3作目だと言うではないか。今から50年も前の我々SFファンの大先輩が残した一つの成果がここに発見されたのである。
そういう意味で、他ではまず紹介される事のないであろうこの作品をここに復刻させて頂く事になった。日本版<キャプテン・フューチャー>のとんでもない世界を少しでも多くの人に楽しんでもらえるならば、何処の誰とも判らない江戸門氏もきっと喜んでくれる事であろう。
なお、この帝国科学振興舎からは、他にもSFぽい作品が幾つか出版されている様である。「銀河憲兵隊」、「火星御前」、「金属人間不死身教授」等と言う書名が巻末の広告にある。もしご存知の方がおられれば、御一報いただきたい。